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波照間島にて


石垣島からフェリーで1時間。日本の有人島最南端の島、波照間島に行った。
この島の名前を初めて知ったのは17歳の時、奥田英朗さんの著作、サウスバウンドを読んだ時だ。なんとも独特で、異国の言葉を漢字に当てたようなその島の名前は、当時の私にはとても印象的で刺激的だった。

それから10年。いよいよその独特な響きの南の島を訪れることになった。
石垣島から波照間島までは高速船で約一時間。事前に高速船の予約は済ましてあったが、石垣〜波照間区間は、遠洋に出るため波の状況によりかなり欠航するらしい。時間の限られた旅行だったので欠航になられては困る。

石垣島に一泊していたので、朝起きてフェリー乗り場にタクシーで向かった。
天気はこれ以上にない晴れだった。これなら欠航はないだろう。と安心し、空を眺めた。真っ青な空に小さい雲が随分と早く動いていた。いかにも南国らしい天気だ。船は予想通り運行のマークの案内が出ていた。

事前情報では、波照間行きの船は随分と揺れるらしく、船酔いに悩まされる人が多いらしい。前日の酒が若干残っていたのと、乗り物に酔いやすい体質のため少々不安であったが、一時間くらいなんとかなるだろう。と、覚悟を決め船に乗り込んだ。

船は8割くらいの席は埋まっていた。ほとんどは観光客だ。船の後ろには何やら段ボールの荷物がたくさん乗っている。島の物流も担っているのだろう。
船の中の従業員はみんな真っ黒に日焼けし、堀の深いいかにも沖縄という感じのキリッとした顔をしている。決して愛想は良くなく、怒っているような厳しい顔で黙々とみんな作業している。海の仕事にサービス精神なんかいらん。そんなぶっきらぼうな男たちがとても嬉しく、かっこよかった。

船は定刻通り出船した。最初の30分は比較的穏やかな航海だったのだが、30分過ぎたところから急に船の上下の動きが激しくなってきた。そしてこの船、高速船だから当たり前なのだが、私の想像よりかなり速い。そのスピードで波に突っ込むので大変に大きく船が動く。普段船に乗り慣れていない身にとってはとてもスリリングだ。例えるなら、自分の意志ではなく誰かにずっとブランコを漕がれてそれに無理やり乗せられたような・・・まぁなんていうかかなり不快な感じだ。

波が高くなって5分。案の定私は席の上でもがいていた。そう。完璧に船に酔ってしまった。もう内臓が全部飛び出しそうなくらいの吐き気と、頭をずっと叩き続けられてるような頭痛。やばい。吐けと言われればすぐに吐ける。だが今この場で吐きなんかすればそれこそ大テロである。テロリストとして島の入島を拒否されてもおかしくない。

自分よ頑張れ。予定通りの到着ならあと10分程で着くはずだ。しかしこんな弱ってる人間にも波は容赦せず、ガンガン揺らしてくる。窓の外を眺めようと窓を見ても、激しい波がガラスに強い水しぶきを当てるだけで、逆に気持ち悪さを増長させるだけだ。もう手はない。耐えるのみ。何も考えず室内のなるべく遠くを一点見つめ揺れに耐える。きっと客観的にその光景を見たら恥ずかしくなるほど間抜けな顔をしているのだろう。だがもう限界だ。嘔吐物は胸の辺りまできている。

そうこうしてるうちに船のスピードがガクンと落ち、エンジン音も静かになった。
もしやと思い窓の外を見ると、ようこそ最南端の波照間島へと堤防に書かれているのが見えた。着いた。ようやくこの長い拷問が終わったらしい。船は港に到着。船のスタッフたちが慌ただしく動き出し、船を接岸し荷物をどんどん下ろしていく。波照間から船に乗る乗客が列を成して待っている。みんな降りたらそのまま次の乗客を乗せて再び大波を分けながら出航するのだろう。

船から降りる順番を待つ。みんな外の素晴らしい景色に、これから始まる波照間の旅に期待を滲ませてる顔をしている。私はといえば、船が止まったからって酔いが治る訳でもなく相変わらず吐きたい。早く降ろしてくれと心の中で涙を流していた。波照間島との初対面がこんな形になるなんて。そんな状況でも波照間の海の色は綺麗だった。とにかく早くトイレだ。話はそれからだ。

港に出た私はすぐにトイレに向かった。予約していた宿の方が迎えに来てくれていた。とりあえず見つけてしまったものだから断りを入れてからトイレに行くことにした。事情を話しトイレに行きたいから少し待ってもらえるかとお願いしたところ、快く承諾していただいた。宿の方の話しだと酔う人はなんも珍しくなく結構いるらしい。急いでトイレに向かい、情けない声を上げながら吐いた。

やはり出すものを出すとスッキリするものだ。自販機でさんぴん茶を買い、呑んだ。大分楽になった。空は雲ひとつない。南国の人懐っこい風が適度に体を包む。島は静かだった。

先ほどの迎えの場所に行くと、私の予約した宿以外の人達はもうみんな宿に向かったらしい。港では予約した宿の方と他に二組の家族だけが、迎えの車の中で私のことを待ってくれていた。申し訳なくなり誠意を込めて頭を下げた。だけどみんな笑っている。どうもこの雰囲気は人を優しくするのかもしれない。

波照間島の旅が始まった。



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