猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」6

□ガラス瓶

 薄暗い地下室。
 青白い光に照らされた瓶の中に、透明な液体が満たされている。
 液体の中では、ピンク色の肉片がゆらーりと漂っている。
 ひとつめの瓶には肉片。
 ふたつめの瓶では、肉片に黄色い嘴がついている。
 瞬膜をかぶった眼ができている瓶もある。
 瓶の液体の中で、なにか鳥のような生き物が成長しているのだ。

キシィー、キシィー、シュ.
……建物のどこか他の場所から機械の音が聞こえてきた。
 汎用旋盤のダイヤモンドの刃物が小さな歯車を削っているのだ。
 ミクロン精度の歯車が、今生まれている音だ。

 工作室で旋盤に向かう男の後ろ姿。
 使い込まれた汎用旋盤は、油で磨かれ、鈍い光を放っている。それを操作する男の眼鏡に、旋盤の刃先から飛び散る火花が反射していた。男は瞬きもせずに、一心不乱に歯車を削っている。
 その胸のネームプレートには「技師長 榊原」と書いてある。
 ぼさぼさの頭に、いわゆる「牛乳瓶の底めがね」をかけた真四角な顔、その頬には太すぎる無精ひげがまばらに生えている。
 建物の中には、ほかに人の気配はない。
 榊原歯車製作所。ひところは30人程度いた工場従業員はすべて解雇され、実質的な経営者である榊原文太と、多額な借金だけが残ったのだ。

 突然、トランペットスピーカーからチャイムの音が聞こえた。
 誰も聞くあてのない、テープのアナウンスが聞こえてくる。

「五時になりました。残業届けをだしていない方は、速やかに退社しましょう。五時になりました。残業届けをだしていない方は……」

 そのあとを続けて男はつぶやいた。

「速やかに 復讐しましょう」

 旋盤の火花がいっそう激しくまたたいた。


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