客観的に自分のことを知るために人と交流しよう
訪問ありがとうございます。マリナです。
平成、令和になってから、かなり人の交流の仕方が変わりました。対面で会っていたのが基本だったのが、いつの間にかオンライン上で交流をするように。
しかし、誰しもが人との交流を立って生活をすることができません。もちろん、できることはあるのでしょうが。それは、かなり困難だと思います。1週間くらいなら大丈夫な気もします。
ですが、それが1か月以上となると耐えきれないことでしょう。病んでしまいますしね。ただ、最近はそういう人も増えてきているのかなと。コンビニやスーパーに行くけど、誰とも交流しない。
ただ、それだと非常に大変なことになるでしょう。そうです。「客観的に物事を判断すること」ができなくなるのです。誰しもが客観的な意見を得ることで、新しい考え方をイメージすることができるはず。
そのためには、いろんな人達と交流をするのが大事ですね。オンライン上でも現実でも。移動が楽しい人・移動がきつい人それぞれですし。ネットは、いろんな交流ができるので便利です。
しかし、もしもネットをしない・人との交流もないとなったら、客観的な考えを得ることができなくなります。相談もせず、閉じこもってしまうと本当に心がしんどくなるでしょう。
本当は、現実で会うのが良いのですが、ネットの方が便利なんですよね。
ただ、現実では相談できなかったとしても、ネットがあることによって相談がしやすくなりました。電話や手紙しかなかった時代に比べれば、本当に楽になったと思います。
私が、江戸時代とか平安時代に生きていたら、おそらく病んでいたことでしょう。引きこもる方が好きですし。もしかしたら、手紙で交流していたかもしれませんが、返事が来るのも遅かったですしね。
それに比べて、現代はネットで簡単に相談をすることができます。もちろん、当時と今の情報量の多さは大分違います。なので、当時の人達からすると「そんなに、返事を急がなくていいのに。」となることでしょう。
場合によっては、現代人でも返信が遅れることはあります。ですが、何か大事な要件を送ったら、必ず帰ってくるという安心感が得ることができます。それは、江戸時代や平安時代にはなかったことですね。
アクションや、返信が必ず帰って来るからこそ安心して生活できるのです。ときには「早く返信してほしい。」となるでしょう。私もそうです。ですが、相手も用事がありますしね。
現代の交流は、昔と比べて早くやり取りすることができるように。そのおかげか、思ったよりも早く自分を客観的に見ることができるように。また、メールを送るときも自分を客観的に見ることができるようになりました。
対面だと、うっかり下手なことを喋ってしまう人も、メールだと一呼吸置けるので。それでも、うっかり変なメールを送ってしまったりしますが。宛先を間違えたときとか。
何かをしようとして、迷ったときは相談するのもいいですね。自分がやりやすいツールで。ただ、相談しても最後は自分のことは自分で決めることです。
自分のことを決めるためにも、たとえネット上だとしても人と交流するのは大事なことです。客観的な意見を得て、いろいろ決めましょう。もちろん、明日のご飯は自分で決めましょうね。
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