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【独立日記】なぜ私は今、居心地のいい会社をわざわざ辞めるんだろう。

森を見るより、木を見よう、と思った。

 プールという会社にコピーライターとして入社して14年、仕事や食事の機会を通して、ありがたいことに、たくさんの素敵な奇人たち(全力で褒めている)に出会うことができた。彼らは、世の中の尺度ではなく、自分の尺度を持ち、世の中を見るのではなく、もっと広い宇宙のようなものを見ていた。坂本龍馬みたいだな、と思った。昔から龍馬が大好きで(もちろんそれは小説や漫画でつくられた人物像なのだろうけれど)、世の中の常識に縛られず、自由で大胆なアイデアを繰り出し、日本の幸せな未来という大きな志を貫く姿勢に憧れた。私は幸運にも、現代の龍馬たちに出会い、大きなビジョンのもと、本当にやりがいを感じられる仕事にたくさん携わることができた。コピーライティングは、最終的には目的ではなく手段だ。そのちからを軸に、何か人のためになることがしたい。そう思いながら辛いときも奮い立ってきた。そしてその気持はもちろん、今もこれからも変わらないだろう。

 でも、ある日、一滴の清らかな疑問が私に落ちてきた。急ぎの仕事でパソコンをみながら、お昼ごはんのサンドイッチを食べていたときのことだ。食べ終わったことすら実感もなく、その中身に何が入っていたのかも分からないまま食べていた自分に気づいたとき、ざらりとした違和感をおぼえた。 食べているサンドイッチの中身すら見ていない自分。未来や森を俯瞰から見ることに慢心して、私は、何か大切なものを見落としているのではないか。もっと目の前に、今日そこにある、命のよろこびみたいなものを。森を見ているつもりが、肝心の木を見ていない自分を感じた。森を見て、木を見ず。木がみずみずしく健やかでなければ、美しい森なんてできないのに。

 そして、昨年のコロナの時に感じたことが、決定的なターニングポイントになった。移動や行動の制限がされる中で、本当に自分がほしいもの、必要なものが浮かび上がってきた。まずは、移動制限で帰れなかった実家の家族だ。忙しい生活の中でも千葉の田舎に帰り、人っ子一人いない田んぼ道を歩いたり、父と薪を割って焚き火をしたり、蛙の声しかしない夜の時間を過ごしたりすることが、私にどんなに必要だったのかを知った。そして、田舎っ子ゆえに逆にあまり興味の無かった、花や、土や、泥だらけの野菜や、虫でさえも、無性に愛しくなった。コロナによって削ぎ落とされた毎日の中で私に必要だったものは、そういった花や草木やそこにある自然だったり、丁寧につくられた美味しいもの、家族と数人の友人、そういうものだった。そう、それらはとてもシンプルだった。私は、そういう自分のいのちを本当に満たしてくれるものたちに、もっと真っ直ぐに向き合った毎日を送っていきたいと思った。未来とか世界とかのためを考える前に、まずは自分の中にあるいのちが、きゃっきゃと喜ぶものごとに向きあいたい。働き方から変えようと思った。あたりまえに過ごしてきた、ある意味守られていたルーティンから抜け出すことで、もっと自分という「木」と向き合いながら、私なりの森を育てていきたい。私は、プールという会社をやめたかったわけではない。ただ新しい私をはじめたかった。

プールの中の蛙、大海を漂う。

 とはいえ、これからの働き方というのはとてもシンプルだ。まず、今暮らしている渋谷区と、実家のある千葉県・印西市の2拠点でリモートワークを中心に活動していくつもりだ。お昼時間に実家の畑を耕したり、プロジェクトによっては、各地域に滞在しながら仕事をするスタイルも考えている。(※これからといままでのしごとに関しては、こちらにまとめているのでよろしければご覧いただけたら幸いです。)

 プールという会社は、実におもしろい。私は言葉のちからを、毎日感じることができた。広告コミュニケーションを起点にしながらも、コンセプトクリエーションと言葉を軸に、プロダクト開発や、お店やホテルと言った施設、そして街の開発まで、多領域の開発プロジェクトに挑戦させてもらった。矢印のあるコンセプトと掛け声があれば、たくさんの人が関わる大きなプロジェクトもポジティブに動くことも体感できた。この思考と経験値が、これからの私の礎になっていくのは確かだと思っている。
 その上でこれからは、より一層、自分の心がつよく共感できるものごと、地域社会や、食・住・健康などといった「いのち」により近い領域を中心にフォーカスして、いままで培ってきた自分の技術、企画力を全集中させたい。「言葉」を軸に、健やかで明るいこれからのライフスタイルのアイデアを考え、提案していくことで、ほんの少しでも社会に貢献して生きていきたい。そんな気持ちで今日、プールから、海へお引越しします。プールから、海へ。ただし、ぐんぐんと突き進む大船ではなく、ちゃんと光や養分を感じて漂いながら、プランクトンといういのちの一粒として、常に生命力のあふれる企画をしていきたいと思います。サンドイッチの中身をちゃんと感じて味わいながら。



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