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【読書】人類はトウモロコシの家畜?~『世界史を大きく動かした植物』(稲垣栄洋)~

少し前に、遅ればせながらアマプラ会員になりましたが、Prime Readingの特典を利用して初めて(無料で)読んだのが、この本です。

↑kindle版


読みながら、世界史的にはちょっと解釈が甘かったり、間違っているところがあったりして、ちょっと微妙だなぁと思っていました。例えば47ページの三圃式農業の説明は、明らかに違います。そうしたら、著者の稲垣栄洋さんは植物学者でした。なら、大目に見なければいけませんね。


とはいえ、一般教養として世界史に興味がある大学生とか社会人には、読みやすくて良いと思います。特に世界史選択の高校生なら、これを読むことで、授業で習ったことがいろいろ繋がる感覚を得られるのではないかと思います(まぁ、上記の三圃式農業のように、間違った説明をそのまま覚えられると困りますが)。また、最初から最後まで順に読まなくても、興味を持った章だけ読んでも良いかもしれません。


以下、印象に残ったことを、備忘録代わりに書いておきます。なおページ数は、kindle版のものです。

草は木から進化したということ(p.19)。まさかシダ植物→木→双子葉植物→単子葉植物という順番だとは……。


自然が豊かな場所では農業は発展しにくいのだ。(中略)
農業は重労働ではあるが、農業を行うことで、食べ物のない場所に食べ物を作ることができる。食べ物が得られるのであれば、労働は苦ではない。農業による費用対効果は、自然の貧しいところでは劇的に増加するのだ。

p.26

これ、改めてなるほどと思いました。狩猟採集生活の方が農耕牧畜生活より大変で遅れているとは、必ずしも限らないわけです。


日本に稲作が伝来する以前に、日本人が重要な食糧としていたものがサトイモである。
サトイモはタロと呼ばれて中国大陸から東南アジア、ミクロネシア、ポリネシア、オセアニアの太平洋地域一帯で現代でも広く主食として用いられている。日本にもかなり古い時代にこのタロイモが伝わり、タロイモ文化圏の一角を成していたと考えられている。(中略)
また、納豆、餅、とろろ、なめこなど、外国人が苦手とするネバネバした食感を日本人が好むのは、サトイモの遠い記憶があるからだとさえ言われているのだ。

p.33

サトイモがタロイモの一種とは知りませんでした。ネバネバ好きが「サトイモの遠い記憶」というのも、ちょっと面白いです。


大陸から九州北部に伝えられた稲作は、急速に広まり、わずか半世紀の間に東海地方の西部にまで伝わったとされている。しかし、そこから東側には、なかなか広まっていかなかった。それは、縄文時代の東日本は稲作をしなくても良いほど豊かだったからである。(中略)
人口を支える食糧が不足する西日本では稲作は急速に広まったが、十分な食糧がある地域では、労働を伴う農業は受け入れられなかったのだ。

p.36


コメは栄養価に優れている。炭水化物だけでなく、良質のタンパク質を多く含む。さらにはミネラルやビタミンも豊富で栄養バランスも優れている。(中略)
唯一足りない栄養素は、アミノ酸のリジンである。ところが、そのリジンを豊富に含んでいるのがダイズである。そのため、コメとダイズを組み合わせることで完全栄養食になる。(中略)
コムギは、それだけで栄養バランスを満たすことはできない。コムギだけではタンパク質が不足するので、どうしても肉類などを食べる必要がある。

p.39

実は私は、コムギの方がコメよりタンパク質を多く含むと、逆に記憶していました。でも上記の説明で、よく分かりましたし、納得がいきました。


日本では「唐辛子」と呼ぶのに対して、韓国の古い書物では「倭辛子」と記されている。つまり、韓国では逆に日本から伝わったとされているのである。

p.70


ピーマンやパプリカはトウガラシの一種である。(中略)
「パプリカ」は、ハンガリー語で黒コショウを意味する言葉に由来している。コショウの記憶が残っているのである。

p.71~72

「コショウの記憶」というのは、トウガラシはコショウの代わりにコロンブスがヨーロッパに持ち帰ったことで伝わったという話が、紹介されているからです。


もともとヨーロッパでは「芋」はない。
芋は、雨期と乾期が明確な熱帯に多く見られるものである。雨期に葉を茂らせながら貯蔵物質を地面の下の芋に蓄えて、その芋で乾期を乗り越えようとしているのである。

p.75

ジャガイモは「聖書に書かれていない植物」であった。聖書では、神は種子で増える植物を創ったとされている。ところが、ジャガイモは種子ではなく芋で増える。(中略)西洋では、聖書に書かれていない植物は悪魔のものである。(中略)
ついには悪魔の植物であるジャガイモも裁判にかけられてしまうのである。世の中の生物は雌雄によって子孫を残す。しかし、ジャガイモは種芋だけで繁殖する。これが性的に不純とされて、ジャガイモは有罪判決となってしまうのである。その刑罰は、驚くなかれ「火あぶりの刑」である。

p.77

ヨーロッパに「芋」がなかったとは知りませんでしたが、「火あぶりの刑」はもはや、喜劇ですね。


ジャガイモは保存が利き、冬の間も食糧とすることができる。そして、豊富にとれたジャガイモを家畜の餌にすることができたのである。
残念ながら、牛はジャガイモを食べることができないが、ジャガイモを餌として食べる家畜がいる。それが豚である。こうして豚のベーコンやハム、ソーセージもまた、ジャガイモとともにドイツの食卓を彩っていくのである。
そしてジャガイモは、それまで穀物を食べていたヨーロッパに肉食を広めていく要因にもなっていくのである。

p.79~80

ジャガイモによってヨーロッパは肉食が可能になったのである。
ヨーロッパは牧畜文化圏ではあるが、安易に肉食を行うような余裕はなかった。馬は馬車を引いたり、荷物を運ぶためのものであったし、牛は鋤で畑を耕したり、農耕に利用した。牛乳を得ることはあっても、殺して肉にすることはできなかったのである。また、アジア原産のワタが伝わる以前のヨーロッパでは、衣服を作るために羊毛が重要であったから、ヒツジの肉も得られない。(中略)
ジャガイモさえあれば、たくさんの豚を一年中飼育することができる。
さらにジャガイモが食糧となったことによって、それまで人間が食べていたオオムギやライムギなどの麦類を牛の餌にすることができる。

p.82~83

ヨーロッパ人が肉をよく食べるようになったのは、ジャガイモの普及後だとは知りませんでした。


フランスにジャガイモを普及させるための策略も面白かったです。引用だと長くなるのでまとめます。七年戦争の時にドイツ(多分、プロイセン)の捕虜となり、ジャガイモの味を覚えたパルマンティエ男爵が、大飢饉の際の救荒食としてルイ16世にジャガイモを提案する。彼の提案に従い、ルイ16世はボタン穴にジャガイモの花を飾り、王妃マリー=アントワネットにはジャガイモの花飾りをつけさせ、まずは美しい観賞用の花としてジャガイモの栽培がフランスの上流階級に広まる。更にパルマンティエとルイ16世は国営農場でジャガイモを展示栽培させ、「これは非常に美味で栄養に富むので、王侯貴族が食べるもの。盗んで食べた者は厳罰に処す」とお触れを出し、大げさに見張りをつける。しかし夜になると警備を手薄にし、わざと盗み出させ、結果、庶民の間にジャガイモが広まる(p.80~81)。

わざと盗ませるのは、プロイセンのフリードリヒ2世(ジャガイモ大王)と同じやり方ですね。しかしこれを見ると、ルイ16世、意外と頭が良いかも。もちろんパルマンティエに言われるがままに動いただけかもしれませんが、それが正しいやり方だと見抜く力はあったということだと思います。


「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」という言葉も、実際にはマリー=アントワネットの言葉ではなく、ルイ十六世の叔母であるヴィクトワール内親王の言葉とされている。しかも、正確には「ブリオッシュを食べればいい」であり、現在では高価なお菓子であるブリオッシュも、当時はパンの半分の価格の食べ物だったとされている。

p.81~82

うーむ、という気がしてしまいます。


世界で最も多く栽培されている作物はトウモロコシである。次いでコムギの生産量が多く、三位はイネである。(中略)四位がジャガイモ、五位がダイズである、食糧として重要なこれらの作物に次いで生産されているのがトマトである。

p.98

トマトって、そんなに生産されているんですね。なお、トウモロコシが世界で一番多く栽培されている作物であることの重要さが、この後明らかになります。


宋の時代までは中国でも抹茶が飲まれていたとは、知りませんでした。

明の初代皇帝、洪武帝は、貴族や富裕層の飲み物であったチャを庶民に広めるために、手間を掛けて固形に固めることを禁止し、茶葉で簡単に飲むことができる「散茶」を広めた。そのため、中国では抹茶は廃れてしまったのである。

p.113


イネは水田で栽培すれば、山の上流から流れてきた水によって、栄養分が補給される。また、余分なミネラルや有害な物質は、水によって洗い流される。そのため、連作障害を起こすことなく、同じ田んぼで毎年、稲作を行うことができるのである。

p.134~135

稲に連作障害が起きない理由が分かりました。


味噌を食べていると、セロトニンの効果で心が落ち着く一方で、気持ちが前向きになり、士気が高まるのである。さらに、味噌には、脳の機能を活性化させるレシチンが含まれており、迅速で冷静な判断ができる。また、疲労回復や免疫機能強化に効果のあるアルギニンなども含まれており、丈夫な体も維持される。

p.139

味噌は「戦陣食として、無くてはならないものだった」ということの説明なのですが、この説明でいくと、味噌は受験生にも最適ということになります。受験生は、味噌汁や味噌おにぎりを食べた方がいいかもしれません。


江戸時代の安政年間に、薩摩地方(現在の鹿児島県)からヨーロッパに向けて醤油が輸出された。このときの醤油を意味する薩摩弁の「ソイ」が、ソイビーンの由来と言われている。
やがて、アメリカ大陸にも伝えられた。中国から伝えられたとも言われているが、日本を訪れたペリー艦隊がダイズを持ち帰ったという記録もある。

p.142

輸出された醤油を、ヨーロッパ人がどのように使ったかが気になります。


アメリカ大陸にダイズを伝えた日本では、今はそのほとんどを輸入に頼っている。大豆の自給率は十パーセントに満たない。(中略)
ダイズの自給率が低いのには理由がある。
戦後は、アメリカの農業政策により、アメリカの重要な輸出品目であるコムギやダイズについては、アメリカから供給されるようになり、日本国内の生産は縮小されてしまった。

p.145

こういうところでも、アメリカの意向かー。戦争に負けるって、辛いですね。


古代エジプトのピラミッドを作る労働者たちに、タマネギが支給されていたという話が載っているのですが、これ、一般的にはニンニクだと言われていますよね。でもタマネギの方が一応そのまま食材になるという意味で、正しいかも。タマネギもニンニクも同じネギ属で、疲労回復などの効用は共通するし。ただ、以下のエピソードについては、サイズ的にニンニクの方が当てはまる気が……。

ミイラの目のくぼみや、脇にはタマネギが詰められたり、包帯を巻くときにタマネギを入れたりしていたらしい。タマネギは殺菌効果や防腐効果がある。

p.146


トウモロコシは、散布しなければならない種子を皮で包んでいるのだ。皮に包まれていては種子を落とすことはできない。さらには皮を巻いて(引用者注:剥いて?)黄色い粒をむき出しにしておいても、種子は落ちることがない。種子を落とすことができなければ、植物は子孫を残すことができない。つまり、トウモロコシは人間の助けなしには育つことができないのだ。まるで家畜のような植物だ。
初めから作物として食べられるために作られたかのような植物――それがトウモロコシである。そのため、宇宙人が古代人の食糧としてトウモロコシを授けたのではないかと噂されているのである。

p.157

この話、ちょっと面白いです。しかしそう考えると確かにトウモロコシって、不思議ですね。


マヤの伝説では、人間はトウモロコシから作られたとされている。人間がトウモロコシを創り出したのではなく、人間の方が後なのだ。
伝説では、神々がトウモロコシを練って、人間を創造したと言われている。日本ではあまり見られないが、トウモロコシには黄色や白だけでなく、紫や黒色、橙色などさまざまな色がある。そのため、トウモロコシから作られた人間もさまざまな肌の色を持っているのだという。

p.158

これも面白かったです。


もろこしというのは、現在ではタカキビ(中略)なども雑穀である。トウモロコシは実際には中国から伝えられたものではなかったが、当時の日本では外国から来る舶来品の多くは中国からやってきた。そのため、海外からやってきたという意味で「唐もろこし」と呼ばれたのである。(中略)
もともと中国には「呉越同舟」で知られる「越」という国があり、そこから伝えられたものを「諸越(もろこし)」と呼んでいた。これがやがて中国全体から伝えられたものを指すようになり、さらには中国そのものに「唐土」という字を当てて「もろこし」と呼ぶようになったのである。
先述のタカキビと呼ばれる雑穀は、古い時代に中国から伝えられた。そのため、この植物はモロコシと呼ばれるようになったのである。

p.160


驚くべきことに、かまぼこやビールにまでトウモロコシは入っているのだ。それだけではない。トウモロコシのデンプンからは、「果糖ぶどう糖液糖」という甘味料が作られる。そのため、(中略)さまざまな食品に入っていて、知らず識らずにトウモロコシを食べている。
(中略)糖類を抑えた特定保健用食品や、脂肪の吸収を抑える飲み物を利用している人もいるかも知れない。これらの食品には「難消化性デキストリン」という成分が入っている。この難消化性デキストリンもトウモロコシに由来して作られたものである。
私たちの体は、さまざまな食品から作られる。一説によると、人間の体のおよそ半分はトウモロコシからつくられているのではないかと言われるほどである。
人間の体は、トウモロコシでできている。
まさに神がトウモロコシから人を作ったという、マヤの伝説そのものである。

p.163

ここまでくると、面白いというより、何だか愕然としてきます。


食品だけではない。現在では工業用アルコールや糊もトウモロコシから作られており、段ボールなどさまざまな資材も作られている。
最近では、限りある化石資源である石油に代替するものとして、トウモロコシから燃料であるバイオエタノールも作られている。
二十一世紀の現代、私たちの科学文明は、トウモロコシ無しには成立しないほどだ。

p.163~164

だからトウモロコシが、世界で一番多く栽培されている作物なわけですね。


人間はトウモロコシを栽培し、利用していると思っているかもしれないが、トウモロコシからしてみれば、今や人間の手によって世界中で栽培されている。
植物は分布を広げるために、さまざまな方法で種子を散布する。そう考えれば、トウモロコシほど分布を広げることに成功した植物はない。
もしかすると、トウモロコシの方が人間を利用しているのかもしれない。

p.164~165

「トウモロコシには明確な祖先種である野生植物がない」(p.156)とか、上記の「初めから作物として食べられるために作られたかのような植物」という記述を合わせて考えると、本当にトウモロコシが宇宙からやってきた植物な気がしてしまいます。それも宇宙人がもたらしたわけではなく、トウモロコシ自体が意志を持った宇宙人で、地球を乗っ取るためにやってきたのかもしれません。


「おわりに」の最後の記述も、何となく意味深です。

栽培植物は、人間たちに世話をされて、何不自由なく育っている。そして人間は、せっせと種をまき、水や肥料をやって植物の世話をさせられているのである。
そのために、人間の好みに合わせて姿形や性質を変えることは、植物にとっては何でもないことなのだろう。人間が植物を自在に改良しているのではなく、植物が人間に気に入るように自在に変化しているだけかも知れないのだ。(中略)
もし、地球外から来た生命体が、地球のようすを観察したとしたら、どう思うだろう。地球の支配者は作物であると思わないだろうか。そして、人類のことを、支配者たる作物の世話をさせられている気の毒な奴隷であると、母星に報告するのではないだろうか。

p.179

ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』でも、「ヒトが小麦を栽培化したのではなく、小麦がヒトを家畜化した」という視点が提示されていますが、小麦には曲がりなりにも祖先種があるので、やはりトウモロコシこそが人類を家畜化するために、宇宙からやってきたのかもしれません。


見出し画像には、「みんなのフォトギャラリー」からトウモロコシの写真を使わせていただきました。


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