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歴史は繰り返す─執刀医が見た膝枕

7/20(火)徳田祐介さんが再演‼︎「箱入り娘に聞かせるピロートーク」版「膝枕」〜外伝「執刀医が見た膝枕」

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こちらで公開している短編小説「執刀医が見た膝枕」(近道は目次から)は、短編小説「膝枕」の外伝です。Clubhouseオトナの朗読リレーの原稿をお探しの方は、究極の愛のカタチ─「膝枕」を。朗読リレーの経緯番組表、他の方の二次創作noteはマガジンに。

ピロートーク膝枕が掘り起こした新説

朗読リレーとあわせて創作リレーも続いている「膝枕」。オリジナルも、その外伝も、朗読されることで声と耳に磨かれ、さらなる物語を掘り起こし、読まれると書かれるが繰り返されている。

読み足し、書き足し、また読み足し、サグラダ・ファミリア状態。

「箱入り娘に聞かせるピロートーク版膝枕」の徳田祐介さんによる初見朗読を聴いたMihoさんが、「膝枕は医療目的で開発され、最初の膝枕癒着事故は医療現場だったのでは」と妄想した。

これを受けて、「その病院は切り離し手術の実績が群を抜いているのですが、関係者が大半を占めており、病院の威信をかけて、早期解決を急いだ結果、瞬く間に国内トップの膝枕切り離し手術の権威に躍り出た経緯が」と、わたしが妄想。

すると、「膝枕」二次創作メンバー(膝付作家)のやまねたけしさんが「最初に切り離し手術を担当した医師のご先祖が、やがら純子さんの落語膝枕で箱入り娘膝枕『まーちゃん』の膝をゆるめさせて大工の八五郎を助けた大家さんだった」と妄想リレー。

その「膝枕切り離し手術」第一号の執刀医が、「男」と膝枕の切り離しに立ち会ったとしたら。

わたしの妄想が加速。

「膝枕」にメスを入れることにためらいを感じているところに、ご先祖の大家さんが遺した「膝枕改心手ほどき」を手にしたとしたら、「メスを使わない切り離し術」に飛びつくだろう。

だが、外科部長には「それじゃ保険の点数を稼げない」と却下されてしまう。外科部長が非番の日に現れた患者に初めて試みたピロートーク療法が成功……。

外科部長の設定を少し変え、執刀医目線の「膝枕」外伝を膨らませた。

今井雅子作「膝枕」外伝  「執刀医が見た膝枕」

「手術をしなければ、保険点数を稼げないだろ」

執刀医の提案を外科部長は一蹴した。デスクに頬杖をついた、いつものふてぶてしい姿勢で。

「実際にはメスをふるいませんが、患者が全身麻酔から覚めたら、取り外し手術が完了しているという形にします」と執刀医が説明すると、

「なるほど。たしかに傷跡は残らないな。うまくいけばの話だが」

外科部長は頬杖をついたまま言った。信じていない口ぶりだ。

膝枕をかたどった商品の不具合で、体の一部に膝枕が癒着した状態の患者が毎日のように訪ねて来るようになった。

あの病院が対応してくれるらしいと口コミが広がっているのだろう。多いときには日に5人、一日も途切れることなく、最初の患者から数えてひと月で手術実績は50例を超えた。

一例目の執刀を任されたのは、医学部を出たばかりの男だった。ジオラマ作りが趣味という手先の器用さを買われ、夜勤明けの午後、自宅で姫路城の150分の1模型の製作にいそしんでいるところを呼び出された。

患者の皮膚の一部と癒着している膝枕商品を切り離す外科手術。術後の傷跡を目立たなくするのは腕が要るが、切り離しそのものは難しいものではない、はずだった。

ところが、手術は思いのほか手こずった。膝枕が抵抗したのだ。切り離そうとすると、ふたつの膝にギュッと力を込め、メスを阻む。目の錯覚だろうと執刀医は思った。モノであるはずの癒着物に感情などあるはずがない。だが、メスを持つ手に伝わった膝枕の抵抗には「触らないで」というはっきりとした拒絶が感じられ、執刀医は確信するに至った。

「膝枕は感情を持っている」

期待に応えて一例目の切り離し手術が成功し、それ以降の手術も彼が執刀を担当することになった。だが、感情を持った膝枕にメスを入れることに、執刀医自身が抵抗を覚えるようになった。

膝枕に搭載されている人工知能は電源で作動するのだが、拒絶反応とも言うべき抵抗症状は、電源が入っていない状態でも見受けられた。そもそも患者が病院に駆け込む時点でバッテリーは切れている。切り離したい異物である膝枕をわざわざ充電したりはしない。つまり、膝枕の抵抗はプログラムに組み込まれた動作ではないということになる。

患者の意識は麻酔で眠らせることができるのだが、膝枕には麻酔がきかない。手術を重ねるにつれ、執刀医は気が重くなった。ストレスで眠りが浅くなり、夢にうなされるようになった。

そんな矢先、実家の蔵に眠っていた古文書が見つかった。城マニアである執刀医は、くずし文字の解読の心得があった。長屋の大家をしていたらしい執刀医の遠い先祖が遺した巻き物を読み解いてみると、そこには驚くべきことが書かれていた。

遠い昔、大家の店子で大工の八五郎という男がいて、膝枕をかたどったハリボテにうつつを抜かした。だが、親方の娘おひさと夫婦になる話がまとまり、お払い箱にされることが決まった膝枕が、二つの膝で八五郎の頭を締め上げ、取れなくなったというのである。

大家は、八五郎を憎からず思うからこその仕打ちだと見抜き、八五郎の幸せを願うなら、怒りを解いてやってくれと膝枕に訴えかけた。するとハリボテの膝枕は膝をゆるめ、八五郎を解き放った。おひさの粋な計らいで、膝枕は八五郎とおひさの所帯に迎え入れられ、末永く幸せに暮らしたという。

なんということかと執刀医は因果に驚いた。心を宿した膝枕は昔からあったのだ。その膝枕と癒着した店子(たなこ)を機転で救った大家がいた。それが執刀医の先祖だったとは。時が巡り、歴史は繰り返す。このタイミングで古文書を見つけたことに執刀医は天の計らいを感じた。

メスで膝枕を傷つけず、切り離すことができる!

その方法を初めて試す機会が巡って来た。麻酔をかける前、執刀医は、膝枕を頬にくっつけた患者の男に告げた。

「切り離し手術を行うと、膝枕の人工知能に蓄えられた記憶は消えてしまいます。膝枕に伝える最後の言葉があれば、今のうちに伝えてください」

患者の男は箱入り娘膝枕を家に迎えた日からのことを思い出してぽつりぽつりと語り、後悔の涙をこぼし、膝枕に詫びた。その声は優しく穏やかだった。男に麻酔をかける前に、情にほだされた膝枕が離れてしまうのではないかと執刀医は案じたが、膝枕は膝をゆるめることを忘れて男の言葉に聞き入っていた。

「手術は成功しました。2週間ほどで包帯が取れます」

麻酔から覚めた患者の男に告げると、膝枕が取れて軽くなった頬をさすり、「痛みがまったくない!」と驚いた声を上げた。それはそうだ。膝枕が自分から膝をゆるめて離れたのだから。

「彼女は、どうしてますか?」と男が聞いた。
「彼女?」と執刀医が聞き返すと、
「僕と同じ手術を受けた、片割れです」と男は答えた。

「切り離されて、はっきりとわかったことがあります。僕と彼女は分かちがたく結びついている。どんな名医がメスをふるっても、僕たちを引き裂くことはできない。手術なんて、本当は必要なかったんです」

そう言う男に、「ええ、本当は手術なんてしてないんですよ」と保険点数のことなど忘れて、執刀医が思わず言いそうになったとき、廊下からかすかな音が聞こえてきた。

箱入り娘が膝をにじらせ近づいてくる音だ。

弾かれたように男はベッドから飛び降り、廊下へ飛び出した。その背中に、

「お大事に」

と執刀医は声をかけた。

「そこは、お幸せに、と言うべきだよね」

箱入り娘膝枕を抱き上げ、男が声を弾ませて言った。執刀医に背を向けている男の腕の中で、箱入り娘は膝を弾ませて応じたことだろう。

妬けちゃうねと看護師のヒサエが熱っぽい視線を投げかけてきた。少し前まで外科部長とデキていたこの女とこのまま結婚していいのだろうかと執刀医は急に冷めた気持ちになった。

メスを使わない切り離し術が成功したと執刀医は外科部長に報告した。

「そんな方法があるなら、俺のときに、やって欲しかったよ」

いつものように頬杖をついたまま、外科部長が恨めしそうに言った。執刀医が担当した膝枕切り離し手術の一例目の患者でもある。手術は成功したものの、皮膚にはひきつれたような痕が残った。傷痕を無意識に隠そうとするうち、外科部長は頬杖をつくのが癖になった。

外科部長が膝枕に溺れて以来、執刀医の生活は一変した。毎日のように切り離し手術の予約が入るようになった。疲れて一人暮らしの部屋に帰宅すると、ヒサエが出迎えてくれるようになった。

ヒサエは、外科部長の頬の手術痕を見るたび、「私という女がいながら膝枕商品なんかにうつつを抜かして」と怒りがこみ上げるのが耐えられなくなり、恋人を執刀医に乗り換えたのだった。 

いずれヒサエと結婚するのだろう。悪くはない。だが、急がなくていい気がする。独り身のうちにやっておきたいあれやこれやがある。日本の城もまだまだ組み立てたい。姫路城150分の1模型も途中で止まったままだ。

それから、もうひとつ。

執刀医は押し入れからダンボール箱を取り出した。箱の中には女の腰から下が正座の姿勢で納められている。切り離し手術の参考にと病院から貸与された箱入り娘膝枕だ。

執刀医の脳裏には、箱入り娘膝枕をうやうやしく腕に抱き、手術室から立ち去る患者の男の姿が焼きついていた。あのとき、男と箱入り娘は、笑い合っていた。顔どころか上半身すらない箱入り娘の笑顔を、笑い声を、執刀医は、たしかに見た、たしかに聞いた。

人とモノが心を通わせることなどあるのだろうか。

わが身でたしかめてみたい。医師として、男として。

箱入り娘を箱から取り出そうとしたそのとき、見計らったようなタイミングでヒサエから「今から行っていい?」と連絡が入った。

「悪い。うちで仕事しなきゃ」と即座に断った。

ヒサエ以外の膝に頭を預けるのは後ろめたいが、生身の膝ではなく、膝枕商品なら浮気にはならないだろう。それに、手術の下調べという大義名分だってあるのだ。

連日の手術の疲れが溜まっていたのだろう。箱入り娘の膝枕にマシュマロのようにふんわりと頭を受け止められると、執刀医は深い眠りに落ちた。

目を覚ましたのは、予定していた手術の時間を過ぎた後だった。

「最低!」

という声がして、顔だけ玄関に向けると、合鍵で入って来たヒサエが形のいい唇を震わせていた。

「二股だったんだ」

外科部長に続いて、またしても恋人が膝枕商品にうつつを抜かし、ヒサエのプライドは傷ついたに違いない。寝転んだ姿勢から仁王立ちしているヒサエを見上げると、ふたつの膝がよく見えた。

ヒサエの膝が好きだったんだなと執刀医はぼんやり思う。男の視線がヒサエの膝に釘づけになっていることに気づいたのか、ダメよと言うように箱入り娘が膝にギュッと力を込める。

泣きながら立ち去るヒサエを追いかけようとしたが、やはり箱入り娘に引き止められた。

次の日も、その次の日も、執刀医は家から一歩も出なかった。ヒサエは2度と呼びに来なかった。病院からも何の連絡もなかった。

「ごめん。仕事が楽しくなっちゃって」

結婚話を白紙にしたいとヒサエから明るい声で連絡があった。ピロートーク切り離し術に立ち会った折に要領を心得たヒサエは、執刀医に代わって、メスを使わない切り離し術を連日成功させていた。

その日、病院からも連絡があった。執刀医は長期にわたる無断欠勤を理由に解雇を言い渡された。

「これで箱入り娘とずっと一緒にいられる」

膝枕に頭を預けたまま、執刀医は自分と箱入り娘の仲を取り持った古文書の巻き物を手に取った。こんなことになるとは、長屋の大家だったご先祖も予想していなかっただろう。

ふと、巻き物の隅に、肉眼で読めないほどの細かい文字が書き添えられていることに執刀医は気づいた。

「おひさと膝枕とお幸せに」

そうか。執刀医の遠い先祖は、巻き物をしたためた大家ではなく、箱入り娘膝枕にうつつを抜かした大工の八五郎だったのか。

文字の読み書きができない八五郎に代わって、長屋の大家が、ことの顛末を書き留め、思い出のよすがにと託したのだろう。

大工というからには、八五郎は手先が器用だったのだろう。ひょっとしたら、城大工だったのかもしれない。

何もかもがすとんと腑に落ちた。執刀医の頭は、深く深く、箱入り娘の膝枕に沈み込んで行った。

7/16(金)15時、「ミスター膝枕」徳田祐介さんがClubhouseにて初演! 7/20(火)16:00再演‼︎


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脚本家・今井雅子(Clubhouse朗読 #膝枕リレー)

目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。

ありがとうございます。良い一日を。
🎤Clubhouseにて「膝枕」オトナの朗読リレー中 https://www.joinclubhouse.com/@masakoimai ✏︎saita連載小説「漂うわたし」✏︎オーディション発「私じゃダメですか?」脚本公開✏︎おじゃる丸✏︎嘘八百シリーズ