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はじめて夢を語った日

昨日、外に出たら
ふわっと“キンモクセイ”の香りがした。
目をやると、花がたくさん落ちていて、アスファルトの地面にオレンジ色の絨毯が敷かれていた。雨が降ったせいかもしれない。

目線を少し上げると、小高い土手に“セイタカアワダチソウ”の黄色いカーテンが揺れているようで。

景色はこんなに秋めいているのに
心も体も、まるで春のようになんだかポカポカと温かい。

せわしなく過ぎる日々と、高速回転が続いている頭の中を少し休め
大切なことを忘れないように、少し整理しようと思う。


理由と決心


今月から、ハンドメイド作品の販売を始めた。

そのきっかけは、今後の音楽講師の仕事について考えたことだった。

一見関係のなさそうな2つ。
共通点は、私が“好きなこと”であるということ。


これまで何度か転職をしたり、雇用形態を変えてみたりして、試行錯誤しながら自分に合った働き方と仕事を模索してきた。

そこで少し、分かったこと。

私は、おそらく仕事をすることは好きだ。
でも、“仕事内容以外のこと”で疲弊することが苦手だ。
結果、一つの場所でしばらく続けていると、いつか必ず限界がやってきてしまう。

たとえば、生徒とレッスンをすることは好き。
でも、職場が不衛生だったり
講師の中に気分屋さんや、悪口や噂で外周を固める人、職場を私物化する人などがいて気を使い続ける環境だと、疲れてしまう。
そのうち体調にも影響が出てくる。

レッスンと関係ないことで、誰かや何かに振り回される時間がもったいない。
でも、どうしようもなく人間関係を円滑に運ぼうとする自分がいて、「もっと気楽に」とか「自分には関係ない」と、一線を引いて生活することができない自分にもガッカリしたりして。

…でも、これは仕方のないことで。

それも含めて、仕事なのだ。
社会に出て、人に囲まれ、組織で働くというのはそういうことで
どこに行っても悩むものなのだと思った。


自分の体調を気遣いながら、仕事として割り切るとして、そこはいい。


一番の問題は、私が「生徒」に対して、精一杯向き合えないことだった。


たとえば
他の講師が使った後のレッスン室が、掃除が行き届いていなかったり、楽器やコードなどが散らかっていたりする。でもちゃんと片す時間がない。とか

自分の都合でレッスンをお休みしなければならない時に
コールセンターが対応するため、生徒に直接謝罪できない。とか

生徒に対して、申し訳ないと思うこと。
私が生徒だったら「嫌だな」と思うかもしれない、という状況。

…これが結構、苦しい。

私はきっと
誰かに“迷惑をかけること”と、“嫌な思いをさせること”が辛いのだ。



…だから
もう自分1人でやろう、と思った。

それなら会社に制限されることなく、生徒にしてあげたいことができるし
自分のペースでできて
衛生面や人間関係の疲れなどのストレスも軽減できる。
同じレッスンをしていても、生徒には安価で提供できて、自分には多く入ってくる。

一筋縄ではいかないと思うけれど
ようやく決心がついた。


夢を語った時間


公民館やスタジオを借りる。
自分だけの場所を確保する。
オンラインでやる。

…レッスンの場所と方法を、色々考える。

昨日は父に連れられ、ふらっと「ユニットハウス」の展示場を見に行った。

展示されていたものは、無機質な倉庫のような印象だったけれど
実際は壁の色や窓の大きさ、数なども自分で選べて、中のレイアウトも自由。
広さも小さいものから、増築もできるため
小さな事務所や店舗を構える人も多くいるようだ。


広さや価格を見ていると
40代くらいの女性が事務所から出てきて
「中もどうぞご覧ください」と鍵を持ってきてくれた。

そこで、初めて自分の夢を第三者に話した。

家族には話したけれど
全くの見知らぬ人に話したのは、昨日が初めてだった。


「どなたがお考えですか?」

「私です。」と、私は控えめに手を挙げる。

「あっ、やっぱり!」と女性は手を合わせ、目を大きく開く。

「音楽教室を考えていて。でも「歌」をメインにする予定なので、大きなピアノは置かず、小さなスペースでもできないかなと考えているのですが…」

「…なるほど。そんな感じがしました!」


その後に言ってくれた

「音楽教室の先生って感じ」

この言葉が、とても心強くて、嬉しかった。


ああ私、「音楽教室の先生」な雰囲気があるんだ。
初めましての人の目に、そんな風に映ったんだ。

…と、独立した音楽講師として、認めてもらえたような気がしたのだ。

そのことが嬉しくて
少しずつ、希望を言葉にできた。


「お話するスペースが欲しいので、小さな椅子とテーブルをここに置きたい」
「奥を防音室にして、これくらいの広さがあれば十分」
「入口の窓は大きくしてもいいかも」
「黒でシックといより、白と木で明るいイメージがいい」

事務所に戻り、スタッフの女性がパソコンで様々なイメージを提案してくれる。

どんどん膨らむ夢。

自分の口がよく動き
表情が明るくなっていくのを感じる。

「こんな風にもできますよ」
「わあ、素敵ですね」
「防音対策をどの程度するかですよね」
「そうなんですよね」

こんなやり取りがしばらく続き、最後に資料をもらって検討することにした。
安価なものではないし、他にも課題があるため、簡単には決断できない。

それでも

自分の夢の話を聞いてくれて、
一緒に笑いながら、さらに夢を膨らめ、実現に向かってくれる人との時間は、私にとって初めての経験だった。



…私はどんな返事を予想し、何に怯えていたのだろう。

笑われることだろうか。
無理だと一蹴されることだろうか。

でもとにかく、「え、この子が?大丈夫?」など
“肯定”以外の反応や言葉は少しも聞きたくなかったことは事実だったと思う。
自分で決めたことなら、堂々としていればいいのに。
まだまだ未熟だ。

だからこそ
むしろ前向きに応援してくれるような女性の対応に、心から感謝したいと思った。


日常の一部に


音楽教室の前に、ハンドメイドの販売を優先させた理由は
「作業することを日常の一部にしたかったから」だ。

音楽教室の空き時間に、作業ができるように。

手芸は好きだったけれど、これまで毎日取り組むようなことはなかった。
気が向いた時に、作る。
でも毎度久しぶりで、手が鈍っている。

だから歌うことと同様に
ハンドメイドも日常の一部にしてしまえば、効率よく時間を使える。


おかげで、これから音楽教室の方に集中できるし
休憩しつつ、苦もなく作業にも取り組める。
ずいぶんと“針”や“ハサミ”を手に持つハードルが下がった。

たくさん売れるように、多くの人に知ってもらうためにやることはまだまだありそうだけれど、ひとまず良かった。

これから音楽教室も始めて、その後にハンドメイドの販売も目指すと思うと、目が回って倒れそうだ。
そしてそんな歯痒い状況を、一度思い立ってワクワクしている自分が我慢できるとは思えない。


誰かに自分の夢を語れる時間。

昨日は初めてのことで、展示場にいた数分間の中で、不安、安心、落胆、期待…と、感情が大きな波にのまれた。

それでも

「話を聞いてくれる人」
「応援してくれる人」
「信じてくれる人」

たった1人でもいれば、頑張れる。

例えばそれが、自分自身でもいいんだ。

…最終的には、自分が生徒にとってそんな存在になれるようになりたい。


私は決して、強くてエネルギーに満ち溢れた人間ではない。

むしろ弱くて、すぐにエネルギーが尽きてしまう。
だからこそ、自分が無理なく頑張れる働き方を探しているんだ。
きっとそれは、生き方そのものだと思うから。

正社員とかアルバイトとかフリーランスとか起業するとか
そんな雇用形態だけで、その人がどんな人間かなんてわからない。

会社を起こす人がすごいとか
収入が少ない人が特別とかじゃなくて

数ある選択肢から選んでいる人もいれば
そうすることしかできなかった人もいて

みんな、平等に、頑張ってる。

…そんな風に思った。


“キンモクセイ”と“セイタカアワダチソウ”のオレンジと黄色に囲まれて
不安と期待が入り混じった「入学式のある春」が来たような
ポカポカ心地の、秋の空の下にて。



2024.10.25

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