猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」7

□葬儀

 月明かりに照らされた雑司が谷の集会所で、地味な葬儀が営まれていた。
 祭壇には、死んだ山田光恵と一郎親子の写真が飾られている。
 読経もなく、線香の香りもない、殺風景な無宗教の葬儀。オーケストラが奏でるレクイエムが、どこからともなく聴こえている。

 祭壇の前で、鯖虎探偵は、光恵の写真をみつめていた。
 照れたような顔をした光恵は小さなミルク紅茶色の子猫を大事そうに抱えている。誰が撮影したものなのだろう?背景にはあの雑司ヶ谷のアパートが少しぼけて傾いて建っている。

 鯖虎は写真に一礼すると、出口に向かった。
 出入り口の脇ににもうけられた喫煙所で、一足先に出てきた針筵がつぼめた口から、ぽーっと煙を吹き上げている。

「しかし先生、お経も焼香もない葬式なんて手持ち無沙汰なもんですねえ」
「いいじゃないか、さっぱりしてて。私の時にもこれでたのむよ」

 その時、探偵を呼ぶ声が聴こえた。

「鯖虎さん!」

 振り向いてみると、池袋のタウン誌「ふくろジャーナル」の発行人兼編集長、高山六郎だった。丸刈りの頭を自分でくるくる撫でながら人なつこい顔で笑っている。

「おや、高山さん、どうして?」
「鯖虎さんこそ」
「あ、あぁ、依頼人の関係でちょっと……」
「そうでしたか。私は、大山の有毒ガスの件を調べてましてね、ひょんな事からこの山田親子の事に興味をもった次第でして……」

 ひと月ほど前から、大山で有毒ガスが発生してちょっとした騒ぎになっていた。中学校で生徒が原因不明の吐き気やめまいで倒れるという事件があいついでいる。分析によると大気中の高濃度の亜硫酸ガスによるものだという。高山はその事件を調べているうちに奇妙な証言に行き当たったのだという。
 夜、ガスの発生源があると思しき板橋税務署の裏あたりで、二足歩行のロボットのようなものを見たというのだ。それも複数の人間がほぼ同じ証言をしている。
 そこで取材の範囲を広げ、ロボットらしきものの目撃証言を集めるうち、証言が集中している志村坂上と雑司ヶ谷が浮かび上がった。そして、その二つの地点であいついで同じような殺人事件が起き、今日がその被害者の葬儀というわけだった。

「驚きましたよ、親子だったなんて……」
「うーむ、確かに。瑣末警部もロボットの目撃証言は把握しているようだった」
「そうですか」

 横で話を聞いていた針筵が大げさに首を傾げた。

「こりゃ、なんだか、ますますおかしな事になってきやがったな」


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