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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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2022年10月の記事一覧

月と陽のあいだに 93

月と陽のあいだに 93

浮雲の章月族(4)

 タッサンは、手元の盃で口を濡らした。
「一方、陽族の中にも、我らに与する人々がいた。彼らは我らの祖先と交わり、共に家畜を追って野に生きていた。我らの祖先が追われた時、彼らもまた暗紫山脈へ向かう道を選んだ。彼らを率いたのは一人の青年で、彼はみなからアイハルと呼ばれた。我らの言葉で『暁の明星』だ。彼は一族を率いて、我らと共に暗紫山脈を越え、我らの同族が暮らしていた北の地に至った

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月と陽のあいだに 92

月と陽のあいだに 92

浮雲の章月族(3)

 その夜、族長一家の夕食は、ホスロも加わって一層賑やかになった。ホスロの隣で、ニイカナが嬉しそうに笑っている。タッサンも他の家族も、二人を自然に受け入れているように見えた。
「ホスロはあたしのいい人なんだよ。おじいちゃんも父さんも、あたしたちのことを認めてくれている」
屈託なく笑うニイカナが、白玲にはまぶしかった。その後も、ニイカナののろけは続いた。

 「月族は肌が雪のよう

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月と陽のあいだに 91

月と陽のあいだに 91

浮雲の章月族(2)

 湯気に目が慣れてくると、女たちの雪と見まごうほどの白い肌と、深い鳶色の髪が目に入った。白玲の故郷の陽族の人々は、濃い小麦色の肌に黒い髪をしている。暗紫山脈を越えた祖先も、おそらくそういう人々だっただろう。長い時間をかければ、あの小麦色の肌が、晒したように白くなるのだろうか。それに集落の人々はみな背が高い。ナダルが特にそうなのかと思っていたが、月族はみな長身なのだろうか。陽族

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月と陽のあいだに 90

月と陽のあいだに 90

浮雲の章月族(1)

 その夜、洞窟の外では雪がしんしんと降り続いた。雪解けが待たれるこの時期は、時折こうして大雪になることがあるとニイカナが教えてくれた。
「今夜は、あたしたちと一緒に休むといいよ。ずっと男と一緒で、気が休まらなかっただろうから」
「ありがとう。やっぱり女の人と一緒の方が落ち着くわ」
ニイカナの言葉に、白玲が笑って答えた。その夜は、本当にゆっくり眠ることができた。

 朝になると

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月と陽のあいだに 89

月と陽のあいだに 89

浮雲の章隠れ里(5)

 タッサンからもたらされた使節遭難の知らせに、月帝は激しく落胆した。アイハルも同行者も、みな将来を嘱望された若者たちだった。雪解けを待って、月帝は輝陽国へ使者を送った。使節一行の消息を問うた使者は、該当の人々が暗紫関を通過した記録はないと言われて、虚しく戻ってきた。
 さらに楔の報告を受けた月帝は、アイハルたちが殺害されたと信じた。手を下したのは、ナーリハイ領主だろう。内海

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月と陽のあいだに 88

月と陽のあいだに 88

浮雲の章隠れ里(4)

 「使節を送り出す数日前にも、我らは回廊を回って状況を確認していた。雪解けの近いこの時期は、雪崩が起きやすく、その兆候を知ることは何より大切だ。その時の見回りでは、特に危険は認められなかった。使節が出発した後も天候は安定し、大雪も降らなかったから、おそらく四日もあれば輝陽国へ到達できると考えていた」
 タッサンの言葉を、息子のオトライが引き継いだ。

 その雪崩は、思いもか

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月と陽のあいだに 87

月と陽のあいだに 87

浮雲の章隠れ里(3)

 久しぶりの客人を迎えて、夕食には族長一家が皆集まった。干し肉や干した果実を入れて煮込んだ汁物は、とろみがついて優しい味だった。春先に採って干した山菜を戻して炒めたものや漬物など、珍しい料理が並び、三人は舌鼓を打った。
 食事が終わると、皆で囲炉裏を囲み、酒が振る舞われた。酒が飲めない白玲には、発酵させた乳に蜂蜜を入れた飲み物が用意された。

 「十八年前のことだ」
 タッ

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月と陽のあいだに 86

月と陽のあいだに 86

浮雲の章隠れ里(2)

 タッサンが目を細め、白玲の顔を確かめるようにじっと見つめた。
「言われてみれば、確かにあの若者と目鼻立ちがよく似ている。しかしあの時の雪崩で、使節は全滅したのではなかったか?」
「我らも長らく、そう思っておりました。しかしアイハル殿下と侍衛のマリハは奇跡的に生き残り、輝陽国の白村に辿り着いたのです。重傷を負ったマリハは、白村についたときに命を落としましたが、アイハル殿下は

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月と陽のあいだに 85

月と陽のあいだに 85

浮雲の章隠れ里(1)

 集落は、山の崖に沿って造られていた。天然のものに手を入れたのか、いくつもの洞窟が並んでいる。中は思いのほか広々として、いくつかの洞窟が繋がっているようだった。
 男は三人を族長の家に案内した。入り口に掛けられた厚い布をめくると、囲炉裏の火の暖かさがあふれてきた。三人は、玄関のような土間で雪まみれの外套を脱ぎ、絨毯を敷き詰めた広間へ入った。
 奥には、毛皮の胴着を着た老人が

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月と陽のあいだに 84

月と陽のあいだに 84

浮雲の章暗紫越え(8)

 暗紫回廊の月蛾国側の関はナーリハイ領にあるが、山の部族は独自の道を使って細々と交易をおこなっている。その道を行けば、ナーリハイ領の関を通らずに、月蛾国に入ることができる。しかし山の部族は他からの襲撃を恐れて、一族の者以外には滅多にその道を教えない。あとは交渉するしかない、ということだった。
「とにかくコヘル様が落ち着けるところへ急ぎましょう。集落に入れば、もう少し楽に休

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月と陽のあいだに 83

月と陽のあいだに 83

浮雲の章暗紫越え(7)

 やがて戻ったナダルは、ノウサギを持っていた。餌を求めて出てきたのか、木陰にいたのをうまく仕留められたという。今夜はご馳走だねと笑う二人に、白玲はどういう顔をしたら良いか迷った。
「外で解体して、料理も私がします。初めてのあなたには、少し辛いでしょうから」
ナダルはそう言って、再び外へ出て行った。
「私たちが普段目にしないだけで、他の生き物の命をいただいているのは、人も動

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月と陽のあいだに 82

月と陽のあいだに 82

浮雲の章暗紫越え(6)

 夜のうちに雪は止んだ。夜明けの気配に目覚めた白玲は、雪洞から顔を出して思わず目を細めた。のぼったばかりの朝日が、新たに降り積もった雪に反射して輝いている。
「きれい」
つぶやいて目を閉じた。まぶし過ぎて、目を開けていられなかった。
「もっと寒い時期には、氷の粒がキラキラと輝いて漂うのですよ。山道を歩くには難儀しますが、また見たいと思ってしまう景色です」
 白玲の後ろから

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月と陽のあいだに 81

月と陽のあいだに 81

浮雲の章暗紫越え(5)

 翌朝は冷えた。小屋のまわりの雪はカチカチに凍りつき、囲炉裏の火を絶やさずにいても、体は芯から冷えた。早く目覚めた白玲は、コヘルのために薬草茶を入れた。気配に気づいて起き出したナダルにも、蜂蜜入りの薬草茶と囲炉裏で炙った焼き菓子を用意した。朝食を済ませると、三人は小屋を後にした。凍りついた雪に足を取られないように気をつけながら、細い山道を黙々と歩いていった。

 山の天候

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月と陽のあいだに 80

月と陽のあいだに 80

浮雲の章暗紫越え(4)

 「あと二日この道をたどれば、山の部族の集落があります。そこまで行けば、月蛾国から応援の者が来ます。あと二日。年寄りの迷惑をお許しください」
白玲は握ったままのコヘルの手を頬に当てた。
「私のために、たくさんご無理をしてくださったのですね。それなのに何も知らず、ずいぶん失礼なことを申しました。私の方こそお許しください。慣れない山道で大したお手伝いもできませんが、私にできる

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