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もっと、てきとうでイイ。

友達が言った。


「まき子ちゃんは真面目だね」

「もっと適当でいいのに」


小学校時代の友達と飲みに行った。

長い間会っていなかったのだが
30歳の同窓会から再加熱した友達だ。


彼女は変わった。


昔は周りを気にし過ぎて
自分を出さない子供だった。


今では
自分の好きなことを
自分の好きな人と
自分の好きなだけ楽しめる大人
になった。


そんな彼女と飲みの場で
睡眠時間の話になった。


私は6時間だが毎日足りず、
少しでも短くなると罪悪感を感じてしまう。

彼女は眠たくなったら寝る。
長かろうが、短ろうが、
自分の好きなように時間を使えたら
それでOK。


私も好きなことをして、
眠る時間が短くなったはずなのに、
好きなことをする時間さえも、
悪いことのように捉えてしまっていることを
彼女との会話で気づくことができた。


次は、ハマっていることの話になった。


私は、人に話せるほど何かに熱くなれない悩みを彼女に相談した。

彼女は言った。

「好きならそれだけでよくない?」

「語れないなら、好きだけど詳しく分かりませんって言えばいいだけじゃね??」



今回も、ねばならない思考の登場だ。

※以前の登場はこちらのnote

『何かにハマる=人に話せるほど詳しくなければ“ならない”』


好きの程度は人それぞれ。

それなのに、自分で自分のハードルを上げてしまっている。


『早く寝なければ“ならない”』

『睡眠時間は6時間以下になっては“ならない”』

『好きなことでも、睡眠時間を減らしては“ならない”』


ねばならない思考のオンパレード。


彼女は同い年だが、
同い年に見えないほど肌ツヤがよく、
健康だ。

仕事は忙しいし、
家族に疲れることはあるが、
ストレスを溜めない方法を知っている。


ねばらないに囚われた私は真面目かもしれないが、
不健康だ。


もっと適当でいい。

誰の期待に応えようとしているのだ?

そもそも誰も期待なんてしてないかもよ。


だったら、自分の好きなように生きなきゃ、
時間がもったいないよね。


ねばならない思考に囚われていた分の時間を取り戻す為にも、
心身共に健康で長生きしなくっちゃ。



そのために

もっと適当になろう。



まき子🍙(@makicome1986


数多ある文章の海から、 みつけてくれて、ありがとうございます。 現在、不定期更新・お休み中です。 鹿児島から愛を届けています。