猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」18

□祭りの日

 その日、大山の街は、おおいに賑わっていた。板橋区の農業祭だ。
 先日まで大山界隈を騒がせていた亜硫酸ガスもこのところほとんど検出されていない。
 露天でジャンボウインナーを買ってもらった子供が大はしゃぎで風のような速さで走り去っていく。足の悪いおばあさんが、区内でとれた化け物みたいなレモンを買い物袋一杯に詰め込んで、ぎこんばったんと嬉しそうに通り過ぎる。大通りを神輿が練り歩いていく。わっしょいわっしょい。江戸から伝わる鉄砲隊も列をなして歩いて行った。

 そんな中、周囲の人々とはまた違ったテンポで歩く二人組がいた。鯖虎探偵と針筵助手だ。ゆっくりと通りを渡ると、上を見上げる。その視線の先には、榊原の工場タワーがあった。
 タワーは、しんと不気味に静まり返っていた。

「妙だな」
「へい、あの嫌な匂いもすっかり消えてますね」
「何かしでかすなら、今日は絶好のタイミングのはずなんだが……」
「そうですね……」

 露天が取り囲む広場には、またべつの二人組がいた。

「桃子、どうだ濃度は?」

 ふくろジャーナルの高山六郎が、タブレットPCを覗きこむ娘の桃子に尋ねる。

「編集長、亜硫酸ガス、ほとんど検出されません」
「そうか、見込み違いだったかな…」

 桃子はパパイヤのソフトクリームをぺろっと舐めてPCの電源を切った。

「こう、祭りの賑わいの中でさ、いたいけな子供がさ、5,6人、いや、この際2,30人さ、毒ガスでばたばたーっと倒れているところなんざ、絵になるんだがなあ」
「父さん、これじゃ、普通のお祭りの絵しかとれないよ」
「こら、仕事中には……」
「はい、編集長、このままでは、クソみたいなつまんない絵しかとれません」

 桃子は、バッグから愛用のカメラを取り出して、ファインダーを覗いた。ぐるっと体を回して、周辺の絵を切ってみるが、区の広報誌に載っているような退屈なイベント風景が見えるだけだった。

「なんとかなんねえかなあ、この際、オレが毒ガス捲くか」
「コラ、編集長、それやばくないっすか」
「それくらいガッカリだってことだよ」

 カメラのファインダーを覗いていた桃子が、「おっ」と声をあげた。

「なんだ?」
「鯖虎探偵が来てる」
「ん?」

 桃子のファインダーの中に、広場の入口で佇む鯖虎と針筵の姿があった。

「ほう、そら、今日は収穫ゼロでもなさそうだな」

 30分後、大山駅前の純喫茶エリーで、高山親子と鯖虎、針筵の4人はレモンスカッシュやらコーラやらを囲んで座っていた。

「鯖虎探偵、いったい、何を掴んでるんです?」
「うーむ……私にもまだよくわからんのだが……何か悪いことが進行中であることは確からしい」
「悪い事?」

 鯖虎探偵は、マドリードでの殺人鬼との決戦、そして山田親子はその殺人鬼の妻と息子であったこと、そして、あの税務署裏のタワーで密かに行われているおぞましい実験について語った。

「なんだかわけの分からない話ですね……、山田親子の死、毒ガス、殺人ロボット……ともかくすべての事象があの税務署裏の工場に結びついているということですか」
「そして、あの工場では、大量のロボットが作られようとしている」
「…!ロボットの群れ?」
「いや、群れというよりは、軍といったほうがいいかもしれない」
「このことは警部には?」
「まだだ。このところ連絡がとれないんだ。しかし、、彼は彼でなにか掴んでいるかもしれない」

 喫茶店の前を、神輿が通り過ぎていく。
 わっしょい、わっしょい!晴れやかな掛け声が遠ざかっていった。


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