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ことばが救ってくれたのは…

私は16歳の時に、一人で海を越えた。

カナダの現地校に入り、社会も理科も数学も英語での授業を受ける事になった。

全て自分が望んだ事だったけれど、当時の英語の腕前はカナダ人の3歳児以下。

"How are you?"
"I'm fine. Thank you."

この後の会話が続かない状態だった。当然の事ながら、現実世界の会話は英語の教科書通りには進まない。

現地の高校に入った私は、授業の内容など一切理解できるはずも無く、宿題があったことすらわからない、なんて事もあった。

ホームステイ先ではあまり会話が無く、あってもその多くはスロバキア語…カナダは移民の国なので、2、3ヶ国語を流暢に操れる人はゴロゴロ居るし、家庭では英語以外の言語を使う人たちが大勢居る。

誤算だった。

家でも学校でも英語漬けになれると思っていたら、そう甘くはなかった。

仕方無く家では一人でテレビにかじりつき、辞書を片手に英語のシャワーを浴びまくった。

滞在3ヶ月目を迎える頃には、日常的な生活を営む上での極々最低限の意思疎通が何となくできる様になった。とは言え、まだまだわかる事よりわからない事の方が多い状態で、スラングを多用されたり訛りがあったり早口の場合は理解度が急降下。

話す方も文法は間違いだらけで、発音はカタカナ英語。

それでも知らない単語の意味を訊ねたり、何が理解できないかを何とか伝える事ができる様になった事は、大きな進歩だった。

そんな折、たまたま入ったお店で見知らぬ男性に声を掛けられた。

男性 "Where are you from?"
私  "Japan."

男性 "%^#$@#%*??"
私  "?????? I'm sorry. I don't speak English."

「どこから来たの?」と訊かれ「日本からです」と答えたまでは良かったが、その後に言われた事が聞き取れず、私は「すみません。英語は話せないのです」と逃げの切り札を使い、早々にその場を立ち去ろうとした。

するとその男性は言った。

"Your English is better than my Japanese."
「君の英語は、僕の日本語よりも上手だよ。」

なんて優しい一言だろう…

私はとても驚いた。苦笑いしながら"Thank you"と返すのが精一杯で、その後の展開は覚えていない。

訊かれた事が理解できず逃げようとした自分に不甲斐無さを感じていた私は、ただただその寛容な一言に救われた記憶だけが残ったのだ。

それにしても、気の利いたことばだった。

彼はきっと日本語なんて学んだ事もなかっただろうし、学ぶ気さえなかったと思う。当時の私にはそんな事に気付く余裕が無いくらい、慌てていた。

移民の国・カナダでは、英語があまり上手ではない人や全く話せない人がとても多い。しかし、みんながみんなそういう人達に優しい眼差しを向けてくれる訳ではなく、イライラされたり厳しい目を向けられる方も多かった。

私は学校の先生にまでばかにされたり、差別を受けたりした事もあった。

それ故、見知らぬ人が掛けてくれた言葉が16歳の私の心に染みた。

その後も何度か、行く先々で何を言われているか理解できずしどろもどろになると、同じ様な言葉を掛けてもらう場面があった。

"Your English is better than my Japanese."
"You speak English better than I speak Japanese."

「君の英語は、私の日本語よりも上手だよ。」

英語圏の国で英語ができずに迷惑を掛けているのはこちらなのに、気の利いた一言と私の拙い英語をわかろうとしてくれる姿勢に勇気付けられた。

そして、ゆっくりはっきり平易な言葉で言い直してくれたり、こちらの言う事が理解できない時には「もう一度言ってごらん」と根気よく私のことばに耳を傾けてくれた人も居た。

その結果、頭脳明晰ならずとも気力と体力だけでカナダの高校と大学を卒業できるまでになった事は、本当に奇跡だと思う。

ことばで苦しんでいた16歳の私は、ことばによって救われたのだ。

英語が下手で馬鹿にされ、もう英語を話すのは嫌だと思った事が幾度もあったけれど、あの時の見知らぬ人々の優しいことばがあったから、私は今も尚その英語を使いカナダで生きる事ができている。

aloha & mahalo!

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