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若手に蔓延するフリーランス>>>自社サービス>>SIer>SESという謎図式:デメリットを見ずにイメージで叩くことなかれ

 先日、下記のような「エンジニア転職できました。ただ努力不足という事もありSESからのスタートです。」という投稿が話題になっていました。いいねを押す若手。SESというかエンジニア舐めてるの?という古参でそれなりに炎上したようですのでご覧になった方は多いのではないでしょうか。

 どうも一部界隈ではフリーランス>>>自社サービス(自社メディア)>>SIer>SESという図式があるようです。

 こうした流れを作っているのはTwitterであり、エンジニアYouTuberだったりするわけです。00年代に酷かったのは事実として、今回はこの流れに対して現時点での注釈をつけて回りたいと思います。そんな私は下記の背景があります。

00年代個人受託開発数回
小さいSIerでアルバイトプログラマ 2年
自社サービス(スタートアップ〜上場)エンジニア採用担当・SRE6年
メガベンチャー自社サービス採用担当・開発部部長2年
同SES採用担当2年
現在は日本・フィリピンでエンジニア最終面接担当中


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SIer/SESが悪く言われる理由

 SESの負のイメージを払拭しながら採用してきたこともあるわけですが、ネガティブに思う若手のSIer/SESのイメージは大きく2つに別れます。

・労働環境が劣悪(らしい)
・中抜が大きい(らしい)

SIer/SESと労働環境

 実際は会社とプロジェクト次第です。

 SIer/SESで言えば商流が下流すぎないことが一つの要素としてあります。下流に行き過ぎるとなにかあっても制御が効かなくなってくるのでしわ寄せになりがちです。受け入れる側としてもトラブル時に責任を追うのが困難なので避けたいところです。私は3回受け入れ側として大きめのトラブルがありました。うち1回は開発委託先企業から見て3社下だったのですが、所属に連絡がつかず往生しました。こうした多段の業界構造は改めるべきでしょう。今や運輸や工事現場業界でも起きている依頼主と事業者の直接マッチング。昨今では二重派遣防止という観点で動きが産まれていますが、ITエンジニアでも浸透していく必要があると考えています。

 SESの場合、契約をしている受入企業から見ると多くの契約では残業や休日出勤は上乗せして計上されるため、よほどの酷い状況で無い限りは正社員を優先して使うため、依頼は最終手段です。予算とズレますしね。数年前であればお金はあるけど時間も人も足りていない大型ゲームタイトルでは例外的な話を聞きましたが、今はどうでしょうか。

SIer/SESと中抜き

 次に中抜きされているというイメージについては自身の営業や福利厚生、そして企業をグロースさせるための教育に充てられていることを理解できれば、そこまでおかしいものではないはずです。次以降で見ていくことにしましょう。 

フリーランス万歳説

 これを拗らせていくとフリーランス万歳!となるようです。情報の発信者がYouTuberやオンラインセミナー主といったフリーランスや、プログラミング学校経営者です。企業からの自立を目指すべき頂点として自ら発信するというのは自然なことでしょう。ただ考えていただきたいのは著名な発信者の多くは経験が浅く、複数の職種や現場を見て語っているわけではなく、ほぼ1/1の話だったりTwitterやSNSの悲惨なエピソードを並べているという点です。

フリーランスの厳しさ

・手に職をつけて自分の力で生きていく
・いつでもどこでも生きていける
 旅をしながら働く
・手取りが高い
・自由
・煩わしい評価制度がない
 お金が評価

 フリーランスを志される方がよく言われるのはこの当たりです。

「いつでもどこでも」というのは「どこでも」はコロナ禍以降実現しやすくなりましたが、「いつでも」は難しいです。先日自力で週2-3日の案件を探している優秀なエンジニアと話をしましたが、やはり自力で当たることができる件数には限界があり、フリーランスエージェントを検討していました。

 手取りの高さは下記のものを考慮するべきです。むしろまだ列挙漏れがある気さえします。正社員のときと同じ生活水準を目指すなら2倍は稼ぐべきという声はフリーランス経験者からはよく聞きます。

・所得税
・住民税
・個人事業税
・消費税
・健康保険
・年金
・その他福利厚生
・各種事務手続き
・ローン無理

 特にフリーランスの方が考慮し忘れ、フリーランスになってから嘆くのが事務手続きです。正社員時にバックオフィスが被ってくれていた業務量に気づくのです。私は博士学生のときに上記の支払いを自前でやったり、手続きをしていましたが、ビジネスに転向してきて「楽だな」と感じた口です。税金の払い遅れもないですしね。

 契約などトラブルがあったときに、個人で立ち向かうのはなかなか厄介です。弁護士費用もかかります。契約書の読み方も知らないエンジニアは多いです。契約書の長いやつをしっかりと読み込める法務部門の方を、私はいつも尊敬しています(読んでますよ、一応。集中力の問題です)。

 営業コストであり、案件が空いた時の収入危機の懸念もあります。契約更新の終了を伝えると、収入が途絶えないように業務の合間を見て次の現場を探しに行くことになります。案件が空いてしまうと、多くのSESではあくまでも正社員なので身分やある程度の収入はありますが、フリーランスは0円です。また、注意しなければならないのは支払いサイトです。「プロジェクト終了後に3ヶ月分をまとめて支払う」ような案件を受け、支払いまでに死ぬ思いをしたという元フリーランスの方の話を聞いたこともあります。

 自由というのもあまり恩恵はないように思います。フリーランスとして企業に入る場合、結局は業務委託契約になるわけでSESなどと変わらない立ち位置です。設計についての自由度も、スキルが非常にあってスタートアップ事業で設計から丸投げされれば技術的な自由度はありますが、そうでない場合はレアケースでしょう。

 煩わしい評価制度からは開放されるという側面はポジティブな事実でしょう。ダイレクトにお金に響くだけです。上も下も。

 また、「下請け感が嫌だ」とSIer/SESから自社サービスに行き、更に自由を求めて自社サービスに行き、そこから更にフリーランスになって業務委託に戻るというのは私から見ると非常に違和感があります。

 これらを総合するとフリーランスになったのに一社のみ契約というのは正直理解し難いものです。一社切られてもバックアップが効く形態が必要です。起業や介護など自分の時間を特殊な使い方をしたい場合にフリーランスは唯一の選択肢でしたが、ここ1-2年はエンジニア採用難とコロナ禍もあって寛容な企業も増えています。自由とは何か、複業や副業などとの違いは何かよく考えるべき選択肢がフリーランスです。

 ここ半年の傾向ですができるフリーランスの単価が上昇傾向にあります。例えばCTOと対等に話せて手が動くような中の上クラスの方が80万円/月だと入らないケースが出ています。100万円/月くらいの印象です。これに対して特に資金力が弱いスタートアップを中心に二の足を踏んでいます。こうした単価の高騰は2010年代前半のソーシャルゲームバブルの際にも見られた現象です。一時的に良いことに見えるものの、どこかで需要と供給のバランスが崩れる危険水域です。一度上がった単価(生活水準)が急に下がるのは精神的に厳しいですよ、と元ワーキングプアの私は思います。

自社サービスの厳しさ

 2017年以前は採用単価が低い未経験を教育するという企業もありましたが、今はレアに思えます。元々事業を前に進めることが目的だったので、教育コストを払うということが事業推進に直結していません。エンジニアが未経験から育つまでの1-2年の間、教育者のリソースも消費するので経営の余裕と、経営層の理解が必要です。

 自社サービスにはSIerで前提となっている手厚い研修や、SESの教育を視野に入れたチーム入場などの概念がないため、最も本人の自走が求められます。ここ数年は新卒であっても自社サービスを志す人達は何らかのプログラミングアルバイトを経た人が確実に増えているため、未経験採用の門戸はどんどん狭まっています。そのため、プログラミング学校で写経したサンプル教材を実績として出すだけでは相手にされません。

 加えて自社サービスではどうしても正社員採用して囲い込みたいほど非常に優秀なエンジニアで無い限り、サービスや事業領域に対する興味感心を求めます。募集している事業のアプリを使う、競合を使う、その上で何かエンジニア視点でコメントをするくらいは必要です。

 AtCoderなどが台頭した結果、設問があって初めてプログラミングに取り組める方が増えています。「私はAtCoderで○○です!なのでプログラミングは任せてください!」と語る方は、詳細設計を設問だと思えばSIerやSESのプログラマは天国でしょう。逆に設問(詳細設計以上)を設定しなければならないポジションや、そもそも何が問題なのかを考えなければ正社員採用される価値がない自社サービスは苦痛です。

 こうして入社した自社サービスですが、入った後も安泰ではありません。まず事業にバリエーションがないと、ずっとそのプロダクトを担当することになります。稼ぎ頭のプロダクトであれば、おいそれとサービスを止めてリファクタリングなどできません。メンテナンスも楽ではありません。アフィリエイトのサーバ管理をしていた時、インフラ以降の許容ダウンタイムは10分と言われました。そのような環境では「PHPからGoにするぞ!」というのも経営レベルでGoサインが出ることはなかなかありません。ポジティブに言えばコンサバな環境は事業が成功している象徴です。しかし結果的にコンサバな環境を引きずったまま数年が経過するため、当人は自事業の中では神になれますが転職市場では「数年前のスキルセットの人」と見られることも少なくありません。人気事業を背負った経験は残ります。

 大企業になると事業にバリエーションはありますが、今度は異動と愛着と予算の問題が出てきます。某大手は主力事業についての異動はありませんが、弱小事業については予算も少なく、発言力も弱く、半年で異動があると聞いています。こうなると事業に愛着も何もありません。また、弱小過ぎる事業やゲームタイトルはサービスクローズの危機もあります。

 自社サービスだからと言ってホワイトな労働環境ではありません。ビジネスホテルでおっさん3人で川の字で寝たこともあります。そもそも深夜の障害対応はSESやフリーランスの方には契約形態からして頼みにくいものです。プログラムの不具合などが予想されるとMSPにも頼みにくく、勢い社内で夜間対応する人が出ます。夜間対応が存在する場合の手当は、想定される自社サービスでは質問するべきでしょう。

目指すべき一意の職種などない

 私はこれまでマネージメントしてきた中でも、特に渋谷のメガベンチャーの開発組織には苦労しました。企業のポジション的にも、地理的にも比較対象が多く、若手は目移りするのです。

 自社には無い他社、特にメルカリの各制度と給与体系などとはよく比較され、若手から苦情を言われては(粗利が違うんだよ)と苦々しく思っていました。しかしEMTalkでお話されていたメルペイの方は「若手からGoogleと比較されて辛い」とありました。そしてGoogleを退職してスタートアップに転職した後輩は「良くも悪くも大企業なのでつまらない」と話していました。

 つまるところ誰しもが満足できる環境はどこにもなく、ネズミの嫁入りのような側面があります。流れる時代を意識しつつ、自分が心地よく感じられる条件、働き方、場所を探し続ける。それも永遠ではないので体重配分は気をつける。キャリアとはそんなものなのでしょうね。

まとめに代えて:SIer/SESが担うもう一つの重要機能

 現在、フィリピンでもエンジニア採用の最終面接を行っているのですが、こうした東南アジアの国々では一族の期待を背負った人がコンピュータサイエンスを学び、IT業界に入ってきます。そして10人くらいの家族を養っています。背負っているものが違いすぎます。

 他方、欧米では下記のような流れが遥か昔から定着しています。

欧米などの場合はギルドや資格制度が一定水準を満たした職人を排出していましたが、その機能を大学が置換していきます。そのため高校を卒業後に就職し、やりたいことが見つかったら大学で専門に進み、その専門に関わる仕事につくというキャリアパスやジョブ型採用文化が根付きました。専門分野と職種がリンクしているため更に専門性が高い大学院に対するバリューも付きやすいのです。 

 一方の日本では高校時代に「つぶしがきく」「校内推薦がある」「倍率が低い」などから何となく進学し、そこから新卒時に初めてエンジニアになった人がほとんどです。

人手不足を背景にITエンジニア枠として文系学生を採用するケースも順調に増えています。ヒューマンソリシア社が文部科学省学校基本調査より起こした記事によると情報処理・通信技術者へ就職した大学新卒者は19,000人(2014年度)から28,000人に増加しているものの、工学部・理学部卒業者は52.3%(2014年度)から45.0%(2018年度)に低下しています。

 いわば、まっさらな素人を新卒一括採用し、地頭と適性検査で振り分け、1-2年の研修期間やセット入場で「1人月」のエンジニアに育ててきたのが日本のITエンジニア事情です。

 自社サービスでは事業推進が目的なため、全くの素人を教育する土壌は「0から教育しなければならない」とSIer/SESを真似る新卒ありきの企業と、酔狂な会社しかありません。1人月を育てて戦力化することがビジネスに繋がるSIer、SESとは企業の存在目的が違うのです。

 誰かが教育しなければなりませんが、SIer/SES以外に大口が見当たりません。欧米のように大学、特に情報学への再入学の経路がより一般的にならない限りはこの事情は動かないでしょう。それ故にSIer/SESの教育機関としての側面は無視できず、今後も必要不可欠なのだと考えています。同時に、大学頑張ってよ、とも思っていますよ。

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