犬はなぜ多様に進化できたのか:祖先の遺伝的多様性の役割
ダーウィンと犬の進化
ダーウィンは、犬を大変愛し、彼の進化論は、犬なしでは誕生しなかったといわれている(1) 。同じ種内で、犬は、大きさ、形や色のパターン、行動など非常に多様な特徴を持っている。様々な性質をもった犬の品種(犬種)は、人為的な選択によって創り出された進化の結果であると考えられる。しかし、他の愛玩動物や家畜動物に比べても犬の多様性は高い。人間が関わっているとはいえ、なぜ、このように多様に進化できたのだろうか。
ダーウィンの進化論から約160年後、ようやく、犬の進化の具体的なしくみが明らかにされつつある。それは、多数の犬のゲノムデータや行動、形態、色などの様々な性質のデータが集められ、解析されるようになったことによる。
たとえば、ダーウィン方舟プロジェクト(DARWIN'S ARK)では、市民の人々の協力のもと、飼っている犬のDNAデータ、行動などのアンケートデータを収集し、ペットの健康に役立てようとしている。また、日本でも、ペット保険会社のアニコムなどは、ペット保険加入の際にゲノムやアンケートデータを収集し、犬の病気やその他の研究に活用している。さらには、古代の犬やオオカミの骨から、ゲノム配列が解読され、数万年前からの犬やオオカミの遺伝的な多様性が明らかになってきた。
本稿では、犬の多様な性質のうち、行動、大きさ、色彩に関して最近発表された3つの論文を紹介し、犬の多様化の進化がなぜ可能だったのか、について考察する。
犬の進化史
犬の歴史は古く、ハイイロオオカミから家畜化されて、最低でも1万5千年、場合によっては、10万年前まで遡るという(2)(実際はそれほどは遡らないらしい) 。11,000年前までに、世界には、少なくとも5つの主要な現代の犬の祖先系統が多様化しており、旧石器時代の人々との関連が指摘されている(3) 。
古代において、どの地域に生息していたオオカミが犬の起源となったかについては不明な点が多い。過去10万年にわたる72個体の古代オオカミのゲノムを解析した最近の研究では(9)、犬は西ユーラシアのものよりも東ユーラシアの古代オオカミに近縁であり、東方で家畜化されたことが示唆されている。しかし、中近東とアフリカの犬は、その祖先の半分までが現代のユーラシア南西部のオオカミにの集団に由来しており、東ユーラシアとは別に、家畜化あるいは地元のオオカミとの混血を反映していることも示唆された(9)。
初期の犬への家畜化は、オオカミが、人間のゴミをあさるように適応していった過程と考えられている。しかし、2000年前より以前に人間が意図的に犬を交配させて繁殖したという証拠はない(4)。また、1800年代(300年前)より以前は、主に狩猟や牧畜への助けや番犬といった役割のために犬は人為選択されていったようである(4) 。
一方、血統が重視されて品種が作られるようになったのは、イギリスのビクトリア朝時代といわれている(4)。現在の犬の品種(犬種)は、160年未満(〜50〜80世代)で形成されたらしい(4) 。つまり、ダーウィンが生きていた時代には、現在見られるような犬の品種は存在しなかったようだ。100世代未満で、こんなにも多様な犬の性質が人為的に進化可能だということになる。なお、現在、地球上の約10億頭の犬のうち80%以上は自由生活、自由繁殖で、人間の管理下にないヴィレッジ・ドッグ(Village dog)と呼ばれる犬であるそうだ(4)。
犬種と行動特性の関係
ダーウィンの方舟プロジェクトで集められた18,385頭の犬(純血種49%)のデータ(DNA配列データは2155頭)を用いた研究が2022年に報告された(4) 。Morrill らは(4) 、飼い主から聞き取ったアンケートデータをもとに、行動、身体的特徴などに寄与する遺伝的側面を解析した。
まず、それぞれの性質の遺伝率(親から子どもにどれだけその性質が伝わるか)を 、ゲノム上の変異と性質の関係から推定した。身体的特徴(大きさ、耳の形、毛の長さなど)は高い遺伝率の値(85%以上)を示し、犬個体間での特徴の差は遺伝的変異が大きいことがわかる。行動的特徴では、レトリーブ行動(ものを取ってもどってくる)(52%)や人との社交性(67%)が高い遺伝率を示した。
身体的な特徴は、犬の品種(犬種)の違いと強く関係したが、行動的特徴については、相関はあるのものの強くはなかった。たとえば、レトリーブ行動では、レトリパーやボーダーコリーで高く、グレーハウンド、グレート・ピレニーズで低い、という関係や、社交性では、レトリバーで高いなどの関係が見られものの、他の犬種と行動との関係性は高くなかった(レトリバーは、元来ハンターが撃ち落とした獲物を持ち返る(=retrieve レトリーブ)ことが名前の由来だ)。身体的特徴では、犬種との関係は41%であったが、行動的特徴に関しては、5%しか相関がみられなかった。
このように、現代の犬種に見られる行動特性は、遺伝する性質ではあるが、犬種間の遺伝的な違いは大きいものではなかった。そのため、人が選抜して犬種を確立するとき、行動的特徴をもとに強い選抜を行っていなかったと考えられる。Morrill らは(4) 、行動的特徴は、犬が人類の移動に伴い、人類の新しい技術に適応していく過程で、数千年の間に自然に生じたと指摘している。つまり、人が人為的に選抜する以前に、古代の犬が、それぞれの異なる地域や生活の場で、行動の多様性が進化してきたのであろう。
犬のサイズの進化
犬は、同じ種内で、地球上で最も大きさの異なる哺乳類である(5) 。最も小さい犬は、プラシュスキー・クリサジーク(体高20~23cm、体重2.6kg)、最も大きい犬はアイリッシュ・ウルフハウンド(体高85cm〜90cm,体重80kg以上)といわれ、最大40倍ものサイズ差がある。このようなサイズの差は、過去200年にわたる選抜の結果である(5)。これまでに、サイズの違いに影響する遺伝子が調べられており、約20の体格遺伝子が同定されている(6)。
Plassaisら (5)は、この体格に影響している遺伝子のうち、インスリン様成長因子1(IGF1)に注目した解析を行った。IGF1は、犬種のサイズ差の約15%を説明する。人間でも、IGF1の産生異常の人は、低身長になる疾患を示すことが知られている。
Plassaisら(5) は、新たにに犬のサイズに影響するIGF1の変異を検出した。その変異(ゲノム配列中の一つの塩基が異なっている変異=SNP:進化的視点からみる人間の「多様性の意味と尊重」の図2参照)は、IGF1遺伝子の発現量を調節する配列(ノンコーディングRNA)の中にあり、IGF1の産生に影響する(この変異をIGF1-AS変異と呼ぶ)。この変異は、CとTの塩基の違いによる1塩基多型(SNP)である(Cアレル、Tアレルと呼び、個体はCC,TC,TTのいずれかの遺伝子型をもつ)。
230品種、1,162頭の犬をもちいて、IGF1-AS変異の遺伝子型と体サイズの関係を調べてみると、この一つのSNPだけで、20Kgちかくのサイズの差をもたらすことが示された(図1の左)。シュナウザーとプードルの体サイズの異なる3品種を調べた場合も、小さい品種はCCを大きい品種はTTの遺伝子型を持っていた(図1の右)。
さらに、Plassaisら(5) は、IGF1-ASの変異の地理的分布と過去の進化史について調べた。9500年〜4000年前の古代の犬を調べてみると、サイズの小さい集団や種は比較的温暖な気候に生息し、サイズの大きい種や集団は寒冷な気候に生息する傾向があった。これは寒冷な地域ほど体が大きくなるというベルクマンの法則に一致する。さらに、この関係を確かめるために古代オオカミと現代のハイイロオオカミのIGF1-ASの遺伝子型を調べた。現代のオオカミだけでなく、古代のオオカミにおいても、この変異(CC,CT,TT)と体サイズとの関係は現代の犬と同様の傾向であった。また、高緯度の比較的大型のオオカミ(約40kg)よりも、低緯度の現代の小型のオオカミ(約25kg)でCの頻度が高いことが分かった。この小型化をもたらすCアレル(あるいはCCの遺伝子型)は、コヨーテや他のイヌ科の種でみられることから、小型化の遺伝子型がもともとあった祖先的変異であると見なされた。
つまり、イヌ科の祖先は小型でCアレルを持っていた可能性が高い。大型のアレルであるTは、53,000年前のある時期に生じ、それにより、大きなオオカミが進化した。祖先のCアレルは、低い頻度ではあるが、ハイイロオオカミや祖先の犬の集団の中に存在し続けたと考えられる。その後、人間が祖先のCアレルを持つ小型のイヌを選抜したため、現代の小型犬が進化できたと考えられる。
毛色とカラーパターンの進化
毛色とカラーパターンも、犬の中心的な多様な性質の一つである。毛の色に影響するメラニンには、ユウメラニンとフェオメラニンがある。たとえば、ヒトの黒髪は、ユウメラニンによって黒くなっているのに対し、金髪はフェオメラニンが影響している。毛の色は、ユウメラニンとフェオメラニンの比率によって影響される。
毛にあるメラニンを生成する細胞(メラノサイト)にある、メラノコルチン1受容体(MC1R)に、リガンドと呼ばれる物質(たとえばメラノサイト刺激ホルモン)が結合すると、ユウメラニンが生成が促進され、アンタゴニストと呼ばれる物質(たとえばASIP)が結合すると、フェオメラニンの生成が促進される。
犬ではASIPの遺伝子が働き、ASIPが多く産生されると、フェオメラニンが増えることにより黄色の毛色になり、少ないと黒い毛色になる(図1)。Bannaschら(7)は、このASIPを生成する遺伝子のプロモーター(遺伝子の発現を調節するDNA配列)に注目した。ASIP遺伝子の発現を活性化し、ASIPの生成を促進あるいは抑制する2つのプロモーター領域(VPとHCP)を特定した。図1で示したように、VPにはVP1とVP2という変異があり、VP1はASIP遺伝子を活性化、VP2は活性化するが、VP1ほどではない。HCPでは、HCP1はASIP遺伝子を活性化、HCP2は活性が劣り、HCP3,4,5では活性化しない。図1で示したように、VPとHCPの変異の組み合わせで、毛色と体表に現れるパターンが決まっている。
Bannaschら(7)は、これらの変異の起源を調べるために、現在のオオカミやコヨーテなどのほか、古代のオオカミや古代犬などのゲノム配列を調べた。コヨーテやゴールデンジャッカルなど他のイヌ科の種は、VP2,HCP2というアグーチ型の変異をもっていることから、これらの変異が祖先型であると推定される。
4~35,000年前の古代犬とハイイロオオカミのゲノムを解読してみると、VPの両型(VP1とVP2)とHCPの4型(HCP1A、HCP1、HCP2、HCP4)がさまざまな組み合わせで観察された。つまり、この時代、既に、多様なカラパターンを創り出す変異が存在していたことになる。また、現在のホッキョクオオカミや高地に生息するチベットオオカミは、白い毛色をしており、VP1およびHCP1をもつドミナント・イエロー型の変異を持っている。
古代のオオカミが、コヨーテやジャッカルといった他のイヌ科動物が持っていなかったVP1やHCP1というイエロー型の変異を持っていたのは、数百万年前から1万年前までの氷河期であった更新世に、高緯度への適応として進化したものと考えられる。
変異がいつ生じた時期を推定したところ、HCP1は、200万年以上前に生じたと推定された。つまりゴールデンジャッカルやドールといったとイヌ科動物とオオカミが分岐する以前に、HCP1を持っていた系統が存在し、それが後になってオオカミに導入されたものだと推定している(図4) 。VP2からVP1への突然変異は、3万3千年より前に生じたと推定されている(図4)。
これらの結果が示していることは、現在の犬でみられる多様なカラーパンに影響する変異は、すでに古代のオオカミや犬が保有しており、それを元に、最近になって人為選択をかけることで、多様な毛色やカラパターンをもつ品種を作ることができたと考えられる。
犬はなぜ多様に進化できたのか
ここまで、行動、大きさ、色といった性質の進化についてみてきた。どの性質に関しても、それらの多様性を創り出す遺伝的変異は、オオカミや古代の犬がすでにもっていたものと推定されている。オオカミは、様々な気候や環境で、多様な性質を進化させた。また、古代の犬は、人間とともに多様な環境に移動し、それぞれの異なる地域で独自の進化を遂げた。そのような多様な進化によって維持されてきた遺伝的変異を利用して、人間が強い人為選抜をかけることにより、様々な品種を作り上げたと考えられる。現在の犬種とよばれる多様な血統が、160年という短い期間で創出することができたのは、犬の祖先がもっていた遺伝的多様性のおかげだといえる。
人為淘汰による家畜化の過程では、人間に好まれる性質が選択の対象となる。したがって、犬が生存していく上で有利な性質が進化してくるわけではなく、結果的に健康を損なうような有害な遺伝子が進化しやすい。実際に、犬はオオカミに比べて有害な変異が蓄積しているようだ(8) 。最近、「イングリッシュブルドッグは健康に関する「重大な」懸念があるので、購入は思いとどまってほしい」という英王立獣医科大学の呼びかけがあったことがニュースで報道された。人為交配によって作り出された極端な体形が原因で重大な健康問題を抱えているという。これも、人為淘汰が引き起した結果である。
これまで、ほとんどの品種創出や改良は、自然界に存在していた遺伝的変異を利用したものであった。しかし、近年では、遺伝子編集によって人為的遺伝子を創り出すことで、動物や植物の人為的な改変が行われるようになってきた。それらの人的な遺伝的変異の導入が、生物の進化にどのような影響を与えるのかについては、今後注視していく必要があるだろう。
イヌとオオカミの種分化についての解説を以下の新書の第4章で解説しています。
文献
タウンゼント, エマ (2020) 「ダーウィンが愛した犬たち」勁草書房 (渡辺 政隆訳)
Lindblad-Toh, K. et al. Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog. Nature, 438, 803–819 (2005).
Bergström, A. et al. (2020) Origins and genetic legacy of prehistoric dogs. Science 370, 557–563 .
Morrill, K. et al. (2022) Ancestry-inclusive dog genomics challenges popular breed stereotypes. Science 376, eabk0639 .
Plassais, J. et al. (2022) Natural and human-driven selection of a single non-coding body size variant in ancient and modern canids. Current Biology 32, 889-897.e9 .
Chase, K., et al. (2002) Genetic basis for systems of skeletal quantita- tive traits: principal component analysis of the canid skeleton. PNAS 99, 9930–9935.
Bannasch, D. L. et al. (2021) Dog colour patterns explained by modular promoters of ancient canid origin. Nature Ecology & Evolution 5, 1415–1423 .
Marsden, C. D. et al. (2016) Bottlenecks and selective sweeps during domestication have increased deleterious genetic variation in dogs. PNAS 113, 152–157.
Bergström, A. et al. (2022) Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature 607, 313-320.
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