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第4話:TOEIC500点以下で海外で仕事をゲットした理由

「で、最近どうなの?渡星準備は、順調に進んでる?」

海外で働きたいという無謀な夢を語った私の背中を押して
シンガポール行きの切符を手に入れるきっかけをくれた人だ。

『泣いてばかりだった私が、運命の人に愛されるようになるまで』

元彼からネズミ呼ばわりされていた、尽くしタイプ依存症ダメ女から、
どうやって運命の人(フランス人)に出会い、
ありのままの自分で、溺愛されるようになったのか?
実際に体験したリアルなマイストーリーを綴ってきます。

>>> ここまでの話

第1話:リーマンショックで失業&失恋!アラサーどん底負け組に転落…
第2話:英語力ゼロ…勢いだけでシンガポールへ移住
第3話:アラサー女子が、ワーホリってどうなの?

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「あのね、やっぱりシンガポールなんて行くの辞めて
 普通に就職しようかなって。
 だって、向こうで何をするかも決まってないし、
 住むところすら決まってない状態で行く意味あるのかな、なんて…」

不安を飲み込み続けていたせいか
思わず口から弱音がこぼれた。

「え、今さらそんな弱気なこと言ってるの?
 インターネットがある時代、できることなんて山ほどあるよ。
 家だって、仕事だって、日本にいながらいくらでも探せる。

 英語力だって、今から勉強すればいくらでも伸びるよ。
 それをやらないのは、ただの怠慢。」

ドーーーーーーン!!!!!!!!!!


ただの怠慢!

ただのタイマン!!

ただのたいまん!!!

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YES!!! I am ただのTAIMAN !!!

あまりに図星のご指摘にショックを受けつつ
パーンと頬を叩かれたような感覚で目が覚めた私は

そこから一念発起して
インターネットでポチポチと
仕事を探し始めることにしたのだ。

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キャリアと呼べるほどの職務経験もなく
しかも、海外で仕事を探す上で
TOEIC500点以下の英語力なんて、言ってしまえば論外。

どの人材会社に問い合わせても決まって

「残念ながら、当社でご紹介できる求人はありません」

と面談すら受け付けてもらえなかった。
箸にも棒にも引っかからないとはまさにこのことだ。

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自分を否定されたような気持ちになったり…
何のスキルも磨いてこなかった自分を責めたり…

あ、そうか。

私はこの感情と向き合うのが怖くて
今まで動けなかったんだ。

やれることはいくらでもあるのに
それをしないのは、ただの怠慢。

そんな言葉を思い出し

めげず、懲りず、諦めず、
来る日も、来る日も、

現地のオンライン掲示板の求人欄を
穴が開くほど見入っていた。

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そして、ある日

【アルバイト】ラジオアシスタント募集

という文字が飛び込んできた瞬間、一気に胸が高鳴った。

「何これ、めっちゃおもしろそう!!!」

お堅い求人が並ぶ中、ちょっと異質で目を引いた。


ダメ元で履歴書を送ると
思いの外、すぐに返信が届いたのだ。

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実際に届いたメール

高鳴る鼓動を抑えつつ、
緊張と興奮の中、迎えた面接当日、

広告会社での営業時代、一番のお気に入りだったジャケット
いわゆる勝負服というやつをクローゼットから引っ張り出し
ノートパソコンに取り付けたウェブカメラの前にスタンバイする。

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今となっては当たり前のツールだけど
当時、使い慣れないテレビ電話を繋ぐだけでもドキドキだった。

目がイタくなるほど、
画面のウェブカメラを真っ直ぐに見つめて
ありったけの想いを伝えたのだ。

結果はどうであれ、やれるだけのことはやりきれたかな。

久しぶりに
なんとも言えない達成感を感じていた。


ドキドキしながら結果を待つこと数日
ある一通のメールが届いたのです。

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先日はありがとうございました!
実は今週半ばでの結論、と考えていたのですが、
XX さんの熱い想いに動かされ、
早くお伝えしたくご連絡させていただきました。

私どもとしても是非一緒に働いていただきたいと思います。
それは、今までのご経験だけでなく、前向きな姿勢が、
まさにこれからの会社に必要な部分であると感じたからです。

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実際に届いたメール↑

飛び上がるほど嬉しかったのを
今でも昨日のことのように覚えてる。


そうか。

人生って自分から働きかければ
誰でも平等にチャンスがやってきて
ベストなタイミングで、ベストな道が開けるんだ。

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この日のために新調したスーツケースに

夢と希望

それから

不安をめいいっぱい押し込んで

あっという間に迎えることになった
渡星当日。

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2010年(当時26歳)母に見送られ、成田空港に向かう駅改札口でパチリ

とりあえず、半年間行ってみて
そこから先のことは、そのとき考えよう。
今は、一週間先のことすら想像できいないんだから。

何日もかかって初めて自分で予約した
一番安い航空券を握りしめ

北京での乗り継ぎにヒヤヒヤしながら
シンガポールに向かう飛行機の中

子どもの頃、初めて飛行機に乗った時のような
みずみずしいワクワク感

そして

期待と不安が入り混じった
ドキドキが止まらなかった。


私、いま自分の人生を生きてるんだ。


>>>つづく
第5話:赤面症だった私が、なんでラジオDJ に!?




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