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短編小説:出る杭は打たれるけど、錆びた杭なら打たれない 〜飲み屋のおっさんの深イイ話〜


 「おぅ、にいちゃん、1人か。見ない顔だなぁ。ここァ初めてかぃ。

 しけた顔してんなァ、せっかく若いってのに。まぁ、悩みは若者の特権みたいなもんかぁ。おぅおぅ、悩め悩めェ、若者よォ。

 おーい、親父ィ、ナマと焼き鳥3種盛り、あとタコワサくれぃ。

 ふん、ざっと社会人3〜4年目ってとこか。そうだろう?まだ若さが残ってる割に、仕事にも自信が付いてきたって顔だ。そらァわかるよ。こちとら人間様を60年以上してんだからなァ。

 ははぁん、と、なれば。そのしらけた顔の訳もどうせ仕事の事だろう。図星か。なぁ、そうだろォ?なァ?

 まぁまぁ、聴けって。あんたみたいな奴の事はだいたいなんとなくわかんだよ。上司にくどくど言われて、自分の思う通りに仕事が出来なくて腹が立ってんだろ?

 いかんいかん、そうやってすぐに口を噤むのが良くない。笑顔でも仏頂面でもいいから、こういう時は言い返さんといかんぞォ?余計舐められてなぁ、余計に言われるようになんだよ。

 おーきたきた。
 ぷはーっ、やっぱ一杯目が一番うめぇなぁ。

 あんた、しかもあれだろ、人間関係は面倒なタイプで、会社のヤツとは全然付き合わないだろう。仕事中も当たり障りのない事か、業務上必要な事くらいしか話さないんだろう。

 職場の飲み会も絶対行かないタイプだなぁ。社会人1年目まではまぁ我慢して行ってたけど、2年目の後半になったら飲み会なんて行くくらいなら家に帰って動画見てる方がマシ、とか思ってたタイプだなァ。

 で、3〜4年目になって、後輩が先輩や上司から可愛がられるようになってきたと。反面、自分はその輪に入れないまま、上司からくどい説教ばかり言われてると。可愛がられてる後輩は、自分と同じミスをしても説教されずに楽しそうに毎日仕事をしてるときた。そんで、自分ばかり不遇だ、自分はなんて不幸なんだって思ってる顔してんなぁ。

 わかる、わかる。まぁまぁまぁ。あんたの言いたいことはわかるよ。

 あ、親父、ナマもう一杯。

 そのスーツからして、あんたは人の目はまぁ気にはするタイプだなァ。仕事ができる男に憧れてる。でも現状そうはいかない。上司と馬が合わないと見た。意見すれば必要以上に長い説教をされるし、とりあえず上司の言う通りに仕事を進めるしかない訳だ。でもあんたみたいな向上心のあるタイプは、本来ハイハイ言うことだけ聞いて仕事するより、自分の考えも融通されてこそ仕事に楽しみを持てると思ってる。今のあんたは、学生時代に夢見た、働くカッコイイ大人の男とは、随分違うなぁ。

 今日はそんな仕事の憂さ晴らしも兼ねて、少しでも理想と現実の溝を埋めるべく、こんな赤提灯のぶら下がった居酒屋で、大人の男らしく生ビールをあおってるって訳だ。

 かァーーっ、わかるねっ、誰しも通る道だ。社会人数年目まではこういう赤提灯に入って飲んでこそ大人、みたいなとこあるよぁ。大学生じゃ、あんまこういう居酒屋来ねぇもんなぁ。そんでまた、あと数年したらBARとかに行き始めんだよ。

 親父ぃ、モロキュウと牛すじ煮込み。

 こういう所で一人飲みしてるヤツの悩みなんか、だいたい決まってんだ。

 俺はこんな職場でこんな仕事してていいのかってな。

 あんたも、近頃は転職サイトに登録して、他にいい職場がないかダラダラ眺めるのが日課になってんだろ。

 でも現状を変えるのも怖い訳だ。ダラダラとスマホ眺めてるだけで、今の方がマシかもしれない、次の職場の方が面倒かもしれない、また嫌な上司だったらどうしよう、新しい環境に行くくらいなら今のまま我慢すればいいんじゃないか、なーんてな。どうせそんな事考えて、結局何も行動しないんだ。クソみたいな現状を変えなくていいクソみたいな理由を、頑張って探してんのさ。

 親父ィ、オム焼きそばとハイボール。

 にいちゃん、『出る杭は打たれる』って言葉知ってるか?

 杭はなぁ、出ちゃいけねぇ訳じゃねぇ。別に出たっていいんだ。ただなぁ、杭にも出るタイミングっちゅうもんがあんだよ。

 にいちゃんみたいなピカピカの新品の杭はなぁ、飛びでりゃすぐわかっちまう。目立つのさ。自我の強い、独特な形の杭だと尚のことよ。地面に刺す杭が、ピカピカ光って飛び出て異形じゃぁ、邪魔ってもんだろう。そんなん、みんな打ちたがるさ、お前なんか埋まってろってな。

 ところがなぁ、飛び出ても、異形でも、杭が打たれなくなる時はちゃんと来るのさ。

 杭が、錆びた時さ。

 錆びるまで待つのよ。意味、わからねぇか?時間が経つのを待つのよ、ピカピカ光らなくなるまで。錆びれば自然と目立たなくなって、飛び出ても気にならなくなるんだ。そん時を待つのよ。錆びりゃあ、地面の色と大して変わらなくなってな、杭が目立たなくなんだよ。

 もしくは、時間が経てば周りが気にしなくなるもんだ。あそこの杭は飛び出てるのが普通、なんて皆思うようになってさ。

 まぁ、どのみち、時間をかければ自分の居場所は勝手にできるし、なんとかなるってこったなぁ。

 もし、そんな時間が経つのなんて待っていられない、すぐにでも自分の居場所を作りたいって言うんなら、ちゃんと自分を周りの景色に合わせないといかんなぁ。そのピカピカの元の自分の色でいる事はやめるこった。地面と同じように茶色く染めるなり、周りが望む色に染まらないといけねぇなぁ。

 上司や先輩が可愛がってるあんたの後輩は、きっとそれをちゃんとやってんのさ。飲み会にも行くし、上司や先輩に誘われれば急な事でも一緒に飲みに行くとかなぁ。酒注いで、イジられて、ヨイショして、酔っ払った年上を介抱したりなんかしてな。周りに馴染む努力をしてんのさ。あんたの後輩が可愛がられてんのは、あんたが嫌ってやらないそういう事を、ちゃんとやってるからさ。

 まぁ、出来ない事を無理にすることもないけどな。場合によっては、そこに埋まるはずの杭が元々決まってたのに、違う杭がはまってたなんて事だってある。

 一番肝心なのは、自分でそこに合ってないって分かりきってるのに、無理にそこに居続けることさ。杭もなぁ、自分で飛び出て、別の場所に行ったっていいんだよ。

 なんてったって、人間ちゅう杭は、立派な足が生えてんだ。自分の居場所は自分で見つけて居座って、勝手にそこに埋まっていけばいいのさ。

 あぁ、でもまぁ、『出すぎた杭は打たれない』って、誰か言ってたっけか。まぁそういう奴もいるから、好きに生きな。あんたの人生さ。人生、楽しまなきゃ損だぜ。

 じゃ、一人で飲んでるとこ、邪魔して悪かったなァ。肩の力抜いて生きろよ、若者ヨォ。

 じゃあなァ。」











 ………………え。

 あのおっさん会計しないで帰ったんですけど。

 え、なんで店員さん今、俺の席に会計伝票入れたの?俺まだ会計しないんですけど!!

 あのおっさんの飯代、俺に払えってこと?!











 いや、払うけどねっっっっっ!!!

 いっそ払わせていただきますよ!
 めっちゃ深イイ話だった!!
 感動した!!!
 ありがとうございました!!!!










 でも、俺も一言、どうしても言わせてくれ!









 俺が悩んでたのは、高校時代から付き合ってた彼女に浮気されたからだよ!!!




おわり



『出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない』は、松下幸之助氏の名言らしいです。

 出すぎるのも一興かもしれません。

 でも出すぎるのが怖い人は、まずは錆びるのを待ってみては?


 他の短編もあります☺️


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