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もと鳥取市歴史博物館学芸員・やまびこ博士こと佐々木孝文による城跡や近代文化史に関する論考等を、不定期に掲載していきます。
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2015年6月の記事一覧

明治期廃絶城郭の公園化について ―史跡の保存活用の前史として―

明治期廃絶城郭の公園化について ―史跡の保存活用の前史として―

(『鳥取城調査研究年報』第4号所載、2011.3。発表当時、日本海新聞で「久松公園の設計者判明!」と報道していただきました。ここでは試読用に公開しますので、引用等は所載誌をご利用ください。)

1.はじめに 近世城郭跡の用地利用

 鳥取市を例に引くまでもなく、現在の県庁所在市や地方の中核都市の多くは、近世に藩領支配の拠点であった城下町を原型としている。当然、それらの都市の中心部、または重要な

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城下町都市の近代化と近代和風建築

城下町都市の近代化と近代和風建築

(『鳥取県の近代和風建築』所載。2006)

1,はじめに

 鳥取市の中心市街地は、いわゆる「城山」である久松山を背景に、袋川と、それと直交する三つの街道を基本骨格とする、江戸時代の城下町をもとに形成されている(1)。

 現在の市街地は、当時と比較すると、JR鳥取駅や国道沿いに同心円状に拡大しているが、中心部分の町割や街路はむしろよく原形をとどめているといってよい(2)。

 しかし、そのよう

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いま、そこにある城下町(未定稿)

いま、そこにある城下町(未定稿)

 観光ガイドやパンフレットなどを見ていると、「城下町鳥取」、といったようなフレーズが目に飛び込んでくることがある。鳥取砂丘、温泉と並んで、「城下町」というのが鳥取のセールスポイントである、ということなのだろう。

 しかし、このフレーズには、実際に市街地にすんでいる方、特に若い世代の方などは、多少の違和感を覚えるのではないだろうか。鳥取城跡に石垣はあっても、建造物が残っているわけではない(明治10

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<因幡の歴史に学ぶ>とっとり自慢の人物たち 沖守固と松田道之

(『鳥取文芸』29、2007)

はじめに 鳥取市を中心とする因幡地方は、長い歴史の中で様々な人材を輩出してきた。因幡で生生まれた人々だけでなく、この地を第二、第三の故郷として愛した人々も含めれば、その数は他と比べて決して少なくはない。

 奥田義人・橋田邦彦という文部大臣や、戦後初の衆議院議長となった松岡駒吉、地域のために尽力した由谷義治のような特色ある政治家を輩出した政治の分野。憲法学の泰斗・

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書評 日出山陽子『尾崎翠への旅-本と雑誌の迷路のなかで-』(小学館スクウェア)

(2009.9 「日本海新聞」所載。書評。)

 宝石のように美しい装丁が目をひく本書は、現在の尾崎翠研究隆盛の礎を築いた研究者の一人、日出山陽子氏の労作である。

 著者日出山氏は、作品や関係資料の調査に昭和五十年代から取り組まれ、稲垣眞美氏が創樹社版『尾崎翠全集』を編纂した際にも大きく貢献した研究者である。翠の親友であった松下文子氏からの直接の聞き取りなども含め、著者の存在がなければ、私たちが

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テクストの「場」 尾崎翠の代表的作品群(1927〜1933)の場合

テクストの「場」 尾崎翠の代表的作品群(1927〜1933)の場合

1、はじめに

 尾崎翠は、時に「幻の作家」などと言われることがある。

 それは、実際の作品数が少ないだけでなく、作家としての評価の中心となる作品のほぼ全てが、昭和2年(1927)~昭和8年(1933)の約七年間に発表されたものであり、あたかも文化とモダニズムの1920年代の終焉とともに筆を折ったかのような印象を与えるためである 。その印象が、「モダニズム女性文学の作家」 という、実際には時期的

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「フェミニズム批評」という視点が可能にする不可視領域へのアプローチ ―塚本 靖代 『尾崎翠論―尾崎翠の戦略としての「妹」について』を読む―

(2006年に刊行された塚本靖代氏の遺著の『日本海新聞』での書評。2006.7)

 本書(近代文芸社、2006)は、2002年逝去された塚本靖代氏の修士論文に、雑誌論文を加えて刊行されたもので、あまりに早く逝かれた塚本氏が私たちに残された、重要な研究成果である。塚本氏は、フェミニズム批評という方法、あるいは視点から尾崎翠にアプローチした、近年の尾崎翠研究におけるキーパーソンの一人であった。

 

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「性差」からみる近世社会の一局面    ―前期怪異小説の「うわなりうち幽霊説話」を素材として―

(処女論文です。The若書き、というイメージ。お恥ずかしい限りですが。関心の所在とか方法論の祖型はあるので、一応公開。掲載は『文化史学』 51号,1995)

1、はじめに

 現代社会学において、社会とは「各人の心情のうちに「内化」しつつしかも同時に外にあるもの(客体)」であると言われる(1)。このような定義は、現代社会のみならず、歴史上のどのような社会にも当てはまるものであろう。そのように考え

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行動する理想主義者・児島幸吉

行動する理想主義者・児島幸吉

 現在の鳥取ガス株式会社の創設者・児島幸吉は、近代鳥取市の生んだ最大の「行動する理想主義者」である。つい先日、須崎俊雄氏が『格子戸を破った男』という、児島幸吉を中心に据えた著作を発表されたので、児島幸吉の全体像についてはこちらを一読することをおすすめし、本稿ではガス会社の設立(大正7年)を題材に、その先見性や行動力を端的に紹介したいと思う。

 大正7年という年は、様々な表情をもった年である。第一

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新潮社と生田長江・春月師弟

新潮社と生田長江・春月師弟

 近代出版史の基礎文献のひとつで、ずっと前に読んでそれっきりにしていた『新潮社七十年』。この前安く古書店に出てたので一応ゲットしておいたので、数年ぶりに通読してみる。必要箇所はデータ化しておいてあるので特に必要はないかと思っていたのだが、どうしてどうして。数年前に読んだときより頭に入ってる周辺情報が増えているので、結構面白く読める。

 創業者・佐藤義亮のことも含めて、社史にしては中立的な筆致なの

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オーバーライド智恵子抄

(注:2011年当時の深夜アニメ状況などが織り込まれているため、現在となっては的外れな部分あり。実験的テキスト)

 高村光太郎の、晩年近くの「智恵子」テーマの詩は、遍在するミューズとしての智恵子との関係性を詠ったものである。

 すでに亡くなってひさしい智恵子という実体と対話することはできないから、これは光太郎の脳内に実在する智恵子との対話である。 その対話は光太郎にのみ可能であり、智恵子は光太

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夏の暑い夜の、妙にリアルな夢。

夏の暑い夜の、妙にリアルな夢。

(2012.7 定有堂書店で開催された「私立マンガ図書館」展示用テキスト。トップの画像は山口貴由『覚悟のススメ』4巻290~291頁)

 博物館学芸員経験者でありながら、僕自身はコレクター気質が皆無な人間である。新しもの好き・珍しいもの好きなので、あまり知られていない本とかモノを入手することは多いのだが、そういうモノは、だいたい手許にとどまらずに、どこかに貰われていったり買われていったりする。赤

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