日本語と膝を絡めて─箱入り娘膝枕とふしだらなヘザーに翻弄されて
こちらで公開している「箱入り娘膝枕とふしだらなヒサコに翻弄されて」(近道は目次から)は、短編小説「膝枕」(通称「正調膝枕」)のアレンジ。Clubhouse朗読リレー(#膝枕リレー)の朗読にもぜひざ。
二次創作noteまとめは短編小説「膝枕」と派生作品を、朗読リレーの経緯、膝番号、Hizapedia(膝語辞典)などの舞台裏noteまとめは「膝枕リレー」楽屋をどうぞ。
「スキ」があるから絡める
8月3日、Clubhouseで石野竜三さんの「極楽研究所」ルームにお邪魔した。ルームタイトルにある通り、「膝枕」の誕生秘話と膝枕リレーについてじっくり聞いていただいた。
5/31にClubhouseで始まり、今も続く(8/5現在67日目)「膝枕」大人の朗読リレー(人呼んで #膝枕リレー 。経緯はこちらのnoteにて)。
「膝枕」が読み手と聴き手と二次創作の書き手を得て思わぬ広がりを見せているのは、「想像と創造の余地となる隙があるから」だと石野竜三さんと見解が一致した。
「膝枕」という単語そのものが、想像力と創造力を刺激する。遊び心をくすぐると言ってもいい。とっつきやすくて転がしやすくて、自在に形を変える石ころ。そのあちこちをいろんな人が磨いて、こんなのどう?と披露しあって、終わらないお祭りを盛り上げてくれている。
ClubhouseだけでなくTwitterでの膝枕er同士の交流も盛んで、膝枕新語を作ったり使ったりしている。朗読クラブと文芸部と言葉遊びサークルが一緒になったような、おもちゃ箱ひっくり返し感が楽しい。
この日の昼には64膝目の賢太郎さんが「脚本家が見た膝枕」を読んでくれ、ルームを開くのを手伝った事務所の先輩で膝番号2の徳田祐介さんと「膝の差62」という膝新語が生まれた。さらに賢太郎さんはラップが得意だと知り、「膝枕ップ」「膝枕ッパー」への期待が高まった。
「Heather(ヘザー)のヘザ」は成立しない⁉︎
39膝目、基太村明子さんの「シドニー膝枕」を聴いたとき、男が二股をかける女の名前がヒサコではなく横文字だったらと想像した。そのとき思い浮かんだ名前が「Heather」。カタカナで書くとヘザーとなる。ヒザに最も近い響きの名前はこれではないかと膝を打った。
さらに近づけて、男に「ひざ」を「ヘザ」と呼ばせたいと思い、「い」と「え」が入れ替わる栃木弁を連想した。「いろえんぴつ」が「エろイんぴつ」になるという例が有名だが、そのルールを当てはめると、「ひざ枕」が「ヘザ枕」になるのではないか。
訛りを気にして人前で話すのが苦手だった男が箱入り娘膝枕と出会ってトークに自信がつき、街で出会った膝が魅力的なヘザーをナンパし、恋仲に。だが、膝枕との二股がバレて……「ヘザーのヘザが忘れさせてくれる(原文:ヒサコの膝が忘れさせてくれる」というセリフを書きたいがために思いついた設定だったが、
「ヒとヘは入れ替わらないです」
栃木にいたことがあるというkanaさん(膝番号10)に言われ、「ヘザーのヘザ枕」はあえなくボツになった。
そのままひと月余り寝かせていたのだが、掘り起こすことになったのは、友人の西田梓さん(膝枕を練習中)から「今、こんなnote書いてます」とメッセージがあったから。
ある言葉遊びで書かれたその文章を見て、「膝枕でやってみよう」と思った。そのときに、ヘザーのことを思い出した。「ヘザーのヒザ」でもいい、英語を話すHeatherの設定が、その言葉遊びルールに使えるのだ。
というわけで、石野竜三さんのルームでの「膝枕と言葉遊びは相性がいい」からの流れもあり、言葉遊び膝枕を書いてみた。
なぞかけの部屋の家元、ケーシーさんが披露してくれた「膝枕」なぞかけも、少し形を変えて登場させた。ケーシー家元には、なぞかけがたくさん出てくる「なぞかけ膝枕」をぜひやって欲しい。
今井雅子作 「箱入り娘膝枕とふしだらなヘザーに翻弄されて」
休日の朝、独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男の元に、枕が届いた。ただの枕ではなく、「膝枕」だ。ダンボール箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。
「たまらないね!」
寝ぼけ眼を見開いた男は、興奮で声を震わせ、箱から膝枕をお姫様だっこの姿勢で抱き上げると、そっと床に下ろす。すべすべの白いすねを畳で傷つけないように気をつけながら。
「ラブリーすぎるんですけど」
どこから見ても完璧な眺めに、にやけながら、「カタログで見た写真より色白なんだね」と男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。
「たまらないよ、最高!」
噂に聞いた以上の完成度に、まさかカタログ以上の品物が届くとはと男は興奮する。ルーブル美術館でモナリザと対面したときは、こんなに小さい絵だったのかと肩すかしを食らったが、この膝枕は逆だ。騙されたつもりで買ってみたら、とんでもない掘り出し物だった。
確かに作り物ではあるが、見た目も手ざわりも生身の膝そっくりな上に、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。ルーカス監督作品に登場しそうな、精巧な膝枕ロボットだ。だが、膝枕以外の機能は搭載しておらず、膝を貸すことに徹している。
類似商品はいくつかの会社から出ているが、ネットでのレビュー評価が高かった「膝枕」カンパニーの商品を男は買い求めた。
体脂肪40%、やみつきの沈み込みを約束する「ぽっちゃり膝枕」、母に耳かきされた遠い日の思い出が蘇る「おふくろさん膝枕」、「小枝のような、か弱い脚で懸命にあなたを支えます」がうたい文句の「守ってあげたい膝枕」、頬を撫でるワイルドなすね毛に癒される「親父のアグラ膝枕」……。
ラインナップが実に豊かなカタログを隅から隅まで眺め、熟慮に熟慮を重ね、妄想に妄想を繰り広げた末に男が選んだのは、誰も触れたことのないヴァージンスノー膝が自慢の「箱入り娘膝枕」。ラベルにも「箱入り娘」とお墨つきのように記されているが、その商品名に偽りはなく、恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品があり、正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。いそいそと一人暮らしの男の部屋に足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくるではないか。
「可愛い君、今日からここが自分の家だと思ってリラックスしてよ」と男が優しく声をかけると、強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。
たまらない、この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみ上げるのを、男は、ぐっと押しとどめ、「強引なヤツだと思われたくない。今、気まずくなったら先が思いやられるよ。よせ、相手は箱入り娘だぞ」と自分に言い聞かせる。
「ルームウェアなんだけど……」と動揺を誤魔化すように、男はピチピチのショートパンツから飛び出した箱入り娘の二つの膝頭に目をやった。
「多分、それ、下着だから、その上にスカートとか、はいたほうがいいかなって思うんだけど……どうしよう、女の子の服ってよくわからなくて.……」
照れ臭そうに男が言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。「だったら、一緒に買いに行かない?」と誘っているのだろうか。会話ができたようで、男はうれしくなる。ルームウェアを買いに行くデートは、明日のお楽しみとしよう。
浮かれた男と 箱入り娘にとっての初夜となる、その夜、男は膝枕に手を出さず、いや、頭を出さず、そこにいる気配だけを感じて眠った。たおやかでやわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。
楽しすぎて寝不足になった男は、翌日、旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。
「退屈で窮屈でごめんね。寝間着売り場の先がスカート売り場だよ」とファスナーが閉まりきらない旅行鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけ、怪しすぎて、店員は寄って来ない。
「いいな、やっぱり白のイメージだよね。ねえ、こういうのどう?」と男が手に取ったスカートを旅行鞄に近づけると、鞄の中で膝頭が弾んだ。「だよね?」と裾がレースになっている白のスカートを買い求めた男は、帰宅すると、早速箱入り娘に着せてみた。
「たまらないな。なんなのこれ、似合いすぎて、キュン死レベルかも。もう我慢できない!」と箱入り娘の膝に倒れ込むと、マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められた。
たちまち、白いスカート越しに感じるやわらかさと、レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさに男は骨抜きになる。瑠璃色の光が閉じた瞼の裏に広がり、天にも昇る気持ちだ。
「大好き。君の膝があれば、もう何もいらない」
いつまでも箱入り娘の膝枕に溺れていたかったが、仕事のある日は出かけなくてはならない。居残りの箱入り娘に見送られ、後ろ髪引かれる思いで家を出るが、仕事が手につかない。一目散に飛んで帰り、「ただいま!」と玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。留守を守る間に膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。
「大好き!」と愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込み、頭を預けると、その日あった出来事を話す。素晴らしい沈み心地だ。大、大、大好き。
「今日もなぞかけ好きの上司になんか作れって迫られて、なぞハラだよね」などと職場の愚痴を面白おかしく語り、「膝枕とかけて、きれいな爪と解く、その心は、うっとり寝入る(ネイル)」などとなぞかけを披露すると、箱入り娘は拍手をするように白いスカートから飛び出した二つの膝頭をパチパチと合わせた。
「たまらない、もっと君の拍手を聞きたい」とますます男の話に熱がこもる。留守番の箱入り娘に語り聞かせるネタができたと思えば、仕事でイヤなことがあっても気持ちが軽くなった。退屈で、自信がなくて、うつ向いていた男は胸を張るようになった。たくましい顔つきになり、目に力が宿るようになった。
たまたま飲み会で隣の席になった青い瞳の女が、男に色っぽい視線を投げかけてきた。
「たまらないな」と男の目はミニスカートから飛び出した女の膝に釘づけだ。
「ダーリン?」と女が誘いかけるように囁く。
「口説かれてる?」と男は舞い上がり、「タッチ、オッケー?」と膝を指差すと、「オッケーデス」と女は答えた。
タッチした膝に引っ張られるように、男の頭が傾いて女の膝に倒れこみ、膝枕される格好となり、その瞬間、男は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。
「たまらないな」と男はうっとりと目を閉じ、寝そべったまま、女の名前を聞く。
「ク、クッジュー テル ミー ユア ネーム?」
「ムリして英語話さなくてもダイジョウブですよ。ヨロシク、Heatherです」と日本語で答えが返ってきた。
「たまらないな、ヘザーのヒザ」と男が言うと、「ふしだらな女です」とヘザーはしおらしく言った。多分「ふつつか者です」と混じっているのだろう。
後ろめたさを感じつつ男が帰宅すると、箱入り娘膝枕は、いつものように膝をにじらせ、玄関先で待っていた。
「ただいま」と男が言うと、箱入り娘が膝をこすり合わせて、誘ってくる。ルームウェアの白いスカート越しに感じるヴァージンスノー膝は、ヘザーの生身の膝を忘れさせるほど、やわらかく心地良い。
「いちばん好きなのは、やっぱり君の膝枕だよ」と、つい漏らした一言に、箱入り娘の膝が硬くなる。ルール違反の浮気に感づいたらしい。
「いや、これは、その」と男が口ごもっているところに「今から行っていい?」とヘザーから連絡があった。たった今別れたばかりなのに、もう男が恋しくなったらしい。「いいよ」と返事し、男はあわてて箱入り娘をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヘザーを部屋に招き入れた。
体育座りでヘザーは畳に腰を下ろしたが、男は正座をリクエストし、膝枕をせがんだ。
「ダーリン?」とヘザーはその先を期待するように青い瞳を潤ませたが、膝にしか興味のない男は、ヘザーに手を出すことはしなかった。
「たまらない」とヘザーの膝枕に溺れる男の頭の上から、「ブシは食わねどヒザマクラ」とヘザーの声が降ってきた。
タカタカタカ、タカタカタカとそのとき押し入れから音が聞こえた。
「タイコの音?」とヘザーが音のするほうへ目をやった。大変だ、箱入り娘が見つかってしまうと男は焦るが、「タイコのリズム、タカタカタカ」とヘザーは押し入れから聞こえる音に合わせて、膝を揺らした。
「助かった」と男はヘザーの勘違いに胸を撫で下ろしつつ、ここから出してと訴える箱入り娘の気持ちを思うと落ち着かず、モテる男は大変だなと優越感のようなものも覚え、揺れるヘザーの膝枕に身を任せるうち、いつの間にか眠りに落ちた。
タカタカ、タカタカという音に、真夜中、男が目を覚ますと、頬に畳の跡がついており、膝を抜いたヘザーはいつの間にか部屋からいなくなっていた。
タカタカ、タカタカ、タカタカ、タカタカ。
「かまってあげなくてごめん」と男は押し入れからダンボール箱を下ろし、箱入り娘を取り出す。
「擦り傷だらけじゃないか!」
可哀想に、箱の中で暴れていたせいで、箱入り娘の膝は傷だらけになっていた。タイコになって「ここから出して」と訴え続けた二つの膝をこすりあわせ、いじけている。ルームウェアのスカートにも血が滲み、悲劇のヒロインそのものだ。
「騙してなんかいないよ」と男は箱入り娘を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫で、「悪かった。もう誰も部屋には上げない」と誓う。
「ウソつかないでね」と手を合わせるように、箱入り娘は左右の膝頭をぎゅっと合わせ、それから膝をこすり合わせて、「来て」と言うように男を誘う。
「うれしいけど、いいのかい? こんなに傷だらけなのに」
「二度とあなたを離したくないから、今、来て欲しいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、箱入り娘が男を促す。擦り傷と打ち身を避けて、男は箱入り娘の膝に、そっと頭を預ける。
「Look who is here? アナタの愛しのヘザーがまた来ちゃっタヨ」とヘザーは翌日から男の部屋に通うようになったが、やはり膝枕止まりで、その先へ進まない。いつも押し入れから聞こえるタイコに合わせて膝を揺らしているうちに、男は気持ち良くなって眠ってしまうのだ。
だが、ヘザーは幸せだった。「たまらない」と男が膝枕に頭を預けてくれる時間が好きだった。「たまらない」と繰り返す声がやがて聞こえなくなり、代わりに規則正しい寝息が聞こえてくるのを受け止めながら、ようやく自分に居場所ができたように感じるのだった。
タイコの音は今夜も聞こえてくるが、いつものタカタカよりビートが激しく、ドンドンと体当たりするような音だ。
ダダーン!とひときわ大きな音がして、押し入れからダンボール箱が転がり落ちたかと思うと、床を打った勢いで、中から何かが飛び出した。
「タイコ、ジャナイ! It's ヒザマクラ!」と興奮のあまりカタカナ多めで叫ぶヘザーの声で男が目を覚ますと、ヘザーと箱入り娘が鉢合わせていた。
「大変だ、修羅場だ!」と男はパニックになりつつ、生身の膝と作りものの膝が自分を巡って睨み合う光景に恍惚を覚えた。
「タフマタ、ジャナイ、フタマタだったなんて」とヘザーは形のいい唇を怒りで震わせ、「GO TO HELL‼︎」と捨て台詞を吐いて部屋を飛び出す。
「好きなのは君だけだ! だって、これはおもちゃじゃないか!」と男が思わず口走ると、「ひどい」と言うように箱入り娘の膝がわなわなと震えたが、男は遠ざかるヘザーの背中を見ていて、気づかなかった。
「たまらない、たまらない」と二つの膝枕にうつつを抜かした男は、ヘザーへの愛を誓うことにした。
「頼む、これ以上一緒にはいられないんだ。だけど、君も僕の幸せを願ってくれるよね?」
寝ぼけた言い草だと思いつつ、男は箱入り娘をダンボール箱に納め、捨てに行った。タカタカの音は聞こえず、その沈黙が男にはこたえ、自分がとんでもない悪人になったように思えた。例えようもない後悔や反省や迷いの入り混じったモヤモヤした胸の内も箱と一緒にゴミ捨て場に置くと、振り返らず、走って帰った。
畳に寝転がったが、目は冴える一方だった。
タカタカ、タカタカと音がして、箱入り娘が戻って来たのかと思ったが、そんなはずはなく、トタン屋根を打つ雨の音だった。
たまらないな。
なぜあんなひどい仕打ちをしてしまったのかと今頃濡れそぼっているだろう箱入り娘のことで頭がいっぱいになり、迎えに行かなくてはという気持ちと、行ってはならないと押しとどめる気持ちがせめぎ合う。
「ウソつかないでね」と手を合わせるように膝をギュッと合わせた箱入り娘の姿を頭から振り払おうと、男はヘザーの生身の膝枕のやわらかさを思い浮かべ、「箱入り娘のことは忘れよう、忘れるしかない、ヘザーの膝が忘れさせてくれる」と自分に言い聞かせ、「ヘザーの膝、ヘザーの膝、ヘザーの膝」と唱え続けた。
昂ぶった気持ちのまま眠れない夜が明け、男が仕事に向かおうと玄関のドアを開けると、そこに見覚えのあるダンボール箱があった。
タカタカ、タカタカと真夜中に聞いたあの音は、幻聴ではなく、箱入り娘が狭い箱に体をぶつけながら膝をにじらせ、帰り着いた音だったのだろうか。過酷な道のりを物語るかのように、箱に血がにじんでいた。
「大変だ、早く手当てしないと!」
咄嗟に箱から抱き上げると、箱入り娘の膝から滴り落ちた血が男のワイシャツを赤く染めた。
「たまらない、こんなに傷だらけになって僕のところに戻って来てくれた君を裏切れるわけがない」
愛おしさと申し訳なさを募らせながら、男は箱入り娘の膝に消毒液を塗り、包帯を巻き、ヘザーに別れを告げる覚悟を固めたのだが、そのときふと頭をよぎったのは、
「これもプログラミングなんじゃないか」
という疑問だった。たしか、箱入り娘膝枕の行動パターンは、工場から出荷された時点でインストールされているはずだ。だとすると、二股をかけられたとき、捨てられたときのいじらしい反応も、あらかじめ組み込まれていたわけで、人工知能に踊らされているだけではないのか。
「感情なんて、あるわけないよな」と男はたちまち白け、箱入り娘がただのモノに見えてきて、「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行こう」と思い直す。好きだった気持ちまでウソに思え、なんだか時間を損したような空しさを覚え、それを埋め合わせるように、男はこれで最後だと箱入り娘の膝枕に頭を預けた。
「たまらないなんて、もう言うもんか」とうそぶきつつ、体は正直に箱入り娘の膝枕に溺れようとするのだが、別れを予感しているのか、箱入り娘は身を強張らせている。ルームウェアのスカートはそよとも動かない。
いいさ、僕にはヘザーの膝があるし。
所詮、作りものは生身には勝てないのだ。
「ダメヨ ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」と夢かうつつか、箱入り娘の声が聞こえた気がした。
「大変だ、頭が持ち上がらないよ」
翌朝、目を覚ました男は、異変に気づいた。
「体勢を変えられない。一体どうなってるんだ? ダメだ、横になったまま起き上がれないよ、ちょっと、ウソ……」
それもそのはず、男の頬は箱入り娘の膝枕に沈み込んだまま一体化していた。たぶん皮膚が溶けてくっついているらしく、どうやったって離れない。
「イヤだよ、これじゃあまるで、こぶとりじいさんじゃないか」
かろうじて伸ばした手で男は保証書をつかみ、そこに記された製造元の電話番号にかけてみたが、呼び出し音が空しく鳴るばかりだった。
「たまらないな。なんだよ、レビューの高評価、サクラだったのかよ。読めない字でゴチャゴチャ書いてあるし。商品をお買い上げのお客様へのご注意……? 一番最初の文字、なんだこれ……こ?」
世界が薄れ行き、男の頭は、ますます箱入り娘の膝枕に沈み込む。無駄な抵抗を諦めた男を、かつて味わったことのない、吸いつくようなフィット感が包み込み、いざなう。浮世を離れ、もっと遠くへ、もっと深くへ。
「ヘザーはGO TO HELL、地獄に堕ちろと言ったが、僕が堕ちたここはHELLなんかじゃない。言うなれば、HEAVEN」
言葉遊びのかくれんぼ
タイトルの「箱入り娘膝枕とふしだらなヘザーに翻弄されて」に
と文節の頭にハ行を隠した。
「膝枕」でアイウエオ作文。「サ行で三者三様」を作ってみると、
膝枕erなら「どれが誰のことか」わかるはず。上から「二股かけられたヒサコ」「箱入り娘の膝に沈み込む男」「男に裏切られて不具合を起こした箱入り娘膝枕」。
新たな遊びが始まりそうだ。
「箱入り娘膝枕とふしだらなヘザーに翻弄されて」は、アイウエオ作文とは別に、ある言葉遊びルールに則って基本姿勢膝枕を書き換えている。どれくらいの人が気づくのか、気づく人はどの辺りで気づくのだろうか。違和感を感じなければ、気づくのは遅くなる。うまくかくれんぼできていると楽しいなと思う。
膝開き王、気づかず読み通す‼︎
8/6(金)19:00より「ミスター膝枕」徳田祐介さん(膝番号2)がClubhouseにて膝開きした。朗読を終えた徳田さんに「ルールわかりました?」と聞いたところ、「いいえ」。
オーディエンスの方々も「?」。
先にnoteを読んで気づいていた膝付作家やまねたけしさんは「タカタカ」で気づいたという。
他に「たまらない」と「ルームウェア」の連呼と、最後の一文もヒント。
少しずつ「わかった!」の人がふえ、膝マメのコバ(膝番号13小羽勝也さん)と膝番号14堀部由加里さんが最後まで「なに? なに?」となり、「わかったー!」となるまでに30分ほどかかった。思ったよりうまく隠れられたかもしれない。
謎が解けた小羽さん、ルールに則ってツイート。とても自然で、言われるまで気づかなかった。
言葉遊びの二乗
8/24、きぃくんママさん(膝番号34)が「わにのだんすは膝枕」を発表。だんすわにの元に膝枕とおまけの別冊「わにのだんす」が届き、clubhouseでの伝道に張り切るというストーリーもダダダダダンス。
徳田祐介さんの膝開きを聴いていて、途中までルールに気づかず。かくれんぼ大成功。「ヘザー膝枕も、もっとうまくかくれられるところありそう」と腕が、いや、膝が鳴る!
clubhouse朗読をreplayで
2022.5.21 小羽勝也さん
2023.5.28 鈴蘭さん×ノアさん
2024.1.21 鈴蘭さん
2024.2.18 鈴蘭さん(膝枕リレー1000日カウントダウン)
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。