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基礎医学教育は歯科医療に必要か:歯科医療の歴史から学ぶ①

 基礎医学教育は歯科医療に必要かなんて、必要に決まっているのに何でこんな問いかけをするのかというと、「基礎医学」を知らなくても「臨床はできる」からである。これまでエジプト医学から4千年にわたる医学の歴史から歯科医療の変遷について紹介してきた。この観点からいろいろ考察してみる。(小野堅太郎)

 日常生活において、例えば自動車の運転。誰もエンジンの構造、ギア、ハンドルのことなど知らなくても運転している。交通安全のルールを守って運転していれば、簡単に人を殺すこともできる道具だが免許さえとればだれでも運転できる。ところが故障したときは、どうだろう。パンク程度なら多くの人がスペアタイヤに交換できるだろうが、エンジンから火を吹いたりしたときはお手上げだ。工場に運んで、整備士に見てもらって修理、または交換となる。

 上記のの文章は、この記事を読んでいるどなたでも理解できるだろう。次はどうであろうか。

 研究において、例えばRT-PCR法。組織をホモジナイズ(粉々に粉砕)して、RNA抽出キットを用いて精製し、RNA量を測定して逆転写酵素でcDNAを合成する。そのサンプルをネットで自動設計したプライマーを用いてPCRを行う。

 さて、理解できた方はどのくらいいるだろうか。小野としてはかなり簡素化しているのだが、RNAとは何か、cDNAとは何か、PCRとは何かを知らなければ、意味をくみ取れないのではないか。研究者なら当たり前で、ハイハイ、となるだろうが、大学院生はこの文章を絶対にすっと理解できなくてはならない。さらに、RNA抽出キットの原理はなんなのか、プライマーはどういったロジックで設計されているのかということがわからないといけない。というのも、実験が上手くいかないときに、これらの点を自分で再考しなければいけないからだ。大学院であれば、教員が教える。しかし、大学に残って研究者になったときには自分で行わなければならない。困ったときの、研究整備士は存在しない。

 基礎医学は、人体を構成する器官、細胞、分子の働きを学ぶ学問である。主に解剖学、生理学、生化学からなる。車でいうとエンジン・ギヤ構造について学ぶことになる。RNAとかは生化学で学習する。他にも、薬理学、生体材料学は応用基礎医学、微生物学、病理学は臨床基礎医学となるだろうか。

 こういったことは、「歯科医療の歴史」シリーズ(ルネッサンス期以前まで)において、解剖学以外はほとんどわかっていなかった。解剖学にも多くの誤りがあった。それでも、医療は行われていたのである。つまり、医療行為自体に、基礎医学は必要ではなかったともいえる。現代でもそれは変わらない。

 さて、あなたが患者になったとして、車の立場、RNAの立場となったときに知識のない運転者や大学院生に治療してもらいたいと思うだろうか。基礎医学を全く習ったことのない医療人に、治療をしてもらいたいとは思わないだろう。いざという時、他の先生に電話をかける医師には不安感しか抱かない。ましてや人間は一人一人違う。何が起こるかわからない。基礎医学は、人体機能の共通部分に対する学問である。いざという時の応用範囲が広い。

 基礎がわかっていなければ、謎の医療行為に手を染めてしまうこともある。社会に出ると詐欺師のような人たちに声をかけられることも少なくない。「これで除菌できますよ」とか、「これで健康増進しますよ」とか。それが有効かどうかは、基礎を学んだものにしか判断できない。国家試験で出題される初歩レベルの基礎医学の知識を持っているぐらいが一般的な医療人だろう(例外も多くいるが)。それで、十分である。全くわからない人は、信じてしまい、悪気はなくとも患者に損害を与えてしまうことがある。

 勉強しても、いずれ忘れる。忘れたら勉強をすればいい。医療人は常に勉強することを要求される。基礎研究が進めば、新しい医療が生まれる。常に新しい医療に向けて勉強し、大学で習った医療を後生大事にする必要などない。新しい医療はドンドン取り入れるべきである。

 初めからわかっていた最終的な結論。やっぱり基礎医学は歯科医療に必要である。医療人の卵たちは、しっかり勉強していただきたい。


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