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第1話 不思議の国ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへいざ出陣

今日のアルバム
1.Whitney ‘The Light Upon the Lake’ (2016)

<ありがとうございます。みんなの文藝春秋で取り上げていただきました>

 そして再び私たちは出発の時を待ちわびていた。日付は2011年1月26日。ツアー初日、25日のNYのマーキュリーラウンジのライブには間に合わなかった。次のライブは今夜、ブルックリンのグラスランドで演奏する予定だが、3人のパスポートがないのだ。マネージャーと、メンバーの3人が、空港内のカフェでアシスタントの電話を待っていた。またフライトが一本NYへ向けて旅立った。

 2010年、ヤックは毎年10月ニューヨークで行われるCMJミュージックマラソンに出演するべく、就労ビザを申請していた。CMJは各国から音楽業界が集まるショーケース的なミュージックフェスティバルでもあるから、新人バンドには素晴らしい露出の機会だ。ヤックはロンドン在住のバンドだが、イギリス人ふたり、私、アメリカ人ひとりと4人編成のインターナショナルなバンドだ。日本人も、イギリス人も、アメリカでの活動には就労ビザは必須だが、残念ながらその時ビザは下りなかった。バンドとしてアメリカでの活動の前例がなかったためだかなんだか、翌年2月アメリカ先行のデビューアルバム発売が決定していたのにも関わらず、敢えなくCMJ出演はキャンセルとなった。

 マネージャーがブラックベリーを切ると、今からアシスタントが空港に向かって来ると言った。歓喜が上がりハイファイブ!これから搭乗できるフライトはステージタイムにギリギリ間に合うらしい。いいニュースだ。新しいツアーマネージャー兼サウンドマンのルイスとドラマーのジョニーがJFK空港まで迎えに来ることになっている。今回のヤック初アメリカツアーは全米を5人で回る。

Yuck - 2011 North American Tour Dates
01/25 - New York, NY - Mercury Lounge
01/26 - Brooklyn, NY - Glasslands
01/28 - Nashville, TN - The End %
01/29 - Knoxville, TN - Pilot Light %
01/30 - Chapel Hill, NC - Local 506 %
01/31 - Athens, GA - 40 Watt Club %
02/01 - Atlanta, GA - Drunken Unicorn %
02/02 - Orlando, FL - Backbooth %
02/04 - Tallahassee, FL - Club Downunder %
02/06 - Houston, TX - Fitzgeralds %
02/07 - Austin, TX - Emo's %
02/08 - Dallas, TX - The Loft %
02/10 - Phoenix, AZ - Rhythm Room %
02/11 - Los Angeles, CA - Echo %
02/12 - Costa Mesa, CA - Detroit Bar %
02/13 - San Francisco, CA - Bottom of the Hill %
% = w/ Smith Westerns

 1時間ほどするとアシスタントがターミナルに現れた。愛々しく若い頬を紅潮させてパスポートを掲げ、踊るように軽やかな足並みだ。
「Oh my god, you guys can finally leave!!」
彼女はパラパラと誇らしげにビザのページをめくって見せた。するとマネージャーの顔がなんだかおかしくなっている。アシスタントの顔も続いて蒼くそしてついには血色を失った。
 たった今届けられた1年間有効なはずのユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカが発行した就労ビザは信じられないけれども、発効日より前に期限が切れていた。明らかな凡ミス。アホすぎで笑える。それでもマネージャーの怒りは収まらない。
「何で受け取った時に確認しなかったんだ!」
と怒鳴られるアシスタントはすっかり小さくなって目に涙を溜めていた。
 
 搭乗手続きの時にブリティッシュ・エアウェーズの計らいで、入国管理局に連絡してあちらで入国がスムーズに行くように手を打ったりなんかしていたら、すっかり搭乗時間になっていた。やばい!もうこれだけは逃せない!私たちは一目散に搭乗ゲートまでの長い道のりを走った、あーもう大ストレスよ。やっと乗れた、しんどーやったーニューヨーク行ける〜。
そして飛行機は墜落した。
というのは悪い冗談で、私たち3人は無事にユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへタッチダウン。その時、現地の天候は50年に一度の寒波か何かで大吹雪。もはや映画である。
 入国審査もだいぶ待ったが、問題なく通過した。あとは商売道具の楽器と機材を持ってゲッタ・ファック・アウト・オブ・ヒヤ。そして悪い予感は的中。私たちはぐるぐる回るコンベアベルトを睨み付ける最後の客になっていた。しっぽり。待っても待ってもマックスのお気にのギーターエフェクトが10個余り詰まったペダルケースが出てこない。これからのツアーどうするよ。

 Exitのサインをくぐり、ジョニーとの再会を喜ぶのも束の間、ルイスは低くよそ行きの声ではじめまして挨拶をささっとかわすと、長いあごひげを指で梳かしながらマックスに紛失中のギターペダルの種類を聞いた。これから箱に着くまでの間に、必要なペダルを他のバンドから借りて揃えようとしている。ルイスはアメリカと韓国のミックス。フリーランスのサウンドエンジニアで、私たちの奏でる音を調整して爆音にする。そしてこのローバジェットツアーではツアーマネージャーというお父さん役も兼ねる。毎日の運転も彼が担う。ギャラや支出の管理、ホテルを探して予約したり、レストランを探したり、レコード会社やマネージメント、プロモーターからの連絡も彼が全て引き受ける。私たちはただただバンに座って、降りて、酒を飲んで、演奏して、また酒を飲んで、就寝を毎日繰り返せばいいだけなのだ。

 バンに乗り込んだ時点で、すでに私たちの出演時間はとっくに過ぎていた。別のバンドを先に先にとやらせていると、とうとう最後の出番になってしまった。箱に着く頃にはイベントもほぼほぼ終わりの時間になるだろうからと半分諦めてはいたが、まだ客が待っているらしいからとルイスは吹雪く夜道を突っ走った。しょっぱなから過酷な全米ツアーの洗礼を受けた私たちだったが、ルイスの経験豊富で、冷静沈着、確固たる自信を持って対処する姿を見て、メンバー皆すこぶる関心し、これからの未知の旅も彼となら大丈夫だと確信した。その頃19、20歳だったヤックボーイズはキラキラとした瞳で40前のルイスを兄のように慕った。彼は気さくで情に厚い。どこの箱にも都市にも彼の友達がいた。酒癖はすこぶる悪く、素行は15歳のヤンキーくらい悪い。彼にビービーガンを持たせては行けない。韓国語は話せない。韓国人の母から韓国人だというアイデンティティーを隠せと、教えてもらえなかったらしい。アトランタ出身の彼は分厚い胸板を蓄え、白人至上主義の消えないアメリカで、ピリピリしながら生きてきた。彼との想像絶する珍道中はそれから2016年まで続いた。

Whitney ‘The Light Upon the Lake’ (2016)
ホイットニーはスミス・ウェスターンズ(S.W)のギター、マックス(G)と、アンノウン・モータル・オーケストラ(UMO)のドラマー、ジュリアン(Dr.Vo)が始めたバンドだ。
S.W、UMO、Yuckとメンフィス在住のレッドネック野郎の「ファット・ポサム・レコード」からリリースしている所以があり、ヤックは2011年どちらのバンドともアメリカツアーに出ている。
ジュリアンが脱退するかしないかという瀬戸際にヤックとの対バンがロンドンで決まっていた。当日サウンドチェックの時になってUMOのキャンセルの噂が流れた。その時無事ライブはできたが、アフターパーティーでジュリアンに朝まで絡んだ覚えがある。才能がある彼に世界で一番好きなバンドから去って欲しくなかったから、必死に居残るように説得していたのだ。今考えるとだいぶうざい。
そんな甲斐なくジュリアンはいつの間にか脱退していた。S.Wでドラムを叩いている事はのちに噂で聞いた。その後空中分解したS.Wのマックスとホイットニー結成のニュース。そりゃ才能あるから新しいプロジェクトは放っておいても始めるだろうよ!ホイットニーは新たに私のお気に入りのバンドとなった。そしてセンセーショナルな新人としてエルトン・ジョンのお墨付きももらっている。

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第2話

作者について
土居まりん a.k.a Mariko Doi
広島出身、ロンドン在住。ロンドン拠点のバンド、Yuckのベーシスト。ヤックでは3枚のスタジオアルバムとEP、自身のプロジェクト、パラキートでは2枚のスタジオアルバムとEPをリリースした。
ピクシーズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、テーム・インパラ、アンノウン・モータル・オーケストラ、ザ・ホラーズ、ウェーブス、オールウェーズ、ダイブ、ビッグ・シーフなどと共演しロンドンを拠点に国際的にライブ活動を展開している。
2019年初のソロアルバム「ももはじめてわらう」を全セルフプロデュースでDisk Unionからリリース。モダンアートとのコラボ楽曲など活動の幅を広げている。

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