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CBDC: 中央銀行のデジタル通貨。中国人民元と米国ドルの新たな覇権争い

本記事は、CBDCについての解説記事です。


中央銀行システムと暗号通貨のラップバトル

突然ですが、以前、ラップバトルに関する記事を書いたことがあります。


ラップバトル は、挑発合戦であり、どちらが勝ったかを主にオーディエンスが決めるのですが、見方を変えれば説得力を競う勝負であり、そのフォーマットはディベートのようにとらえることもできます。そして、記事で解説しているように、ネットでは、「歴史的論争学習コンテンツ」のような進化を遂げています。

記事の中でも紹介していますが、中央銀行システムと、ビットコインの仮想通貨・暗号資産システムの論争を扱ったラップバトルビデオがあります。


連邦中央銀行とアメリカ合衆国造幣局を設立し、中央集権的な貨幣システムを構築したアレクサンダー・ハミルトンと、ビットコインと仮想通貨の父とされるサトシ・ナカモトの二人がバトルしています。信用という概念によって決済を保証するのか、それともテクノロジー的不可逆性を基礎とすることで決済を保証するのか、中央集権的な権威がいるのか、分散こそが道なのか、ビットコインはコンピューティングパワーを擁するために温暖化を招く? 紙の紙幣は森林が消える原因? 等、白熱する議論を見ることができます。


中央銀行によるデジタル通貨

動画の中では、保守的、伝統的な立場を保持する中央銀行側ですが、今、中央銀行において変化が起きています。

中央銀行の歴史は、1656年に設立されたスウェーデンのストックホルム銀行や、1694年に設立されたイングランド銀行にその始まりを見ることができます。ストックホルム銀行は1661年にヨーロッパ最初の紙幣を発行し、その後進であるスウェーデン国立銀行は後の1897年に通貨の独占的な発行権を獲得し、中央銀行となります。対フランス戦のための軍事費を調達する目的で創設されたイングランド銀行は、コインの代わりに支払い手段として銀行券を定期的に発行した最初の銀行であり、後に公的な中央銀行となりました。

これら中央銀行は、通貨を発行することに加え、通貨価値の安定を維持することにそのミッションがありました。そうすることで、通貨の番人の役割を担ってきたわけです。しかし、これら安定こそがミッションであり、保守的にならざるをえない銀行も今や、革命的なコンセプトの話で盛り上がっています。CBDC(Central Bank Digital Currency: 中央銀行によるデジタル通貨)です。

今、各国の中央銀行が、CBDCのポテンシャルを探っています。2020年の国際決済銀行(BIS)による調査では、世界の中央銀行の80%が何らかの形でCBDCの調査または実験を行っていることが判明しています。スウェーデン国立銀行はE-kronaを試験的に導入しています。イングランド銀行は独自のデジタル通貨を検討しています。欧州中央銀行もCBDCとしてデジタルユーロの発行を計画しています。実験に留まらず、バハマ中央銀行やカンボジア中央銀行ではそれぞれCBDCが発行され、運用が開始されています。

もちろん、デジタル通貨が新しい画期的なアイデアというわけではありません。既に人々は、デビットカードやクレジットカード、あるいは、Paypal のような決済アプリや、Paypay・楽天ペイのようなキャッシュレスペイメント、そしてビットコインに代表される暗号通貨を使用しています。CBDC はそれらと一体何が異なるといえるのでしょうか。


様々なメリットを持つCBDC

ここ数年の大きな金融の動きの一つは、暗号通貨です。その動きの中でも特に中心にあるのは、ラップバトル動画のもうひとりの主役であるビットコインです。

Paypalは2020年から米国でビットコインを含む仮想通貨の取引サービスを段階的に開始し、今年から世界の加盟店約2900万店で仮想通貨による支払いを可能にする予定で、スクエアも小口送金アプリ Cash Appでの取引など、ビットコイン関連事業の拡大に注力しています。そして、テスラが2021年2月に15億ドル相当のビットコインを購入したことを発表したのを受けて、ビットコインの価格はさらに急上昇しました。ビットコインの理論的な時価総額は、VisaやMasterCardが取り扱っている決済額を上回る規模になっています。

従来の貨幣は中央銀行が発行していました。しかし、ビットコインは、ブロックチェーン技術を用いたコンピュータの分散化されたネットワークを介して発行されます。その性質ゆえ、多くの中央銀行は、これらの独立した暗号通貨が広く利用されてしまうことで、金融システムに対するコントロールが弱くなるのではないかと懸念してきました。ラップバトルの中でも指摘されていますが、特に暗号通貨には中央銀行のお金のような法的・規制上の安全装置がないためです。

CBDCは、それに対する答えとも言えます。現金が持っている安定性、銀行を通じた流通という利便性、暗号通貨が持っているデジタルな特性、それらの望ましい特性を備えるソリューションです。

まず、デジタルの支払手段でありながら、CBDCは法定通貨の顔を持ちます。これはどういうことを意味するかというと、受け取り側はCBDCでの支払いを拒否できません。例えばそれ以外の支払手段では「うちでは、クレジットカードを受け付けていません」「当店では、楽天ペイは入れていないんです」ということがありますが、CBDCは法定通貨として、決済の最終手段として認められる効力(強制通用力)を持ちえます。


即時決済が可能で、処理の遅延がなく、支払いのコストもおさえることができます。米国では、小売決済にかかるコストの総額はGDPの0.5%から0.9%に達しており、デジタル通貨はこれを削減できます。

CBDCはデジタルの支払手段であるため、ビッグデータとしての一面があります。より正確な消費動向や市場規模、マネーサプライ(マネーストック)の測定・推計を行うことができるようになります。マーケットの動向をつかみ、インフレの予測精度も向上し、雇用、個人消費、企業投資、貿易収支に良い影響を与える施策も取りやすくなります。

また、CBDCは、国民への現金の給付にも力を発揮します。現在、世界中で15億人以上の成人が金融システムを利用できず、米国でも6%以上の人が銀行口座を持っていません。そこで、デジタル通貨を発行することで、政府はコロナ対策等の給付金も国民に確実に支払うことができます。一歩進んで、給付対象を絞るというようなことも効果的に行うことができます。各国におけるベーシックインカムの議論を後押しすることもあるでしょう。

加えて言うと、金融政策の可能性を広げることも考えられます。理論的には、もし中央銀行が望めば、マイナス金利を中央銀行のデジタル通貨の保有者に転嫁することもできるかもしれません。(イングランド銀行のチーフエコノミストは2015年時点でその可能性について言及しました。)そして、デジタル通貨の流通量や期限をダイナミックにコントロールすることも可能です。

中央銀行のデジタル通貨には、さらには、国境を越えた決済のコストを下げるというメリットがあります。ある国から別の国へお金を送るには、現在、平均で5%以上のコストがかかります。これは、従前のコルレス銀行制度や決済システムの非効率性のためによるものですが、これは、海外で仕事をして家族にお金を送ろうとしているような、経済的に余裕のない人々にとっては、特に大きな負担となっています。例えば、ナイジェリアからウガンダに送金しようとした際、アフリカには外国送金に経由する必要のあるコルレスバンクが存在しないため、USのコルレスバンクを介することが一般的です。そのため、非常に煩雑なプロセスとなり、送金に2日から20日を要し、手数料もかかります。これに対しては、ビットコインを使ったBitPesa 等がソリューションになっていたのですが、CBDCはこの問題を解決する可能性があります。


中国でのCBDCの事例

CBDCの開発が最も進んでいる国として中国があげられます。中国人民銀行は、国内の4つの銀行の協力を得て、2020年4月からデジタル通貨であるデジタル人民元(DCEP: Digital Currency Electronic Payment)のテストを行っています。深セン、成都、杭州等の主要都市を中心に、既に数十万人を超える消費者が参加し、400万件以上の取引で20億元が決済されています。

デジタル人民元は、Alipay(支付宝)やWeChat Pay(微信支付)等の既存のデジタル決済と非常によく似た仕組みになっています。ユーザーは自分のスマートフォンにデジタルウォレットをダウンロードし、そこにお金を保管します。これによりQRコードが生成され、決済端末やお店でそれを読み取ることで、食品や小売店の商品等の支払いを行うことができます。加盟店にとっては手数料がゼロというメリットがあります。

中国のオンライン決済ユーザーは7億7000万人にも登ると言われています。 AlipayとWeChat Payが事実上、そのオンライン決済市場を独占してきました。CBDCは、彼らに対抗し、中国政府が金融システムに対する支配力を取り戻す手段になりえます。デジタル人民元の利用に置いては、ユーザーは銀行に独自のデジタル・ウォレットを持つことになりますが、時間が経つにつれ、人々はデジタル人民元を使う方が便利だと感じるようになり、Alipay や WeChat Payの利用を置き換えるものになるでしょう。

もっと言ってしまえば、中国政府は、中国企業にデジタル人民元での支払いしか受け付けないように強制することもできます。そうすれば、外国企業、外国の取引相手にも取引の際にデジタル人民元を使わなければならないようにすることが可能です。

そして、2021年2月4日には、中国人民銀行は、金融メッセージングとクロスボーダー決済のグローバルシステムである国際銀行間通信協会(SWIFT)との合弁会社を設立しました。デジタル人民元の国際的な利用を目指していると見られています。これは中国にとっては地政学的な観点でも重要な動きと言えるでしょう。現在、世界における貿易の多くにおいて米ドル建てで請求書が発行されています。いかに国際的に利用されている米ドルに対して戦略的優位性を確保するのかはクリティカルなポイントであり、CBDCは魅力的な武器です。最終的には米ドルの覇権的な地位を揺るがしうるかもしれません。


米国デジタルドルの可能性

シティバンクは最近、ビットコインが世界貿易で選ばれる通貨になる可能性があると述べました。また中国でのCBDCの先行ぶりもあり、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)もデジタルドルに対してより真剣に取り組まざるを得なくなっています。

人的・組織的な関与という点では、ヨーロッパ、シンガポール、そして中国等の各国が行っている規模や範囲に比べて、米国は後塵を拝しています。そんな中、2020年8月、ボストン連邦準備銀行は、MITとの複数年にわたるCBDCに関する共同研究を発表しました。この研究プロジェクトでは、仮想のデジタル通貨プラットフォームを構築して実証実験を行い、必要となるテクノロジー要件を探求していくこととしています。計画では、2021年夏にホワイトペーパーと、最初のプロトタイプをオープンソースとして公開する予定になっています。

また、2021年2月24日、パウエルFRB議長は、FRBがデジタルドルを巡る困難な政策や技術上の疑問点を精査し、主にドル建てで取引が行われている主要市場の機能を阻害しないよう、慎重に行動すると強調しつつ、今年はデジタルドルに関する国民との対話を行っていくと述べました。デジタルドルに関しては今年は動きが期待できそうです。


日本の動きについて

日本の動きについても。日本では、2021年3月26日に、日銀が「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」の設置を発表しています。現時点では、CBDCを発行する計画はないとしていますが、技術的な実現可能性について検討を進め、政府や民間との情報共有をはかっていくとのことです。同日の初会合で、日銀の内田真一理事は実証実験を「4月からスタートする」と表明しています。第一段階は一年間で、コンピューター上の環境で発行や流通等の基本機能を検証します。第二段階では、保有額に上限を設ける等という高度な条件や、オフラインでの決済や匿名性の確保、セキュリティー対策について検証するとのことです。


中央銀行が発行する通貨としては、現金同等の「誰でも、いつでも、どこでも安全・確実に利用できる決済手段」であることが大切ですが、日本のスマホ普及率は65%(2018年時点)にとどまり、持っていない子供や高齢者などは利用できないことになります。このため「多様なユーザーが利用可能な端末の開発が重要」という課題があります。また、実際の流通には日銀法などの改正が必要になると見られています。実証実験と並行して、制度設計の検討も進行している状況です。


終わりに:CBDCの課題

以上、中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)に関して、そのメリット、中国や米国の動きについて見てきました。

CBDCは非常にメリットがあるものですが、その発行に至るには、様々なチャレンジングなトピックを解決する必要があります。例えば、技術面でも、デジタル通貨はその利用に電力を必要としますし、ネットワークによる通信が前提となります。つまり、大規模な停電やハッキングがあった場合、システム全体が危険にさらされる可能性がないわけではありません。耐障害性やセキュリティを高めるための適切なバックエンドのテクノロジースタック等はクリティカルなポイントで、オペレーションを含めたインフラの安定性があってこそのものになります。

犯罪の防止も重要です。マネーロンダリングをいかに防ぐか。テロリズムやマフィアへの資金調達に使われるのをいかに阻止するか。ここは幅広い議論が必要です。例えば、CBDCを利用するために、身分証明書や住所証明が必要になるのか、という点です。デジタル人民元は一定額を超える場合、KYCが必要ということになっています。今日、私たちは現金を用いて支払いをしたり、支払いを受けるためにIDや住所証明を提示する必要はありません。デジタル通貨は、誰が、いつ、どこで払っているかという個々の決済の情報等の監視が容易になる反面、利用者のプライバシーをどう保護するかは大きなチャレンジです。

そして、金融の安定性に関してもリスクがないともいえません。例えば、金融危機のような極端な状況下では、銀行から預金を引き出す人が多く出てくる可能性があります。デジタル通貨が普及していると、簡単に(マウスのクリックだけで、スマホの操作だけで)大量の預金を中央銀行に裏付けられたCBDCの口座に移してしまうこともできてしまうかもしれません。そうするといわゆる取り付け騒ぎとなり、銀行は資金繰りに問題を抱えることになります。これは経済全体の資金調達、金融の安定性に影響を与えうるでしょう。

クリアしなければいけないポイントは多様にあります。これら全てに対処するのには、まだまだ時間がかかるでしょう。そして、ほとんどの中央銀行は、CBDCが導入されたとしても全てがCBDCで置き換わるのではなく、他の形態の通貨と共存することになるだろうと述べています。実際、英国では現金の利用を保護する方針を打ち出し、米国では現金経済に依存している多くの人々が取り残されないよう、各州でキャッシュレス小売業に反対する法律が制定されています。ローマは一日にしてならずですが、CBDCによって利用者にも社会にも安全性と利便性のメリットと各リスクのバランスがとれた、新たな通貨システムが実現されていけばと思います。


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