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【読書】『JR上野駅公園口』柳美里さん著

つい先日、何のために勉強するの?という記事の最後に本屋さんに行ったことを書きました。勉強の究極の目的は人間を理解し社会を理解することなのにまだまだ出来ず手掛かりを求めて本屋さんに向かったのでした。

その時のことです。特に決めている本はなくて何読もうかな〜と気楽に見ているとき入り口付近に平置きされている文庫本が目に飛び込んできました。

全米図書賞受賞!ランキング1位! 『JR上野駅公園口』

あ、前に子どもと行ったとこやん。上野は華やかな銀座の目と鼻の先だけどまた全然色合いの違う町。柳美里さんなら私が見たのとは違うものを見ておられているに違いない。その創作魂はいかに。早速購入決定。軽い気持ちでレジに向かった自分が読み終えた今では愚かしい。

あとがきから読む癖があるのでまずはそちらに。2002年頃から構想されて、取材を重ねられ2014年に単行本が出版されているのですね。この長い年月をかけて書かれた小説をどんなに時間をかけてじっくり読んだとしても長すぎることはない。逸る心を抑えて最初のページから物語に入っていきました。

やっぱり私は社会のことを何一つわかっていなかった。すぐにその考えに頭が支配されて辛い気持ちのままページをめくる手を止めることができませんでした。そして何と読み終えてもストーリーの一番大切なところを見落としていたことにほかの人のレビューを読むまで気が付かなかったのです。というより目を背けたかっただけかもしれません。ある種の防衛本能が働いたのか。

確かに私も見たのです、この目で。東京文化会館を、そして「悔い改めよ、天の御国は近づいた」という幟旗をたなびかせた街宣カーを。でも知りませんでした。文化会館で毎週二回カレーライスの支給があることを。ブルーシートで生活している人のことを。

主人公の男性は12歳から働きづめで、授かった子ども二人と暮らすこともかなわず東京オリンピックの土方仕事などで故郷の家族に仕送りを続けます。故郷は福島です。

私が2015年にアメリカに引っ越した時、何人ものアメリカ人にフクシマのことを心配して聞かれました。フクシマはヒロシマと同じように一部のアメリカ人にとっては有名な地名であり関心事になっていました。日本人である私は福島にも広島にも十分な関心を持つどころか素通りしてしまっていたことを恥じます。

この小説はどのように翻訳されたのでしょうか。福島のなまりや浄土真宗のお経はどのようにアメリカ人に伝わったのでしょうか。この小説がフィクションであることが今の私には救いです。

ほかの人にこの本を勧めるのはとても難しいです。心が健康な時でないと辛すぎる内容です。東日本大震災の津波のシーンも出てきます。この世の中は不条理に満ちていることは頭ではわかっていても受け止めることはしんどいこと。たとえば温かい空調の効いた部屋でいまパソコンに向かっている自分が罪を犯しているような気すらしてきます。

私がエチオピアの女の子に毎月少額の寄付をしていることを知っている子どもがどうして日本でも貧困があるのによその国に寄付をするのか尋ねてきたことがあります。たまたま縁があったといえばそれまでなのですが、日本は蛇口をひねれば飲み水がでてスイッチを押せば電気がつくけれどアフリカやアジアの途上国ではまだまだそれが叶わないところがあるから、と説明しました。でも日本で、この東京で、住むところを失ったり家族を亡くして行き場のない人がいることをもっと心に留めないといけないと思います。

この本の光と影は天皇制。主人公は天皇陛下と同じ日に生まれ、息子は皇太子と同じ日に生まれた設定です。ページ数はさほどない中に著者の思いが存分に表現された作品です。もし手に取られるときは覚悟をもってお読みください。













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