脱炭素に向けて会計制度が果たす役割
SDGs、ESG、脱炭素、など地球温暖化・気候変動リスクに関するニュース・記事を見ない日はないぐらい人類にとって地球温暖化そしてその対策としての脱炭素は急務の課題となってきています。
個人個人の行動様式を変えていかないといけないだけでなく、経済活動のメインプレーヤーである企業にも具体的な取り組みが求められています。
企業会計面からその活動結果の開示を促す、そして開示することによって企業の取り組みを動機づけるような仕組みも検討されています。
その1つがTCFD提言です。TCFDとはFSB(Financial Stability Board):金融安定理事会のタスクフォースで、気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosuresという組織であり、気候変動が企業活動に与える影響の視点から、企業の気候変動に関わるリスク・戦略などを検討して開示する枠組みをTCFD提言という形で示したものです。
TCFDの開示フレームワークは、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「目標・指標」という4つのカテゴリーから構成され、日本では7月27日時点で378団体が賛同表明しています。賛同表明自体は法的拘束力はありませんが、気候変動対応に対するコミットメントを表明することになります。
TCFDそのものは企業会計ではありませんが、事業活動の開示という点では企業会計と深い関わりがあります。
そもそも、企業に対して気候変動対応を促す力が会計制度にあるのでしょうか。
「REIMAGINING CAPITALISM 邦題 資本主義の再構築 日経新聞出版社」の著者であるレベッカ・ヘンダーソンは同様な疑問を呈しています。
「会計士が文明を救うためのカギを握っている、という考えを私が受け入れるまでにひどく時間がかかった(P155)」と。
しかし、ヘンダーソンは、次のように展開していきます。
会計士は会計ルールのわずかな変更で行動がいかに根本的に変わるかを伝えるのに心血を注いできた。現代の資本主義を支えているのが現代の会計制度であり、会計制度のおかげで投資家はその場に関係なく投資情報を入手できる。しかし、財務諸表だけに頼っていると膨大な情報を見落とすことになるし、そうした情報・データが存在するのか、大事なのかさえ分からない。このため、「環境・社会・企業統治(ESG)指標」はこの問題に対する1つの解決策になる。
投資家は指標という財務情報だけでなく、定型化された非財務情報によって気候変動対応という財務面からは見えにくい企業活動を知ることができるようになります。
この定型化に向けた1つの方向がTCFD提言になります。
では、歴史的にはどうだったのでしょうか。「帳簿の世界史 文春文庫 ジェイコブ・ソール」からは会計制度の目的の変遷が書かれています。
会計の基本は500年以上前から変わっておらず、「秩序正しく計算し記録する」というもので、アメリカ合衆国憲法第1章第9条7項では、「いっさいの公金の収支に関する正式な決算は、随時公表されなければならない」とあり、企業だけでなく国家の規律を保つ手段でもあります。
16世紀以後、オランダ経済が発展するにつれ「正しく計算し記録」する必要性が高まり、アムステルダムでは会計学校が急増します。オランダ人が会計を重視するのは、治水工事が適切に行われていることを財政面から管理するためでした。
会計制度はアメリカでは巨額の資金を必要とする鉄道会社が投資家を呼び込むために、財務資料の整備と開示を迫られたことから、より詳細にそして複雑になっていきます。鉄道会社が破綻し、投資家を巻き添えにすると資本主義を基盤とする政府・国家が機能不全に陥ってしまうことから、政府による監督が必要となります。しかし、政府には巨大な企業を監査する能力がなかったため、会計士が登場することになります。
以上が帳簿の歴史ですが、このように会計制度は「記録する」ことから「投資家に情報を与える」ために変遷してきました。その後のエンロン事件やリーマンショックでは、複雑になった企業活動を会計面から管理と開示を迫り、同様な危機が再発しないように会計諸制度が整備されました。
そして、今、投資家が必要としている情報は、その企業がどのくらい気候変動リスクに対応しているか、活動の結果はどうなのか、ということです。会計制度により企業の不正を防ぐというより、人類の喫緊の課題解決を会計面から後押しているといえます。
TCFD提言の内容にそって企業活動を統治することは企業にとって負担増になりますが、気候変動対応をしっかり行いそれを開示しないと、投資家から見放されてしまいますので、企業が脱炭素に真剣に取り組む動機付けとなります。
参考にした本
「REIMAGINING CAPITALISM 邦題 資本主義の再構築 日経新聞出版社 レベッカ・ヘンダーソン 高遠裕子訳」
「THE RECKONING 帳簿の世界史 文春文庫 ジェイコブ・ソール 村井章子訳」
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