猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」14

□モールス信号

 池袋西口の商店街真ん中あたり、蕎麦屋の角をつっと入った住宅地にある、小さな一軒家。
 かつては手入れの行き届いたイギリス風の庭であった事がみてとれるが、今では、蔓バラが生い茂る草むらのようになっている。
 ドアが開いて、この家の盲目の住人、茂吉さんが出てきた。先ほど郵便配達人がポストに郵便物を投げ入れた音が聞こえたらしい。黒眼鏡をひくひくいわせながら、白い杖をつきつき、郵便受けに向かっていく。
 白髪まじりの頭をかりかりとかき回し、慣れた手順で蔦のからまった郵便受けの扉をあけると、中から届いたばかりのA4封筒を取り出した。
 黒眼鏡の奥で見えない眼がにっこりと笑みを作った。愛用の白い杖を再びコトコト動かしながら、そそくさとリビングに戻っていった。

 テーブルにつくと、封筒をびりりと破る。
 その音を聞きつけ、シャム猫のミッキーがやってくる。
 茂吉さんは、封筒から「ふくろジャーナル」を取り出すと、テーブルの上に置いた。
 ふわっと音もなく床から飛び上がったミッキーは、すたんとテーブルに着地し、冊子の脇でぴたりと姿勢を正した。

「さあ、ミッキー頼むよ」

 茂吉さんは表紙をあけると、ミッキーの尻尾の先を自分の手のひらにのせた。

「みー」

 ミッキーはそう高く鳴いて、尻尾の先を茂吉さんの手のひらにぽんぽん、つー、ぽんぽん、とうちうつける。
 ミッキーは、冊子の文字を読み取り、それを尻尾を使ったモールス信号で茂吉さんに読んできかせているのだ。茂吉さんは、うんうんと頷きながら手のひらに集中する。

 ひとしきり、ぽんぽんしていたミッキーの尻尾が、今度はすっすっと茂吉さんの手のひらをなでる。

「よし」

 茂吉さんは無精髭をじょりじょりこすると、ページをめくった。ふくろジャーナルの第一特集は、例の大山の毒ガス事件だった。

 主筆、高山六郎の文章は、いつになく強い口調になっている。

 行政の再三の注意にもかかわらず、毒ガスの発生源である工場経営者はだんまりを決め込み、その要塞のような建物にこもったきりである。幸い、現在ガスの濃度は一時期ほどではなくなっているが、確かにまだ発散は続いており、継続的な監視が必要だ。
 さらに、この工場周辺では怪しい二足歩行ロボットの目撃が相次ぎ、板橋区志村、豊島区の雑司が谷付近でも目撃されている。この2地点では連続殺人事件も起きており、なにやら不気味な展開が予想される。
 これらについては、警察、及び、かの鯖虎探偵社の鯖虎キ次郎氏もおおいに興味を示し、独自の調査を始めている模様である。

「鯖虎探偵が出張ってきた……こりゃ大変な事になりそうだ……」

 茂吉さんは不安な面持ちで、ミッキーを膝に抱いた。

「今夜から、非常持ち出し袋を枕元に置いて寝よう…」


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