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【本】 『小学校からの英語教育をどうするか』

この本は、60ページほどのブックレットでありながら、M1で「英語教育とは何か」と思い悩んでいたわたしが出会った救世主のような存在だ。

わたしの在学していた大学院では、「英語教育は、言語習得の過程である」という考え方が大半を占めているような印象があった。しかしわたしは、「人を育てる過程として、各教科がある」と考えていた。

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. 岩波書店

「経済的・社会的・文化的に恵まれた家庭に育つせいぜい10%(おそらくはそれよりずっと少数)の子どもは確かに英検やTOFELなどの特典をそれなりに上げるものの、現実社会を生き抜くコミュニケーション能力はあまり身につかない。90%以上の子どもは、英語教育により挫折感・疎外感・無力感を強くし、内向き傾向を強める。」

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. pp3

「はじめに」で2013年から始まった日本の英語教育改革について、「失敗のシナリオ」として提言している。現在は2023年。残念ながら、この予測は10年を経て現実のものになっているといえるのではないだろうか。

数字の上では正確にはわからない。しかし、わたしは「英語教育により挫折感・疎外感・無力感を強くし、内向き傾向を強める若者たち」に、実際にいま、大学で向き合っている。

1 ことばが身につかない「引用ゲーム」
ある大学生が、高校時代を振り返り、英語での表現は自分の気持ちや考えとは無縁だったと語っています。(中略)思考の上でも気持ちの上でもまったく一貫性のない日本文を、試験で減点されないように英語に変換する課題が行われていました。

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. pp9

筆者は、現代の英語教育への警鐘として、「引用ゲーム」という表現を用いた。「教科書などのモデル英文をできるだけ正確かつ高速に引用(あるいは再生)する競争」とのこと。

こどもたちがやっている「勉強」は、実は「作業」なのではないか。心を動かされることなく、技術のみを身につけていく「作業」。その作業は効率の良さを求められ、その作業ができるようになりたい、という「よほど特別に英語に対して動機づけ」がされていない限り(例えば、テストでよい点数をとり、内申点を稼ぎたい、とか、この志望校に受かりたい、とか)、その作業からこぼれ落ちていく子が一定数存在することに対して、この本は警鐘を鳴らしている。

筆者は、神経科学を用いて「からだ」「こころ」「あたま」の重要性にふれ、「非意識的」な「からだ」の動きを「情動」といい、それを意識でとらえることを「こころ」と呼ぶ。この「からだ」や「こころ」で反応している状態が、本来の「学び」ではないかと問うている。

「意味を求めて聞いているときに、子どもはさまざまに表情を変えたり、からだをゆらせたり、話し手をリズムを同調させたりします。」

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. pp53

この「意味を求めて聞いている」状態でなければ、「こころ」を動かす授業はできないと考える。

育てるのは言語ではなく人間
「課題によって子どもの「からだ」と「こころ」を揺さぶって言語使用に導くわけですが、その際、言語形式は(比喩的な言い方になりますが)あくまでも「横に置いて」おくわけです。人間は知識とスキルを得たから高度な言語形式を算出すると考えるのではなく、言語使用をしたいという身体実感に応じて必要な言語が使用・学習・習得されると考えるわけです。」

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. pp60

つまり、子どもが「これを表現したい」と思ったときに、初めて学びが成立する、ということ。「動機づけ」とも言い換えられるかもしれない。

研究の力点を言語から人間に移すべきです。

柳瀬陽介・小泉清裕 (2015)  『 小学校からの英語教育をどうするか』. pp60

この言葉に出会って、わたしは自分の研究の方向性を決めた。

「研究の力点を言語から人間に移すべきです。」に脳天を撃ち抜かれた。英語教育とはいえ、人間を育てるための教育である。言葉を学ぶことが目的ではなく、言葉を学ぶことを通して豊かな人間性を育む。そういう教育を実現するために、実践し、研究できる自分でありたい、と強く感じた。

なので、この本は、わたしのように、「英語教育=言語習得」ではないという意識のある教員や研究者の方におすすめしたい。

また、小学校に限定された話ではないということも書き添えたい。なぜならわたしは今、大学で英語を教えているが、この本に書かれた英語教育における課題によって、彼らは苦しんでいるように思えるからだ。おもに中学校、高校の英語教育を通して挫折感、疎外感、無力感を育ててしまった、と彼ら自身も気づいているようにも見える。

英語教育に携わる方々に、ぜひ読んでいただきたい一冊であることは間違いない。

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