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月と陽のあいだに 80

浮雲の章

暗紫越え(4)

 「あと二日この道をたどれば、山の部族の集落があります。そこまで行けば、月蛾げつが国から応援の者が来ます。あと二日。年寄りの迷惑をお許しください」
白玲はくれいは握ったままのコヘルの手を頬に当てた。
「私のために、たくさんご無理をしてくださったのですね。それなのに何も知らず、ずいぶん失礼なことを申しました。私の方こそお許しください。慣れない山道で大したお手伝いもできませんが、私にできることは遠慮なくおっしゃってください。月蛾国でお孫さんがお待ちなのですよね。無事に帰って、安心していただかなくては」
 ナダルが蜂蜜入りの薬草茶をれてくれた。その茶碗をコヘルの手に握らせると、白玲は囲炉裏いろりの火をき起こした。やがて横になったコヘルに自分の上着をかけて「おやすみなさい」と言うと、白玲は小屋の外に出た。

 見上げる空は雲もなく、満天の星が降るように輝いている。
「寒くありませんか?」
 後ろからナダルが声をかけると、白玲は振り返らずに「大丈夫」と答えた。頬の涙を見られたくなかったのだ。ナダルは白玲の隣に立つと、同じように空を見上げた。
「こんなに星が耀く夜は、明け方とても寒くなります。あなたも早く休んでください。コヘル様のことは、私がなんとかします。荷物を少し手伝っていただくことになるかもしれませんが、村に着けば村人に同行してくれるように頼むこともできるでしょう。あなたもコヘル様も、無事に月蛾国へお連れします。それが私のつとめですから」
 そう言ってナダルは小屋へ戻りかけた。白玲はその手をつかまえると、ありがとうと小さな声で礼を言った。

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