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お守りをお母さんに送ったけど、どこかにいっちゃった話。

私はこの文章を書きながら、グリーン車に乗って実家から自分の家に帰っている。窓を眺めてると、田園が広がる景色からだんだんと無機質な建物が多くなる街並みに変わっていく。

お金をプラス1000円払って、ちょっとリッチな空間になる。のんびりと窓の外の時間を見ながら、一人の時間を過ごす。私はこの時間が好きだ。

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先週お兄ちゃんから電話がきた。

「お母さんがちょっと変だから、実家に帰ってきてくれないかな?」

母が、ずっと寝ていてごはんもほとんど食べない、横になっている状態らしい。受け答えも返ってくる答えがちぐはぐで、なんともコミュニケーションが変のようだ。もともと少しボケていた母だったけど、それ以上らしい。お兄ちゃんの会社にちょっと体調が悪くなると電話をかけてしまう。別な社員が電話に出ると無言で電話を切ってしまう。こんな有様で。

お兄ちゃんがさすがに白旗をあげ、私にヘルプを求めてきた。

今あんまり人と関わりたくない状態なので、いつもの母の無神経発言をくらうのは勘弁だな、と思った。でもさすがに心配だったで、「じゃあ月曜日に帰るよ。」と言って承諾した。

〜〜〜

私は今月の頭にメンタルを鍛えるために富士登山に行ってきた。


そのころから母から電話で「あまり体調が良くないんだよね」と聞いていたので、山頂で買ったお守りを手紙付で郵送していた。でも実家に到着してから、「お守り届いた?」と所在を聞いたら、「わからない、どっかいった。見てないよ。」と言われてしまう。私の思いは宙に消えた。

畳みかけるように「お兄ちゃんは仕事だから、まるはお兄ちゃんの代わりだよ。」と母は私にニヤッとしながら言った。そして、「なんで旦那さんは離婚しないんだろうね?あんた奥さんの役割してないでしょ。」と、嫌味のコンボ。

なんの根拠があって言ってるんだろう。

なんだか嫌な気分になったので、私は実家を全力で掃除してやった。

母の症状は私が家にいると少し落ち着くようで、掃除してる私の横でずっと喋っていた。多分さみしかったのかな。時折変なことや何回も同じことを言うので、中度の認知症とコロナ鬱のようだった。

認知症の症状にひとつとして部屋がとにかく汚いのだ。3日でゴ〇〇リを4匹見た。しかもでっかいの。3日目には昼間に母が寝転がっている横で当たり前のように表れた。

私はその度絶叫する。母は私の大げさっぷりにぷりぷり怒りながら、ティッシュで掴んで退治する。母の背中を見ると勇敢なヒーローのそれだった。

正直ぐったりする。今の不安定な精神状態で、人とずっといるのも、ずっと話しかけられるのも。傷つくことを言われるのも。

でも時にはコロリと気が変わったように「優しいねぇ」と褒めてくれたりもするツンデレ。認知症あるあるの気変わり。幼いころから親にあまり褒められてないので、少し嬉しい自分もいたのはここだけの話だ。

自分の感情のまま好き放題発言したり、感情をむき出す母を見て、ああ、母はずっと我慢してきたのかな、と考えた。ずっと大人を頑張って自分に厳しくしてきた人だから。母の口癖は「お母さんは負けない。」だった。

でも今は全部出ちゃったんだと思う。出ちゃってもいいんだと思う。頑張りすぎっちゃったんだね。甘えたいよね。となぜか思える自分がいた。

遠くに住んでるし、自分に出来ることは少ないかもしれない。

でもお母さんの望む通り電話をマメにしてあげたり、毎月帰ろうと思う。

なんとなく帰りにぽろんと目から涙が溢れた。なんの涙かはわからない。マスクがあってよかった。


どっかいっちゃった私の手紙とお守り。

いつか部屋のどこかから出てきて、お母さんの手元にいくといいな。

そんな淡い期待と諦めの気持ちに揺れながら、私は電車の外をそっと眺めた。

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