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月と陽のあいだに 82

浮雲の章

暗紫越え(6)

 夜のうちに雪は止んだ。夜明けの気配に目覚めざめた白玲はくれいは、雪洞せつどうから顔を出して思わず目を細めた。のぼったばかりの朝日が、新たに降り積もった雪に反射して輝いている。
「きれい」
つぶやいて目を閉じた。まぶし過ぎて、目を開けていられなかった。
「もっと寒い時期には、氷の粒がキラキラと輝いてただようのですよ。山道を歩くには難儀なんぎしますが、また見たいと思ってしまう景色です」
 白玲の後ろから、ナダルも顔を出した。狭い雪洞の入り口に、寄り添うように座った二人は、静かにきらめく朝日をあびた。

 こおった雪の上に、新雪しんせつが積もると危険だ。降り積もったやわらかい雪は、足を取られやすいし、わずかな衝撃でも滑り落ちて雪崩なだれを起こす。三人は昨日以上に注意深く、ゆっくりと雪を踏みしめて歩いた。その歩みは遅々として、普段なら一刻ほどで歩ける距離に、倍近い時間がかかった。次の避難小屋に着いたのは、太陽が中天ちゅうてん高く上がった頃だった。この先にある山の部族の集落まで、まだ二刻以上歩かなければならない。
 ナダルは悩んだ。このまま少しでも前進して、今夜も雪洞で野営やえいするか。あるいはここで休息し、明日一気に集落まで歩くか。自分と白玲だけなら、あるいはコヘルと二人なら、なんとかなるかもしれないが、病人と娘を一手に引き受けるのは無理だった。何より、コヘルの消耗しょうもうが激しい。
「今日はここで休みましょう。この新雪では、追手おってがかかっても追いつくには時間がかかる。今日は体を休めて、明日一気に村まで歩きましょう」
そう言うと、あたりの様子をさぐりに、森へ出かけて行った。白玲は囲炉裏いろりに火をこすと、雪を溶かして温かい薬草茶を淹れた。コヘルは土間の奥の小上がりに腰掛けて、壁にもたれていた。温かい茶を飲むと、ようやく頬に赤みが戻った。

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