猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」15

□スクラップ

 大山のタワー、榊原歯車製作所の屋上で、榊原文太はひとり神妙な顔で牛乳瓶の底眼鏡をずず、と上げた。
 クリーニングしたばかりで糊のきいた作業服、ピカピカに磨かれた安全靴。作業用の帽子を目深に被っている。榊原の正装だった。

「これより、α型ロボットの飛翔性能に関する実証実験を行います、です」

 そう高らかに宣言したものの、その場にいるのは榊原一人。孤独な正念場だった。
 彼の目の前には、棺桶ほどの鉄製の箱が2つあった。

「羽の形状の異なる二種のロボットを飛翔させ、その性能を評価し、優秀な方を量産型と位置づけ、製造に入ります、です」

 榊原は、手にしたリモコンボックスのボタンを押した。
 2つの鉄製の箱の上部が開き、それぞれ翼を持った等身大のロボットが飛び出してきた。頭の位置には立体視用の2台のカメラが取り付けられている。

 キュイーン、キューン……

 ターボモーターの晴れやかな音が鳴り響いて、2台のロボットは羽ばたきを始めた。

 シャキッ、シャキッ、シャキシャキシャキ……。

 2台のロボットは空中へ飛び立った。

「では、シーケンスA群を実行します」

 榊原がリモコンのボタンを押す。

 2台のロボットは、旋回しながら上空へと浮かんでいった。
 榊原がスイッチを切り替えるたびに、ロボット達は、旋回し、ホバリングし、急降下して急上昇した。その姿は、次第に暮れていく赤い日差しに照らされて、じゃれあうように見えた。
 そのとき、周囲の工場のスレート板がバタバタと鳴りはじめ、ひんやりとした風が吹いてきた。旋回しながら降下していたロボットは、風に煽られてバランスを崩した。もがきながら落下していく二匹のロボット……しかし、一台は屋上の床すれすれで飛び上がり、上空でホバリングを始めた。もう一台はあえなく墜落して、クシャ、という意外に軽い音ともに大破した。

 その様子を無表情に見つめていた榊原は、壊れたロボットに近づいた。片方の翼は風に吹き飛ばされたのか、そこには見当たらない。安全靴で残された翼を踏みつけると、文太は呟いた。

「お前の負けだ」

 榊原がリモコンのストップボタンを押す。残ったロボットがシャキシャキと翼の音をさせながら屋上へと降りてきた。
 榊原は、降り立ったロボットの翼をチェックした。大丈夫だ、強度も十分だ。

「おめでとう、君の優勝だ。量産を許す」

 榊原の唾に濡れた唇が、バナナのような形に歪んだ。
 あははあ、俺は久しぶりに笑っている。
 はぁはぁはぁ……あははは。
 息が弾んで、鼻水がつーっと垂れてきた。

「これで製造にはいれる……工程表通りだ、あはは」


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