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希望は、そのさえずりを止めることはない−「刑務所のリタ・ヘイワーズ(スティーブン・キング著)と映画:ショーシャンクの空に」に捧ぐ

 新型コロナウイルス禍で、再び、何度目だろう、スティーブン キング氏の不朽の名作(と言っても過言ではないだろう)の「刑務所のリタ・ヘイワーズ」を読み返す。読めば、フランク ダラボン監督の名画(以下同じ)「ショーシャンクの空に」を見たくなるのはお決まりのコース。そして、好きなシーンを繰り返し見てしまう、この原稿を書きながらも。

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1.希望−春は希望の泉−

 私のような平凡な人生でも、生きていると、時には自分の力ではどうにもならないことにぶつかったりする。そういう時は、この小説を読みたくなる。「最善を願い、最悪を予想する」鉄の意志を持つ、主人公アンディ・デュフレーン。

 タイトルに使ったのは、アメリカの異色の詩人(生涯ほぼ閉じこもっていた)、エミリ・ディキンソンの詞、"Hope" is the things with feathers − から取った。希望は、小鳥のようにやってきて、窮地に陥っていてもそのさえずりをやめることはない −絶望に陥っている時にこそ、希望はある、と私は解釈しているのだが、この小説と併せて、自分の気持ちを持ち上げるのに思い出すことがある。

 この小説は、扉の副題にあるように、そして感動のラストシーンにあるように、「希望」がテーマの作品。終始、ピュアに貫かれたキングの意志も素晴らしいが、さらに、小説の骨格や、ストーリーテリングの見事さで、一気に読んでしまう。

 生きることにとりかかるか。死ぬこといとりかかるか。

 Get busy living or get busy dying.

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  (ストーリーについては、触れず、自分の感想だけ書いています。)

2.私の「ショーシャンクの空に」と「刑務所のリタヘイワーズ」との出会い

 まず、この小説にのめり込むきっかけは、「屋上作業」のエピソードであることは、多くの人に異論はないのではないか。映画では、あまりにも痛快にできていて、小説ではどうなっているのか、いささか心配で読み始めた。

「原作は好きだったのに」あるいは、その逆は、誰しも経験があるであろう。特に、片方が素晴らしいと、自分の中で確固たる存在になっているので、もう片方がそれなりに健闘した作品であっても、少しでも自分のイメージにそぐわないと、落胆してしまったりする。

 私は、映画「ショーシャンクの空」を先に見た。当時、キングの小説を読んだことがなかったので、なんの予備知識もなかった。好きだった俳優、ティム ロビンスが主演というので、見に行った。その時は知らなかったが、公開当時は、アメリカであまりヒットしなかったそうだ。私は、大変、感動して(ストーリーを知らなかったから、なおのこと衝撃的だった)、もう、大ヒットしたとばかり思い込んでいた。

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 DVDに関係者インタビューなどが付録になっている。公開当初の評価はぱっとしなかったが、徐々に口コミで話題になり、DVD発売でブレイクしたそうだ。確かに思い出せば、東銀座の小さい映画館で、あまり人もいなかったように思う。

 「刑務所のリタヘイワーズ」を買って読んでみて、1字1句、額に入れて部屋に飾りたいくらい、感動した。映画、小説とそれぞれに素晴らしいが、どちらか、どうしても選べと言われたら、私は、やはりスティーブン キング氏の原作の方だろうか。ほんの僅差だが。

3.映画と小説の違い

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 映画にしかないエピソードもある。その一つ、この映画で、指折りの名シーンであろう、アンディがやっと手に入れた図書館用の寄贈本から見つけたレコード、「フィガロの結婚」を刑務所でかける場面だ。元エリート銀行員、その教養や英知溢れる、ティム ロビンスの表情が素晴らしい。

そして、小説の主人公、レッド(モーガン フリーマン)は語る。

 俺はこれが何の歌か知らない
 知らない方がいいことだってある
 よほど美しい内容の歌なんだろう...心が震えるぐらいの
 この豊かな歌声が我々の頭上に優しく響き渡った
 美しい鳥が訪れて塀を消すかのようだった
 短い間だが皆が自由な気分を味わった

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「知らない方がいいことだってある」、フィガロの結婚のストーリーは、実はこの物語の付箋となっている。

 他にも、寄贈本を整理していて、「モンテ クリスト伯」についてアンディが「脱獄の話だ」と言うと、レッドが「教育図書に分類すべきだ」というのも、結末を暗示しているのと、レッドのユーモアが面白い。

 さらに好きなシーンは、飛んできて「開けろ」とどなる所長に、ボリュームを上げながら不敵な笑いを浮かべるティム ロビンス。あたかも、「おまえに私の自由と希望は侵せない」と言っているかのようだ。浮世離れしたティム ロビンスの風貌が、逆に凄みを感じさせる。

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 小説で、サミュエル ノートン刑務所長が一番怒り狂った時に、アンディに「以前のおまえは自分が誰よりも偉いと思っていた」と顔に書いてあった、と怒鳴り散らす場面がある。それは、アンディのこういうところなんだろうなと思う。決して所長には、手に入らないものだ。

 DVDの付録のインタビューでは、極悪非道のNo.2ハドレー主任を演じたクランシー ブラウンさんは、一時、役柄がひどすぎて悩んだそうだ。するとこの所長を演じたボブ ガントンさんは、「私たちは、アンディと対立するものの、象徴の役割なのだ」と言ったという。

 この映画は、実在したオハイオ州にある元刑務所で、全スタッフ俳優が2ヶ月共に暮らし、ロケを行っている。悪名高き刑務所だったが、閉鎖され取り壊す予定だったところ、この映画のヒットにより、負の遺産としても残され、記念館になったそうだ。ティム ロビンスの息子さんが「ここは淋しすぎる、帰りたい」と言ったそうで、私は決して見学したくないけれど。

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 映画のラストシーンも小説にはないものだ。シワタネホは、メキシコに実在する土地だが、ロケは、アメリカ領ヴァージン諸島のセントクロイ島。アンディが、レッドに、「記憶のない海」太平洋で人生の終わりは暮らしたいと語った地。レッドが、小説のラストで向かった海。

 I hope I can make it across the border. 
 I hope to see my friend, and shake his hand. 
 I hope the Pacific is as blue as it has been in my dreams. 
 I hope.

 どうかうまく国境を越えられますように。
 どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。
 どうか太平洋が夢の中とおなじような濃いブルーでありますように。
 それがおれの希望だ。
 (浅倉久志:訳)

 ロケ隊も、重たい空気の刑務所からここに来て、大はしゃぎしたそう。私もこちらは、シワタネホと両方、ぜひ、行ってみたい。

 小説と映画は、エンディングが少し違う。どちらも、それぞれに素晴らしい。

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4.小説の好きな場面

 最初に読んだ時に嬉しかったシーン。刑務所の調達屋レッドが、最初にアンディに都合してやったロックハンマーのお礼にもらったキャメルの箱。その中に、アンディがていねいに磨いた、流木の形をした2つの石英が入っていた。開ける時の描写、「おれは長いことそれを見つめた」で始まる文章も美しい。

 「…ブタ箱の中には泣きたくなるほどきれいなものがすくないが…(中 略)…そのふたつの作品をこしらえるのに、どれだけの労力がつぎこまれたんだろう?……見ているうちに、どんな人間でもなにかきれいなもの、なにかコツコツと手で作り上げたものを−−それが人間と動物とのちがいだとおれは思うんだが−−見たときに感じるほのぼのとした気持ちになった。

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 私は、美大を卒業しながら、かなり長い間、美術館に行くのさえ苦痛になる時期があった。私にとって、美大受験戦争を経て、美術というのは苦しいものになっていた。そして、コンピューター時代になった。けれども、人の手で作ったものには、そのような力があるのか、と勇気付けられる言葉だった。

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5.パリの美術館とジヴェルニー

 その頃だったか、出張の自由時間、パリから、とても久しぶりに海外で一人で列車に乗り、昔憧れていたモネのジヴェルニーの睡蓮の庭に行った。天国のような庭だった。そして、パリのモネの睡蓮の連作を、楕円形のホールに展示してある、オランジェリー美術館、ルーブル美術館を見て感激した。美大を出て、よかったと思えた。

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 とても苦痛な出張だったが、パリからの列車をバスに乗り換える時、一人の日本人女性が後ろにいた。田舎が同じで、長く海外で仕事をしていた素敵な女性で、すっかり意気投合し、生気が蘇る気がした。

 そして、好きなサッカーのチームの広報活動の掲示物に、選手のイラストを描くようになった。選手にプレゼントすると喜んでくれ、こんなことが人の役に立つのか、と思った。

 やがて、PCでフライヤーを製作するようになったが、元選手だった知人が「手描きの選手の絵が入っているのがいい」と言ってくれたりした。そういうものなのか、と思った。

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 新型コロナウイルス禍で、ZOOM会議やリモートワーク、動画配信など、デジタル化はより一層進んでいくだろう。その一方で、人間のぬくもりを感じられる小規模なコミュニティや、自分が見つけたユニークな小売店、手仕事のよさ、本屋で面白い本を見つける喜び、そういったアナログな世界もより求められるのではないか、と私は思っている。

終わりに、と贖罪

 この「刑務所のリタヘイワーズ」は、「恐怖の四季」の4部作の一編だ。スタンドバイミーも、ホラーではない叙情的な秀作だ。それから、これを言うと、この文庫本を貸した人は必ず読んでしまうのだが、「ゴールデン ボーイ」は決して読んではいけない。よくこれが出版できたなとさえ思う。私はショックから立ち直るのに、何年もかかった。登場人物より、キング氏が一番怖くなるほど、ラストまで、うまく作られているので、本当に呪われるように気分が悪くなる。

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 彼が、この4部作を書いた時は、アルコール依存症と薬物依存症から、回復した頃だろうか。それとも、まだ苦しい道のりだった時なのだろうか。

 「Redemption」というのは、贖罪という英語で、キリスト教になじみのない私には、理解や実感に乏しい言葉だが、「犠牲や代償を捧げて罪を贖うこと」と辞書にある。「記憶のない海」を見て、残りの人生を過ごしていいだろう、と言うアンディ。そして、私も、もう自由に生きていいのだ、と言われているような気持ちになる。

 「刑務所のリタヘイワーズ」は、手のひらの上のクリスタルボールのように、いつか見た雄大な大地のように、「希望」に輝いている。

 もし、まだ読んでいない、映画をご覧になっていない方がいたら、あの希望へとコツコツと長い道のりを進む物語をぜひ、味わって欲しい。特に終盤のアンディの物語、ラストのレッドの物語と、言葉にならないほどの感動をお約束する。

 (風景写真は、ヨセミテ国立公園とジヴェルニーで撮影しました)

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