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[書評]『シン・ニホン』の視点。例えばテレワーク急進現象をどう見るか

先般、宇野常寛さんの『遅いインターネット』について感想を書いたら、安宅和人さんの『シン・ニホン』を友人が薦めてくれた。Amazonにもレコメンド表示されていたので、人生で初めて同機能に沿い、書籍を購入した。

安宅さんといえば「風の谷」プロジェクトを想起する人もいるかもしれない。「巨大都市と限界集落」的な予期されうる日本の近未来にどう立ち向かうかを考想し、都市型システムのオルタナティブを作る試みだ。安宅さんは、例えば政府や強者に向けて「単線的な非難のみを発信するだけ」では足りないと言う。「そのかわりにこんな考えやシステム・共同体はどうですか?」というメッセージを発信しようと提案する。ヤフー株式会社CSOでもあり、かつ生物学や脳神経科学にも知見のある彼ならではの「テックとのつき合い方」論は興味深い。

ニッポンの「底」は抜けたのか?

安宅さんの「日本語り」はとてもポジティブだ。『遅いインターネット』で宇野さんが示した「悲観されがちな言説」とは異なる出所からの問題意識も表明している。そして日本の衰退に対し「ただ待つだけ」から「抵抗しよう」へ、否むしろ「発展の契機にしよう」というスタイルへ、と呼びかけを行っている。「日本の底が抜けた」「日本オワタ」的な発言には与しない。

しかもそれは、無責任な楽観主義とは違う。

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『シン・ニホン』では日本の「底」がエビデンスを元に示される。「底が『抜けた』『抜けた』って言うけどさ、底って何よ?」といった感じで、だ。このままではマズイという危機感は、もちろん彼も持っている。その上でそれらを具体的なリスクに整理転換し、「底って要はこういうことだよね」と情報を陳列したのが本書だ。この本は、「今の日本はヤバい。課題山積だ。でもどこから手をつければいいのか?」と迷い、戸惑っている人にとって福音となる。

ビッグデータ・AI時代について行けていない日本。
ITなどでイノベーティブに先駆を切れなかった日本。
生産性がやたら低い日本。
すぐれた若者を活かせない日本。
学術的なプレゼンスが劣化している日本。教育の問題、等々(当然、言及は課題だけに終わらず、展望まで表明される)。

安宅さんは、それらをファクトベースで教えてくれる。

こういう言い方をするのは申し訳ないけれど、個々の分析自体は手堅いがゆえの意外性のなさをたたえている。「まま聞く」結論に至るパターンもかなりある。すこし前に流行った『FACTFULNESS』のような手法を手堅く採用する人なら、あるいは多くが「そういう結論になるよね」という感想を持つかもしれない(生意気ですみません)。しかしそれは「確度の高いエビデンスに基づく結果のみ」をド直球に伝えている証左でもある。

本書の特長はカバー領域の広さだ。これほど広範な話題に触れ、確かなデータを踏まえつつ百貨店のごとく課題を提示している書籍は少ない。その意味でいえば『シン・ニホン』は、これからの日本を語るためのスタートラインを引いたとも形容できるだろう。そして、膨大な課題を渉猟した後に「底、抜けてたかな? でさ」と次の話を促すのである。

例えば新型コロナウイルスの影響をどう見るか

『幸福論』の著者として有名なアランは次のような名句を遺している。

「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである」

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安宅さんは、楽観主義を意思している。それに加え、たぶん根っからの楽観主義者でもある。

例えば、昨今の新型コロナウイルスの感染拡大はテレワーク(在宅勤務等)を疾風迅雷のごとく後押しした。政府主導のもとに推進されてきたテレワークの当初の目標は「2020年までに約35%の企業が導入(2012年度比で3倍)」だった。テレワーク・デイズなどを通しながら毎年毎年少しずつ、官民で「柔軟な働き方」を広めてきた。それが昨今の事態で(全社または一部部門での)導入率「82%」にまで一気に上昇してしまった(ITmediaビジネスオンラインより)。

先般、仕事で電通さんを訪問した後、新橋駅近くで「IoTやAI、ESG投資」などをつまみに友人と語り合ったけれど、その数日後、その電通さんも5000人テレワークという状況になってしまった。

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こういった現象をとらえる時、私なんかは「寄らば大樹の陰/長いものに巻かれろ的な日本人のメンタリティの極み、付和雷同だわー。テレワークやる理由? お隣りさんがやってるからさ」などと揶揄しながら、「空気を読み合う、ザ・忖度文化」と丸山眞男や山本七平を想起しつつ「『人間は他者の欲望を欲望する』のラカン先生万歳!」となってしまいがちだ(とはホントは絶対に言いませんけれど。むしろテレワークはとても大切と思っています)。安宅さんは、そういった穿ち方をしない。

付和雷同という事態が、例え日本人の特異性の現われだとしても、彼は「これは、『すぐに変化できる』日本人の特質を示している」「対応力の潜在性の高さを示している」と捉えるだろう(ホントにたぶん。さすがにそんなふうには捉えない?)。彼は『シン・ニホン』で、18世紀「産業革命」以降の社会を3つのフェーズに分けながら、第2、第3フェーズでナレッジほぼゼロから国際的地位を一気に高め突きぬけた日本を紹介している。そして、ただの「お気楽論」にならないよう、AI時代を迎える今、日本が「ほぼすべてのオールドエコノミーをフルセットで持つ」数少ない国であると示唆し、突きぬけの歴史再現は可能! と語った(難しい語が並んだが、詳細は本書を参照のこと)。

そして、実際にソーシャルデザインを示し、「風の谷」の形・仕組みづくりも始めている。

本書は、そのエッセンスを記したものだ。繰り返しになるが、この本はこれからの日本を語る議論の土台になる。もっといえば、本書は意識的に「推奨された感」をもたらす構成を採っている。「私にも行動できるかも」と思わせる仕掛けが施されている(これはNewsPicks編集部の手によるもの?)。社会学者・宮台真司さんの口吻を借りれば「引き受けて考えろ」、哲学者タレブで言えば『身銭を切れ』という態度への促しだ(宣伝:明日、同書の拙書評がダイヤモンドオンラインに出る予定です→載りました!)。

ご一読してみてはいかがだろうか。

個人的には「とはいえ、ある程度のところにポジショニングしていないと活用できない話もたくさんある」とも感じたので、例えば「弱くされている人たち」目線で彼の語りがどうなるのかなどに興味がある。そこは、続編を待つことにしたい。



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