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月と陽のあいだに 93

浮雲の章

月族(4)

 タッサンは、手元のさかずきで口をらした。
「一方、陽族の中にも、我らにくみする人々がいた。彼らは我らの祖先と交わり、共に家畜を追って野に生きていた。我らの祖先が追われた時、彼らもまた暗紫あんし山脈へ向かう道を選んだ。彼らをひきいたのは一人の青年で、彼はみなからアイハルと呼ばれた。我らの言葉で『あかつき明星みょうじょう』だ。彼は一族を率いて、我らと共に暗紫山脈を越え、我らの同族が暮らしていた北の地に至った。
 もともと我らの祖先は、氏族しぞくごとにまとまって暮らしていた。氏族の中で助け合い、子を育て、氏族同士はゆるやかにつながりながら、広い大地を共有していた。
 アイハルは、我らの祖先のあり方を尊重そんちょうし、自らの氏族を率いながら、多くの氏族が平和に共存できるように力をくした。やがて、彼とその子孫は、氏族をまとめて月蛾げつが国を打ち建て、月帝となったのだ」
 タッサンは、白玲の黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「白い肌と鳶色の髪は、もともとこの地に暮らしていた我らの祖先のものだ。アイハルが率いた人々は、小麦色の肌と黒い髪を持っていたが、長い間に二つの種族は交わり、今の月族となった。我らは、追いやられた蛮族ばんぞくではない。氏族を守り、北の大地を守る誇り高い者なのだよ」
 話し終えたタッサンは、長い息を吐いた。

 白玲の脳裏のうりに、大神殿の御文庫ごぶんこで日々読み進めた、たくさんの石板文書が浮かんだ。あの、書き手の息遣いきづかいまで聞こえそうな文書もんじょにも、意図いとしてかくされたことがたくさんあったのだ。石板から消された先祖の歴史の別な顔が、今ありありと白玲の目に浮かんだ。
「もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
白玲は、ためらいながらタッサンにたずねた。
「何なりと」
タッサンは面白おもしろいものを見る目を、白玲に向けた。

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