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出逢いと別れを繰り返す、それが人生。

本日の記事、3000文字近くあります。


また人生哲学的な話しになってしまいました(笑)


情熱に任せて書くと、こうして長くなってしまいます。お時間ございましたらお願いいたします。


◇ 


1言えば10わかってくれる人


自分にとってのこのような人が、この世の中には存在するんだなあ……なんて感覚に、この数か月は遭遇することが多い。
 


今までの人生の中でも、このような感情を抱くような人にめぐり逢ってきた経験はそれなりにあった。


学生時代に仲が良かった女友達、そして恋愛関係になった恋人たち、そして私の夫。そしてDNAの繋がりがある私の子供たち。


今日もそのような感覚を抱ける人に遭遇する出来事があったので、その話しを書きたいと思う。




私の母はもう何年も前にメンタルバランスを崩し、二度の長期入院を経て、三か月程前から老人ホームへ入居している。

先日もいくつかの記事でその話しを書いた。




そんな母なのだが、彼女は季節の変わり目に非常に不安定になりがちな人だ。


私はそんな母を、もう何年にも渡って近くで見て来たので、母の病状のそのような傾向を誰よりも熟知していて、いってしまえば私は、母の専属メンタルヘルスカウンセラーのような存在になっている。



私がメンタルヘルスや脳科学、そして心理学に並々ならぬ、異様なほどの情熱を注ぐのも、この母の娘であったから、という理由が大きい。



今となってはそうして学んできたことをこのように発信し、自分がコツコツと積み上げてきたものに自信と誇りを持っているけれど、季節の変わり目ごとに不安定になる母に、嫌気がさしてしまうほど振り回されてきた。



今になって懐かしく思い出すのは、去年の夏の入り口の頃、その時にも母には急激なメンタル面の状態の悪化が見られていた。


母が調子を崩し始めるときには、本人と会って会話をした雰囲気ですぐにわかる。


私自身のことではなく母のことになるので、あえて病名は書かないけれど、私自身の特性も合わせてよく知ってくださっている方は、私の母がどういった傾向の病であるのかは、もうお察しの方も多いのかもしれないな、とは思っている。


そう、そんなこんなで去年の夏の入り口の頃にも、もれなく母には病気の症状の悪化が、急激に現れていた。 


状態が悪くなると母はいつも「いや、そんな訳がないやろ?(笑)」と、私を含め周囲の人々が戸惑ってしまうような被害妄想を、本気で信じ込んでしまうのである。



しかもこの病気の恐ろしいところは、本人が「自分自身の思考がおかしいのだな」ということに、客観的に気が付くことが出来ないところだ。


去年の夏、母に今回と同じような症状の悪化が現れたときにも私は、こうしてそんな母の対応をすることへの憤りややるせなさ、そして悲しみを、悔し涙を流しながらnoteに書き綴っていたものだったなあ……と懐かしく思い出す。



ちょうどあの夏の日から半年が経過し、あのときの母と同じような症状の悪化が見られているこの数日だけれど、あの苦しかった夏の頃の私とは、まるで気持ちが違うことに驚き、自分なりに成長を感じている。


半年の間で人間の内面的なものは、こんなにも変わるのかと、自分で自分に感心しているような状態だ。


今の私は、もうあの頃の私ではない。


それもこれも私自身の力だけではなく、私が「なにがなんでも私自身が心が強い人間になるしかない」というその一心で、学ばせていただいた方々の存在があるからである。

改めて感謝をお伝えしたい。


………………。


また話しがズレました(笑)
元に戻そう。


そのように状態が急激に悪化しつつある母なのだけど、現在は老人ホームに入り、プロフェッショナルの方々に見守っていただいているので、私としては心底ありがたく思っている。


その施設の「生活相談員」さんが今日私に電話をくださった。

『お母さまの状態が悪化されていますね。急性期用のお薬を使わせていただいて大丈夫ですか?』

と。


私は母のクリニックへの通院には毎月付き添っていて、母の主治医の先生にももう長いことお世話になり、母共々信頼を寄せさせていただいている。
とてもいい先生に巡り合えて、心底ありがたい。



その先生から『お母さまの状態が悪化した場合にはこちらをお使いください、と施設の方へお伝えいただけますか?』と言付かっている頓服薬(状態悪化時に臨時的に使用する薬)があって、生活相談員さんは、そのお薬を使用しても大丈夫か?と、娘の私宛に確認の電話をくださったのだ。



その女性の生活相談員さんは50代くらいだろうか?今まで数回電話で話した感じだと、非常にざっくばらんに話しが出来る方で、まさに「1言えば10わかってくれる人」だな、という印象がある方だった。



その方を仮にタナカさん(仮名)としよう。

タナカさんは施設への勤務歴が長いそうだが『お母さまのような病気の入居者さんの対応は初めてなのですよ。』とおっしゃっていた。



私はそんなタナカさんに、母の病気の特徴や急性期の対応の仕方、本人に接するときの注意点や、ケアする側がどのようなメンタルで本人へ接することが大切だと考えているか、などなどを僭越ながら、かなり突っ込んでざっくばらんにお話しをさせていただいた。



するとタナカさんご自身も、なんとお母さまのうつ病に悩まされた時期があったのだという。

『私もね、母のことで私自身のメンタル面が危うくなった時期もありました。だからたくさん本を読んでね、勉強してきたんですよ。』と彼女はそうおっしゃった。

そしてタナカさんは私に、こうも問いかけてくれたのである。

『娘さんご自身も、今までとっても大変だったのではないですか?

「母の対応をしている自分の方が、このままではおかしくなるんじゃないか?」と感じたり………

いつもいつもお母さまに振り回されて、泣いてしまうような日だって、何度もあったのではないですか?とてもよくわかります。』



…………………。

私は、タナカさんのその言葉を聞いた瞬間ハッとなって、喉の奥が熱くなった。


(やっと同じ立場で、この気持ちを共有してもらえる人にめぐり逢えたんだ……)と。



私は「出逢いと別れを繰り返す」それが人生なのではないか?と考えている。


人間関係においては、自然な流れで、それまで繋がっていた人とも離れてしまう、なんてことがあるものだ。


そうして離れてしまった瞬間は、とても辛い。


今までのことが走馬灯のように蘇るし、相手の方の良いところばかりを思い出すし、情が湧いてしまって、その人がいることが生活の中の当たり前になってしまっていれば、尚更に離れることは辛いことだ。


でも人にはそうしてある意味冷酷に、それまでの人間関係を、バッサリと切り捨てないといけないときがあるのではないかな?と、私はそう考えている。



そのように今までの人と離れることで、本当にちゃんと向き合わなければならない人に全集中することが出来るし、今日私が生活相談員のタナカさんと出逢えたように、新たな出逢いが巡ってくるのではないか?と思うのだ。



私は、過去にばかり囚われずに「今」を生きたいと思っている。


そして未来に向けて着実に学ぶべき人から学び続けたい、そう思っている。




ここまで読んでくださってありがとうございました。また明日、おやすみなさい。

記事を読んでいただきありがとうございます☺️これからも真摯に文章を書くことを追求して行きます。よろしくお願いいたします!