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長旅から日常に戻る儀式。

休暇明けにすぐ出張に出たから、9日間も家を空けていた。
台風のため急遽飛行機で帰ってきたから、とても疲れる長旅だった。
でも、印象的な場面がたくさんあり、素敵な人との出会いで満ちていた。

帰宅翌日は、眠くて一日中寝てしまった。
起きたら15時。
体は泥のように重かったが、それでもやらなきゃいけないことがある。

それは、丁寧な和食を自分のために作って食べること。
長く家にいなくて生活を忘れた自分を、日常に戻すための儀式だ。
和食は和食でもできるだけ凝ったものが良い。

…そうだ、里芋を煮よう。

里芋は土付きのまま、皮を剥く。

実家にいた頃は、里芋と角麩の煮物が頻繁に出てきた。
でも、いまこうして里芋を剥くと、そのめんどくささに驚く。
あんな頻度で食卓に登っていたことへのおどろきが隠せない。

里芋には、なんとなくノスタルジーを感じてしまう。
母がよく歌ってくれた里の秋なんか口ずさみたくなるよね。

たっぷりの鰹節と昆布で出汁を取って。

調味料を入れてコトコト煮る。
煮ている間にひじきを戻して、ほうれん草のおひたしを作る。
いろんなおかずを同時に作る、この煩わしさこそ生活よ、と自分に思い出させる。

大満足の一皿。


出来上がった一皿。
滋味深い家庭の味が、染み渡る。
あぁ、帰ってきたな、と思う。
めんどくさくても自分のためにご飯を作る。
こういうのが生活だと心の底から思い出した。

旅に出ているとキラキラした一瞬の映像のつぎはぎで人生ができているような気がする。
まるで素敵な映画のように。
だから、家に帰りたくなくなるし、つい旅の余韻に浸ってしまう。

でも、人生はキラキラした映画じゃない。
舞台裏のような地味で仕方ないことで満ちている。
それを自分に思い出させるために、私は里芋の皮を剥くのだ。

素敵な旅の余韻は遠く甘いものになってゆく。
私はくちたお腹をさすって茶碗を洗うために立ち上がった。
さて、片付けて早く眠ろう。

《おわり》

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