加藤真史

美術家・画家 自らの原風景である郊外ををリサーチし制作する。 主題:郊外・風景・地…

加藤真史

美術家・画家 自らの原風景である郊外ををリサーチし制作する。 主題:郊外・風景・地図 研究:風景論・都市論・郊外論・路上観察学・民俗学・地理

最近の記事

水の循環現象としての内面の揺らぎ ー桐野夏生『魂萌え!』

桐野夏生『魂萌え!』(2005年 毎日新聞社) 読了。 中高年から初老に差し掛かる頃に夫が急死し、その後の人生の変化に直面する東京西郊在住の一見平凡な女性の感情の揺らぎを執拗かつ丁寧に描いた作品。 仮に個人の内面の現象を水の循環に例えると、作中で長く地道に積み上げてきた揺らぎの文脈を短い最終章で一気に洪水のように放出し、しかし災厄ではない形で着地させる技術がすばらしかった。 そして一時も同じでなく変化し続ける河川の水面を凝視し観察し続けるような、 例えば積み藁を度々描い

    • 「ほとけの国の美術」府中市美術館(2024.3.9 - 5.6)

      仏教についてはほぼ何も知識がないので基本的に絵画を観る眼で鑑賞。 以下の2作品を観られたのが大収穫だった。 ⚫︎《地獄極楽図》 金沢市・昭円寺 計18幅 江戸時代後期 ⚫︎《八相涅槃図》 名古屋市・西来寺 特に前者の一連の作品はすごい。 「地獄に落ちる」という表現のとおり、視線は必然的に画面上から下へ誘導される構図。 まず閻魔庁までの6幅の地獄(天道、人道×2、阿修羅道、畜生道、餓鬼道)はつづらおりの坂を降るように徐々に下っていく。 ただ赤い不穏な色などだが空が見えて

      • 境川フィールドワーク②

        (踏査日:2024.3.30) ・京王相模原線多摩境駅 多摩境駅周辺は多摩ニュータウンの比較的新しく作られた地域だ。 1997年に整備され中央に星野敦《地球断面 ー森のスポットー》が設置された駅西口ロータリーは「神殿シミュラークル」とでも形容できそうな空間が広がる。 多摩センター駅前の「パルテノン多摩」とともに、80〜90年代の終末思想世界観のサブカルの匂い(『ナウシカ』の腐海の底、『聖闘士星矢』などの)というか、やや厨二病的な感性を感じる。 そんな建築が実現したのは良く

        • 境川フィールドワーク

          先日の「境川養蚕信仰地フィールドワーク①」に基づいたドローイングを描いた。 相模野における境川沿い東部の養蚕信仰地の記録。

        水の循環現象としての内面の揺らぎ ー桐野夏生『魂萌え!』

          境川養蚕信仰地等フィールドワーク①

          踏査日:2024.3.27 - 3.28 ・JR横浜線淵野辺駅 ・新田稲荷神社内「呼ばわり山」 境内北側の「呼ばわり山」という小高い丘の上に今熊神社がある。 現在はビルやマンションなども建ち周囲に完全に埋もれた山だが、戦後あたりまでは桑畑が拡がる平地だったこの一帯で行方不明者が出た時、 鐘や太鼓をたたいて呼ぶと必ず見つかったという民間信仰の史跡だ。 2005年に相模原市内にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクトマネージャー川口淳一郎教授が、当時行方不明だっ

          境川養蚕信仰地等フィールドワーク①

          境川四重線 / Sakaigawa Bass Line

          相原〜古淵の直線7〜8km間には境川に沿って養蚕信仰地がかなり点在している。 これらを北斗七星のように結んだ相模野北端の「絹の道」、 戦車道路(尾根緑道)、 JR横浜線、 国道16号、 以上の境川に並走する四線を 「境川四重線 / Sakaigawa Bass Line」 と勝手に名付けることにする。 2022年から「幻の鉄道」「相模野の巨人(でいらぼっち)」「戦車道路」「小島烏水の相模野横断」と掘り下げてきたが、 まだまだ相模野には色々埋まっているようだ。 養蚕信仰地

          境川四重線 / Sakaigawa Bass Line

          八王子西部フィールドワーク / Western Hachioji Fieldwork

          先日の「八王子フィールドワーク(八王子西部方面)」に基いたドローイングを描いた。 郊外における養蚕信仰と皇室の痕跡を追った。

          八王子西部フィールドワーク / Western Hachioji Fieldwork

          八王子中心市街地フィールドワーク

          先日の「八王子フィールドワーク(八王子中央部方面・養蚕関連地)」の記録に基いたドローイングを描いた。 画面左上部の八王子市役所至近の熊は誇張ではない。 多摩地方在住者として圏央道の内側にいれば出くわさないだろうと判断していたが、それも怪しい。 実感として圏央道=ウォールマリアである。

          八王子中心市街地フィールドワーク

          八王子フィールドワーク(八王子西部方面)

          ※踏査日:2024/2/20 ・JR中央本線西八王子駅→ ・叶谷住吉神社→ 境内に桐生の蚕影山神社より分祀された蚕影神社(本社は茨城県筑波)が祀られている。 しかし境内にふたつあった社はいずれもかなりぼろぼろで記名も無く、どれが分祠なのかは分からず。 養蚕業の現状がまざまざと現れている。 ・八幡神社→ 大善寺の機守(はたがみ)神社や多賀神社と同じく、八王子市内の機神を祀った神社のひとつ。 養蚕業・織物産業が隆盛していた頃の八王子はそこら中で機神が祀られており、まさに

          八王子フィールドワーク(八王子西部方面)

          八王子フィールドワーク(八王子中央部方面・養蚕関連地)

          (※踏査日:2024/2/12) ・JR中央線八王子駅→ ・機守神社(大善寺)→ 機神である白滝姫(白滝観音)を祀った神社。 白滝姫は恒武天皇の時代(奈良期末〜平安初期)宮仕えしており、 上野国山田郡の男と恋に落ちその故郷である桐生に移り、絹織物の技術を現地の人々に伝えたという。 機守神社はもともと八王子中心街の大横町(八王子市夢美術館の北側と浅川の間)にあったが1851年に郊外の大谷町に移転。 まだ機械ではない手繰りによる機織りが主流だったころ、技術向上を願う織子た

          八王子フィールドワーク(八王子中央部方面・養蚕関連地)

          鑓水フィールドワーク

          先日掲載の八王子フィールドワーク(2024年2月11日実施)経路のドローイングを描いた。 近代日本の「絹の道」については4〜5年前から関心がありリサーチをつづけている。 3年前は以下のようなドローイングを描いていた。

          鑓水フィールドワーク

          八王子フィールドワーク(鑓水方面・養蚕関連地)

          2024年2月に行った主に八王子市鑓水における「絹の道」、そして養蚕業関連地のフィールドワークの記録を残す。 ・JR横浜線片倉→ ・打越弁財天→ 国道16号線脇の人家の少ない一帯に佇む神社。 蚕の天敵である鼠を退治してくれる白蛇を御神体とした弁財天を信仰し、境内には白蛇絵馬も掛けられている。 鼠除けの信仰対象は他に猫や百足がいた。 ・道了堂跡→ 八王子と橋本の間に位置する大塚山山頂の寺院跡。 1963年、堂守老女(浅井とし)殺人事件の現場。 今は建物すらなく鬱蒼とし

          八王子フィールドワーク(鑓水方面・養蚕関連地)

          アスファルトの下の魑魅魍魎 -鑓水篇-

          辺見じゅん『呪われたシルク・ロード』(1975 角川書店)を読んだ。 過去に多摩美術大学八王子校に通っていたということもあり、今までに読んだ民俗学の本のなかではダントツにおもしろかった。 大まかに言えば、これは八王子 - 横浜間の近代日本の「絹の道」を走った有形無形様々なものを、とくに八王子市内の鑓水という土地に絞って1970年代前半にリサーチし記述した本だ。 それらは以下となる。 ・鑓水商人(富と出世への野心を持った男たち) ・籠のような織場に閉じ込められた八王子な

          アスファルトの下の魑魅魍魎 -鑓水篇-

          境界としての「輪」の氷解と昇華、そしてルーツへの着地(『思い出のマーニー』について)

          『思い出のマーニー』 (※ネタバレあります) 派手ではないが丁寧に作られた、陰影を多く含みつつも前向きなひと夏の成長の物語。 アニメとともにジョーン・G・ロビンソンの原作も読んだ。 原作のアンナはアニメでは映像として視覚的に表現される行儀の良さや女の子らしい立ち居振舞いが欠けている点を差し引いても、 孤独感を抱えており思慮深い点は共通するが、子供っぽいずるさや野生味を併せ持った造形だと感じた。 また原作で特筆すべきは物語終盤にマーニーの謎が明かされるくだりで、湿っ地屋

          境界としての「輪」の氷解と昇華、そしてルーツへの着地(『思い出のマーニー』について)

          郊外のアンダーカレント、そのエッジへの遡行

          1980年代前半の愛知の郊外に生まれた私にとって、戦後日本の都市周辺に急激な勢いで拡散して土地の記憶をフラットに塗りつぶした郊外は原風景であり、私なりの介入(歩行・リサーチ・絵画制作)によってその行く末の記録を残している。 私は相模野(現在の神奈川県中北部で相模川中流域の平野)という、相模原市東部市街地を丸ごと含む土地で個人的に10数年を過ごしており、2023年3月にはそこで個展を開催している。 その際には、 ・でいらぼっち(巨人)伝説 ・鶴川〜淵野辺〜上溝間の幻の鉄道

          郊外のアンダーカレント、そのエッジへの遡行

          小島烏水の相模野横断

          小島烏水(1873 - 1948)は明治初期の高松に生まれた。 横浜正金銀行に勤める一方、旅行家で登山家であり、文芸評論家でもあり、江戸期の地誌や浮世絵風景画などの芸術にも明るく、自らも紀行文や風景論という形で多くの著作を残した。 柳田国男、田山花袋など当時の多くの文化人とも交流があった。 生まれは高松だが烏水の一家は1878(明治11)年から1927(昭和2)年まで何度か転居しながらも横浜市西区西戸部(通称「山王山」)周辺で暮らした。 烏水が本格的に登山にのめり込むよう

          小島烏水の相模野横断