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肉芽

押し当てられた腰骨は限りなく私を押しやった。押しやって推しやって押し潰して醜く変形したところでやっと肉を結ぶとわたしのつま先がようやく触れて、わたしは死に物狂いで着地する。膿みにまみれた一瞬間のゆりかご。反対側に大きく揺れる。ゆらゆらと。何もない空を削り取るような慣性で。

トワイライントワイライト

淋しさを浸したら
ルビー色のダージリン
マスカットもいで添えたら
水滴と朝もやの味

あの空のグラデーション
君にも見せたい
鼻歌のイミテーション
意味もなく添えたい

前髪越しのつま先は
一定のリズム 揺れている
トワイライン トワイライト

踏切前で立ち止まった
噛み締めた 唇は
一定のリズム 震えてる
トワイライン トワイライト

得意げ

君が誇らしげになにかを話す時
ぴんと張ったゆびの先
丸い瞳の表面が
太陽を弾いてつるりと光る
わたしはただその顔が愛しくて
口の端が引っ張られて
ついほころぶ
君の美しい知識のかけらが
わたしの心にやみくもに張った
いくつもの線を
ゴールテープみたいに
ぴん、ぴん、と
綺麗に切り取っていく

昼景

昼景

高層ビルから見る夜景より
川面の小石に乱反射する
太陽の瞬きの方が
きっと思い出の飛距離が長い。
白鷺の群れが
気持ちよさそうに歩いている。
じっと微動だにせず
一点を眺める嘴の先。
たぶん冬の朝の空気を啄んでいる。

あの夏

あの夏
道路沿いのアパートの花壇の端
君と並んで腰掛けて
アイスバーを齧りながら
日が暮れかけても僅かに残る
アスファルトの熱
時折走り去る車の排気ガスの匂い
世界に二人きりで
汗ばみながらも手を握り合い
それだけで全く満たされて
八月の匂いに胸を膨らませていた

いつかの春

君が脱ぎ捨てたブラウスはまだあたたかくて
春の匂いを放っていた。
あの時何度もたなびくカーテンが撫でる
コスモスの赤がリビングに滲んでいた
最後の一欠片が食べずに
お皿に置かれたままのドーナツみたいに
パンプスの踵をコツリコツリと鳴らしながら
また春を脱ぎ捨てていく

水面下

水面下

その日の天気は海だった
レンガは青く波打って
コンクリートは朽ちた珊瑚礁のように
静かにだまりこくっている
じっとり湿った肌をなんども拭う
みんなスイスイとどこかに泳いでいくのに
わたしは何度も何度も立ち止まっては
シャッターを切る

月光が引きちぎられた繊維の先のように闇の中に伸びてはその漆黒に飲み込まれていく。まるでついさっき誰かが厚紙を手で引きさいて出鱈目な丸を描いたような朧げな月だ。

電車が少しずつスピードを上げる。そのモーター音が強く高く順を追っていくように。曖昧なように聞こえるその音の変わり目は、旧態然とした厳格な指揮者の指揮棒の先をぴったりとなぞらえている。

新宿

やっぱり仕事上がりはビールだよ
そうはにかむ君の骨張った肩が
触れるか触れないかで
私の横を通り抜け
追いかけるように
アルコールの香りが軌跡を残した
いくつも連なるビルのネオン看板が
振り返った君を後ろから照らして
新宿の街に縫い止める
君は根拠のない出鱈目を
わらったまま
半月の切れ目からこぼしつづけるから
私は地面に擦れた靴底の感覚だけを
ただ確かめるために
何度も何度も踏み締める

夏の終わり

蝉が死んでいた。
二匹折り重なるように潰れている。
夏の終わり。それはわたしをこの世に内在するすべての悲しみと共に置き去りにされたような気にさせる。なおざりに熱されたあとのアスファルトの熱の翳り。羊水の中のわずかな音。

ひきうける

ひきうける

誰も傷つけたくないと
君が残した米の一粒を
僕は指先で捉えては
しずかに口へ運ぶ
それは甘い鉛のような質量で
それは連続する一年のようで
胃袋の奥に真夏の雪が散り積もる
永遠に満ち足りることもなく
君の孤独が 君の痛みが
何度も何度も
蜻蛉の僕を
喉元まで埋め尽くす

破れかぶれのうた

私の詩はつまらないー
前髪を2センチ切っても気づかないー
私が追いかけると猫が走りさるー
透明じゃなかったことに気づくー
明日がくるー
明後日もくるー
明々後日もくるー
冷えたワインがのみたいー
明日も明後日も飲みたいー

穴

本をめくる
選民思想なような
軽薄な指先の踊り
孤独な被害者意識に
飲まれてまた
せっせと穴を掘る
ひんやり冷えた空気
だれからも見えない地平
目の前で触れた壁
心地よくて
黒い獣だけが
息もせず
うごめく

ままならないままに

ままならないままに

私の体が
世界が
言葉が
ままならない
ということが美しい

寒さを耐え忍ばなければ
葉は赤く色づくこともなかった

わたしのむねが
破れるように痛まなければ
この言葉は紡がれなかった