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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」

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猫目の探偵、鯖虎キ次郎と愛猫とめきちが奇々怪々な事件に挑む。
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2016年6月の記事一覧

猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」6

□ガラス瓶 薄暗い地下室。
 青白い光に照らされた瓶の中に、透明な液体が満たされている。
 液体の中では、ピンク色の肉片がゆらーりと漂っている。
 ひとつめの瓶には肉片。
 ふたつめの瓶では、肉片に黄色い嘴がついている。
 瞬膜をかぶった眼ができている瓶もある。
 瓶の液体の中で、なにか鳥のような生き物が成長しているのだ。

キシィー、キシィー、シュ.
……建物のどこか他の場所から機械の音が聞こ

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」7

□葬儀 月明かりに照らされた雑司が谷の集会所で、地味な葬儀が営まれていた。
 祭壇には、死んだ山田光恵と一郎親子の写真が飾られている。
 読経もなく、線香の香りもない、殺風景な無宗教の葬儀。オーケストラが奏でるレクイエムが、どこからともなく聴こえている。

 祭壇の前で、鯖虎探偵は、光恵の写真をみつめていた。
 照れたような顔をした光恵は小さなミルク紅茶色の子猫を大事そうに抱えている。誰が撮影した

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」8

□鯖虎探偵の誕生 鯖虎キ次郎が、池袋西口商店街に探偵事務所を開いたのは10年ほど前。トレードマークは、縦に細長い瞳。相棒は愛猫とめきちと、助手の針筵だ。
 豊島区を中心にこれまで数々の難事件を解決し、天才探偵の名をほしいままにしている。警視庁瑣末警部とコンビを組んでの仕事も多い。

 探偵、鯖虎キ次郎は、練馬の神社で育った。
 父親は、練馬に古くからあった神社の神主、鯖虎英二。母親はわからない。生

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」9

□猫たちの溜息 殺人事件も、毒ガス事件もほとんど進展をみせないまま、池袋の街は梅雨時のうっとうしい空気に飲み込まれていった。

 そんなある日の夕方近く。
 ともちゃんはバー・ボブテールの裏口でなんだか妙な胸騒ぎを感じていた。

「この子たち、どこからきたのかしら」

 ともちゃんの目の前には、昨日までは見かけなかった数匹の猫がなにか物いいたげに佇んでいた。

 同じころ、鯖虎探偵社のビルの階段で

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」10

□大山の怪人 数日後、異様な暑さのなか、針筵が息を切らして探偵事務所に駆け込んできた。
 ワイシャツの背中は汗でぴったりと背中にはりつき、脇の下からは汗のしずくがしたたろうとしている。
 ぜいぜい言いながら無言で冷蔵庫をあけ、オレンジジュースのパックをあけるとドボドボとグラスに注いだ。一気に飲み干すと、ふぅぅと大きな息をつく。ハンカチを胸元につっこんでゴシゴシこすりながら早口で報告した。

「先生

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」11

□薄茶色の子猫 北池袋の獣医、カズ動物病院の入り口で針筵が所在なさげにたたずんでいた。ポケットからつまらなそうにラークマイルドを取り出して火を付けた。
 鯖虎と針筵は、税務署前で救出された子猫を獣医につれてきたのだった。
 針筵は獣医も含め病院というものと相性が悪い。さきほども鯖虎と子猫を受付で中に送り込むと、じゃ、まってますんで、と言い残してそうそうに出てきたのだった。

 診察室ではうす茶色の

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」12

□ふくろジャーナル 桃子は、二階の勉強部屋で寝っ転がりながら、「平次御馳走帖」という17才の少女にはあまり似つかわしくない時代劇漫画の1巻目を読み終え、明日はテストだというのに教科書を開きもせず、2巻目を鞄から取り出して表紙を開けようとした。そのとき、携帯電話にメールが着信した。

 桃子は、ひとめで父のお下がりとわかるシャンパンゴールド色のオヤジ臭い携帯電話をパカっとあけると微笑んだ。

「とも

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」13

□怪物の復活 板橋税務署裏の円錐形タワーからは、ますます黒いガスが発散されて、あたりを暗くしている。ガスばかりではない、何かあやしい妖気のようなものまで漂いでているようなのだ。
 工場の煙突という煙突に、スレートの屋根という屋根に、トタンの塀という塀に、黒光りする無数の烏がとまってじっと何かが起こるのを待っている。

 榊原文太の、レグホン培養作戦は順調だった。床に並べられた瓶の中では、無数の鶏の

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」14

□モールス信号 池袋西口の商店街真ん中あたり、蕎麦屋の角をつっと入った住宅地にある、小さな一軒家。
 かつては手入れの行き届いたイギリス風の庭であった事がみてとれるが、今では、蔓バラが生い茂る草むらのようになっている。
 ドアが開いて、この家の盲目の住人、茂吉さんが出てきた。先ほど郵便配達人がポストに郵便物を投げ入れた音が聞こえたらしい。黒眼鏡をひくひくいわせながら、白い杖をつきつき、郵便受けに向

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」15

□スクラップ 大山のタワー、榊原歯車製作所の屋上で、榊原文太はひとり神妙な顔で牛乳瓶の底眼鏡をずず、と上げた。
 クリーニングしたばかりで糊のきいた作業服、ピカピカに磨かれた安全靴。作業用の帽子を目深に被っている。榊原の正装だった。

「これより、α型ロボットの飛翔性能に関する実証実験を行います、です」

 そう高らかに宣言したものの、その場にいるのは榊原一人。孤独な正念場だった。
 彼の目の前に

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」16

□二人の忍者 月明かりのなか、大山商店街にすばしこく動く2つの人影があった。

 ひとつは長身、一つは丸い。鯖虎探偵と針筵助手だ。ふたりとも忍者の装束に身を包み、音もなく商店の屋根を、雑居ビルの壁面を移動していく。顔面にはものものしい防毒マスクをつけている。二人は潜入捜査は機能的な忍者装束と決めていた。

 やがて二つの影は、板橋税務署裏の、例のタワーに到着した。
 二人はタワーのスレート葺きの壁

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」17

□監視画像「なんだかヤバいですぜ、先生」
「なんなんだ、これは……」

 鯖虎探偵社の事務所で鯖虎と針筵は頭をかかえていた。
 目の前のモニターに次々に奇怪なものが映し出されている。鯖虎が例の大山のタワー内部に放ったマイクロ監視ロボットから、刻々と映像が送られて来ているのだ。その映像の異様さに、二人は言葉を失った。
 一つ目のモニターには工場にずらりとならんだ二足歩行のロボットが映し出されている。

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」18

□祭りの日 その日、大山の街は、おおいに賑わっていた。板橋区の農業祭だ。
 先日まで大山界隈を騒がせていた亜硫酸ガスもこのところほとんど検出されていない。
 露天でジャンボウインナーを買ってもらった子供が大はしゃぎで風のような速さで走り去っていく。足の悪いおばあさんが、区内でとれた化け物みたいなレモンを買い物袋一杯に詰め込んで、ぎこんばったんと嬉しそうに通り過ぎる。大通りを神輿が練り歩いていく。わ

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」19

□翼 そのころ、瑣末警部は科捜研にいた。
 目の前のステンレスのテーブルの上に、銀色に光る翼のようなものが横たわっている。
 ボール状の基部に取り付けられた薄い金属片が、扇状に広がっている。全体としてはコウモリの羽のような形に見えた。基部からは、何本ものリード線が飛び出し、その先端は引きちぎられたようになっていた。
 痩せた研究員が、興奮した面持ちであちこち点検している。

「これは、スゴイ……」

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