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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#ショートショート

『海の日をください』 # シロクマ文芸部

『海の日をください』 # シロクマ文芸部

「海の日をください」
その子は、梅雨の明けたある日、突然店にやって来た。
このあたりでは見かけない顔だ。
どこでこの店のことを聞いたのか。
どちらにしろ、そんなものを売るわけにはいかない。
それに、仮に売ったとしても、この幼い子には手に余るだろう。
そこらじゅうに溢れ出して、収拾がつかなくなるに違いない。
そうなれば、こんな子に売ったこちらの責任問題にも発展しかねない。
「海の日はね、大人にならな

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『海のピ』 # 毎週ショートショートnote

『海のピ』 # 毎週ショートショートnote

都市伝説というものは、都市に限らない。
人の住むところには、その土地だけに伝わる言い伝えがあるものだ。
その言い伝えを見たり、体験したと言う者もあれば、でたらめだと笑い飛ばす者もいる。

ある時、その村を大嵐が襲った。
嵐が去ったあと、海岸に一片の板切れが突き刺さっていた。
見ると、「海のピ」と書かれていて、その先は砂に埋もれてわからない。
子供たちが引き抜こうとすると、長老の一人が止めた。
老人

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『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

夏は夜ってか?
セイショーだか、ナゴンだか、知らねえけどよ。
ああ、ほんとはセイとショウナゴンだ、覚えときな。
でも、馬鹿言ってんじゃねえぜ。
昼間だけじゃなくって、夜の警備だって暑くて暑くてたまんねーよ。
こりゃ、熱帯夜じゃねえ、灼熱夜だぜ。
生きながらにして、焦熱地獄だ。
八大地獄よ。
せめて、あの世では天国でお願いしたいもんだね。
月の頃って、なんだ月の頃って。
そんでもって、真っ暗闇もいい

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『ドレミファソラムネ』 # シロクマ文芸部

『ドレミファソラムネ』 # シロクマ文芸部

ラムネの音の思い出ですか。
ラムネっていうと、あの開けた時のビー玉が落ちて壜と触れ合う音。
それから、炭酸が吹き出てくる音。
そんな音を思い出しますよ。
でも、お聞きになりたいのはそんなことではないですよね。
ビー玉にしろ炭酸にしろ、それにまつわる、それを背景にした思い出ということですよね、あなたが私に求めているのは。

そうですねえ。
こんなのはどうですか。
ビー玉にも、炭酸にも関係はないのです

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『てるてる坊主のラブレター』 # 毎週ショートショートnote

『てるてる坊主のラブレター』 # 毎週ショートショートnote

わたしは雨女だと言われていました。
遠足の日も、運動会の日も、必ず雨が降りました。
遠足に行くのも、運動会に出るのも、わたしだけじゃないじゃん。
でも、雨女はわたしだとされました。

それは遠足の前の日でした。
隣の席の男子が、そっと小さな紙袋を渡してきました。
家に帰って開けてみると、中にはてるてる坊主。
白いタオル地にサインペンの目鼻口。
わたしは、窓の外にそれをぶら下げました。
でも、次の日

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『わたしの金魚』 # シロクマ文芸部

『わたしの金魚』 # シロクマ文芸部

金魚鉢の水を入れ替えるのは田中さんの仕事だ。その中で泳ぐ金魚にエサをやるのも田中さんの仕事だ。
いちど、わたしがたまたま一番に出社した日に水替えを済ませたことがある。
朝礼のあと、こっぴどく叱られた。
田中さんにではない。
課長に呼び出されたのだ。
余計なことをするな。
君を金魚のために雇っているのではない。
じゃあ、田中さんは金魚ために雇われているのですか。
言いたかったが、ぐっとこらえた。

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『放課後ランプ』 # 毎週ショートショートnote

『放課後ランプ』 # 毎週ショートショートnote

「ああ、あいつも放課後ランプかあ」
健太が窓を離れた。
放課後ランプを悠一がゆっくり歩いている。
ゆるい坂を登り切ると、その姿は木立の中に消えた。
僕は健太の肩を叩いた。
「さ、帰ろうぜ」
みんなも、そろそろと窓際から離れて行った。

校門を出ると右に行くのが通学路だ。
しかし、左にも細い坂道がある。
木立の先に何があるのか。
見たものはいない。
放課後、あの坂道を歩いて行ったものは、誰もが戻って

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『爪の血』 # シロクマ文芸部

『爪の血』 # シロクマ文芸部

花吹雪が、すべてを覆い隠してくれるだろう。
そして、桜が散り終わった頃には、雑草があたりに生い茂る。
俺はスコップを斜面の下の方に放り投げた。
昔から家の倉庫にあったものだ。
見つかったところで、どうということはないが、用心に越したことはない。
枝にかけた上着をとる。
斜面をゆっくり登り、道路に出る。
通りがかったタクシーを止めた。

「珍しいね、こんなところを」
「ええ。この上に送って行った帰り

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『オバケレインコート』 # 毎週ショートショートnote

『オバケレインコート』 # 毎週ショートショートnote

オバケレインコートと呼ばれていた。
町の外れにある、とある一軒家。
その2階の窓際に吊るされたレインコート。
ベージュの地味なレインコート。

誰も住んでいない古い家。
窓の向こうで、そのレインコートが時折り揺れる。
誰も見たものはいない。
いないが、そう言われると、今にもレインコートは動きだしそうに見える。

その家に肝試しにやってきた少年たち。
ひとりずつ、2階の部屋まで行って帰って来よう、あ

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『風車守』 # シロクマ文芸部

『風車守』 # シロクマ文芸部

風車小屋に行っては行けないよ、特に夕方の4時をまわったらね。
そう、大人たちは話していた。
僕の母も、同じように、僕が学校から帰って遊びに出ようとすると、
「気をつけてね。早く帰ってきなさいよ。日が傾いたら、風車小屋に近づかないようにね」

風車小屋に近づくと何があるのか。
大人たちは教えてくれない。
だから、僕たちの間で勝手に噂が広がっていく。
小屋の中にある粉砕機で、ミンチにされる。
風の力で

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『黒い表紙のノート』

『黒い表紙のノート』

俺が盗みを始めたのは10代の頃だ。
もちろん、人に言えるような家庭環境じゃなかった。
しかし、そんなことは関係ない。
だからどうだとか言ってほしくはない。
俺は、俺の意志で盗みをやっているんだ。
窃盗、空き巣、つまりコソ泥だ。

俺は俺の犯罪を克明にノートに記した。
黒い表紙のノートに日付から時間、その時の天候まで。
たかがコソ泥の分際でと笑うかもしれない。
笑わば笑えだ。
どんな人間も生きた証を

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『月に代わって』 # シロクマ文芸部

『月に代わって』 # シロクマ文芸部

変わる時だと、今日こそ伝えようと思っていた。
いつまでもこのままではいけない。
人生には変わる時があるのだと。

戦いを終えて妻が帰ってきた。
どうみても派手なコスチュームからジャージに着替えると、ソファに身体を投げ込むようにして飛び込む。
うわぁーと、くたばりかけた猛獣のような声を出して。
その身体をマッサージするのが私の日課だ。
「あのさあ」
「なに?」
妻は顔をソファに押し付けたまま尋ねてく

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『命乞いする蜘蛛』 # 毎週ショートショートnote

『命乞いする蜘蛛』 # 毎週ショートショートnote

壁に小さな蜘蛛を見つけた。
新聞紙でバチンといきたいところだが、俺は新聞をとっていない。
仕方なく、ティッシュを2枚引き抜く。
「やれ打つな」
声がした。
命乞いにしては野太い声だ。
ティッシュを蜘蛛に近づける。
「おいおい、打つな、打つな」

「やれ打つなってのは、小林一茶の俳句だ。でも、蝿が足をするのは命乞いしているわけじゃない」
蜘蛛は、壁から畳の上に移動しながら話し始めた。
「だから、あの

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『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

『始まりは、そして終わりは』 # シロクマ文芸部

始まりはいつも一本の電話でした。
そう、物語の始まりは、いつも。
彼の場合もそうだったのです。
仕事が休みの日曜日。
妻が買い物に出かけた昼下がり。
ほら、電話が鳴り出しました。
でも、こんな日にかけてきそうな相手が思い浮かびません。
いぶかしがりながら、受話器をあげます。
「あなたの奥さん、浮気していますよ。駅前のマンションの…」
しわがれた声は、部屋番号を告げて切れました。
まさか。
彼が受話

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