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月と陽のあいだに 85

浮雲の章

かくれ里(1)

 集落は、山のがけに沿って造られていた。天然のものに手を入れたのか、いくつもの洞窟どうくつが並んでいる。中は思いのほか広々として、いくつかの洞窟がつながっているようだった。
 男は三人を族長ぞくちょうの家に案内した。入り口に掛けられた厚い布をめくると、囲炉裏いろりの火の暖かさがあふれてきた。三人は、玄関のような土間で雪まみれの外套がいとうを脱ぎ、絨毯じゅうたんを敷き詰めた広間へ入った。
 奥には、毛皮の胴着どうぎを着た老人が座り、その両側に同じような服装の男女が数人並んでいた。コヘルは敷物にひざまずき、老人に丁寧に頭を下げた。
「急なおとないにもかかわらず、我らを受け入れてくださりお礼申し上げます。族長は、相変わらずお元気そうですな」
コヘルの言葉に鷹揚おうように頷いたのは、山の部族アル・アンシの族長タッサンだ。
「このような時期に客人とは珍しい。どこの御仁ごじんかと思えば、ご老体ではないか。先ほどサクリョウ殿と名乗られたが、コヘルおうとお呼びした方が良いのではないか」
「タッサン殿に嘘はつけませんな。今回は、私の最後のご奉公ほうこうで山越えをしております」
 コヘルは笑いながら答えたが、その声はかすれて顔色も悪かった。とにかく温かいものをと、年嵩としかさの女が飲み物を勧めてくれた。白く濁った飲み物は、山羊やぎの乳に香草こうそうを加えたもので、かすかに甘く体に沁みた。

 白玲はくれいの顔を見た女は、何かを思い出すように数回まばたきをすると、じっと考え込んだ。タッサンも、先ほどから白玲を見ている。
「その娘御むすめごは、コヘル翁の縁者か? 私は、どこかで見覚えがあるような気がしてならぬのだが」
 タッサンの言葉に、コヘルは白玲を振り返り、こちらへと促した。
「十八年前のこの時期に、月蛾げつが国から輝陽きよう国へ向かった一行を、覚えておられますかな」
コヘルの問いに、タッサンが頷いた。
「打ち続く飢饉ききんに、輝陽国から食料を調達するために月帝げっていが送り出した使者だったな。息子が道案内をしたのでよく覚えている」
「この娘さんは、その時の正使アイハル殿下のご息女です」

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