全プロセスを完全解説!:本人訴訟で労働審判を申立てて未払い残業代を取り戻す【労働審判手続申立書・証拠説明書テンプレート付き】
これまで「労働審判手続申立書」や「証拠説明書」の書き方などについて解説してきましたが、ここで労働審判の申立て「残業代請求労働審判事件」の全プロセスを、一つのnote記事として整理したいと思います。元従業員のあなたが元雇主の会社に対して未払い残業代を請求するにあたって、代理人弁護士に依頼することなく本人訴訟を検討する場合は、必ず役に立つと思います。
なお、本note記事は、著書から労働審判の申立てと未払い残業代の請求に関するエッセンスを抜き出して、これまで書いたnote記事と合体させつつ、プロセスに焦点をあてて、具体的かつわかりやすいように加筆したものです。
構成は⓪から⑬までとなっていますので、順番にしたがって進めていけば独力で本人訴訟の労働審判ができるようになっています。⑭では、結びに「本人訴訟の労働審判前に問い直すべき5ポイント」を提示しています。「プラスα」と題して応用ポイントも示していますので、参考にしてください。
また、「勤怠管理表」のエクセルファイル、「労働審判手続申立書」「証拠説明書」のワードファイル、「別紙」のPDFファイルを添付していますので、必要に応じて編集してご使用ください。私自身の本人訴訟の経験談、および「本人訴訟経験者の座談会」(2つの有料記事+2つの無料記事)も付けています。
私自身の本人訴訟の経験談では、私が経験した「任意交渉→労働審判→民事訴訟」のプロセスを読みやすいようにまとめています。「本人訴訟経験者の座談会」では、天山さんが経験した労働審判、水畑さんが経験した簡易裁判などについて、私がモデレーターをつとめて、やり取りしています(両者とも、私と同じく法律のしろうとです)。本人訴訟を検討される方は、これらを読めば、必ず役に立つインスピレーションを感じることができると思います。
本note記事をすべて読んでいただければ、労働審判の申立てに関するプロセスがAll-in-Oneでお得に習得できると思います。保存版としても利用できます。けっして安易に本人訴訟をお勧めするというわけではありませんが、ブラック企業に立ち向かう勇気を奮い立たせるツールとして、また実務的な情報の元として、このnoteをご活用ください。
では、以下どうぞ。
はじめに
このnoteでは、労働問題のツートップの一つ、未払い残業代問題について解説していきます。(ツートップのもう一つ、不当解雇問題については、こちらのマガジンで現在連載中。不当解雇問題を抱えている方は、ぜひ目を通していただければと思います。)
労働者なら、法律で定められた一日の労働時間は8時間。8時間を超えて仕事をすると、超過分は時間外労働になります。時間外労働をすると、労働基準法にしたがって割増賃金(残業代)が支払われなければなりません。
しかし、残業代がきちんと支払われているかと言えば、多くの会社ではけっしてそうではないかもしれません。時間外労働をしたことを会社に申告できない・・。申告しても会社が払ってくれない・・。固定残業代のみ支払われている・・。課長職なので残業代をもらう権利がない・・。未払い残業代の発生にはいろいろ理由や事情があると思いますが、それを請求しようとしても会社が労働者に対して圧倒的に優位な立場にあることは明らかでしょう。
そうした場合、問題解決の方法の一つが、意を決して訴訟を提起すること。労働者が訴訟を起こして会社に未払い残業代を請求するのです。請求の舞台が裁判所となれば、原告たる労働者と被告たる会社の立場は対等です。
ここで、訴訟の提起にあたって労働者にまず立ちはだかるハードルが、訴訟にかかる費用です。通常、訴訟にかかる費用は「訴訟費用+実費+弁護士費用」。うち、大部分を占めるのが弁護士費用に他なりません。弁護士を労働者の原告代理人に選任するなら、そのための費用が必要です。費用についての詳細は、第3回noteを参照してください。
例えば未払い残業代が20万円くらいとして、着手金や成功報酬などの弁護士費用を考慮すれば、労働者は費用倒れになる可能性があります。金額が低過ぎることから、弁護士も代理人を引き受けないかもしれません。また、一般的に、会社は資金に余裕があるのに対して、労働者は必ずしもそうではないでしょう。労働者は、結果が見えない訴訟の着手金を、弁護士に前金で一括払いすることに抵抗があるかもしれません。
では、未払い残業代を請求したい労働者はどうすればよいのか。そこで、私がお勧めするのが本人訴訟です。
本人訴訟にはメリット(第3回note)もデメリット(第4回note)もあります。あなたが未払い残業代の問題に直面したとき、感情的にならず悲観的にもなりすぎず、冷静に対処することを心掛けたうえで、それらメリットとデメリットを自身で分析して、本人訴訟を選択するかどうか決めていただきたいと思います。
以下では、もしあなたが本人訴訟で労働審判を申立てて、未払い残業代を雇主の会社から取り戻すと決断するなら、そのための手順を説明したいと思います。
⓪ 未払い残業代を請求する前提条件
まず、任意交渉や労働審判で未払い残業代を請求するために、2つの前提条件を確認してください。
第一の前提条件は、あなたが元雇主と雇用契約を結んでいた労働者であったこと、つまり元雇主の会社の従業員であったということです。これを「労働者性」と言います。それは、労働基準法上の労働者でなければ、残業代(=割増賃金)が支給される対象にはならないからです。しかし、仮に雇用契約を結んでおらず、例えばで形式上は委託契約を結んで個人事業主という立場で会社で働いていたとしても、会社の従業員であったかどうかは実態に即して判断されますので、そこは争った方がよいケースもあると思います。詳しくは、第26回noteを参照してください。
第二の前提条件は、賃金請求権の消滅時効2年が過ぎていないということです。元雇主の会社には代理人弁護士が付くでしょうから、もし消滅時効2年が経過しているなら、必ず援用(消滅時効の利益を受けることを相手に伝えること)がされて、いくら労働審判や民事訴訟を起こしても無駄になってしまう可能性があります。その2年が過ぎてしまっている場合、消滅時効の起点(いつから消滅時効が始まるのか)を争点にするケースもあるようですが、実際には難しいのではないかと思っています。詳しくは、第18回noteを参照してください。
ちなみに、労働基準法上の「管理監督者」には、普通残業代は支給されませんが、深夜残業代は支給されます。また、仮にあなたが会社で課長や部長の役職にあったとしても、そのことがそのまま法律上の「管理監督者」に該当するとは限りません。詳しくは、第27回noteを参照願います。
これら「労働者性」と「消滅時効」と「管理監督者性」は、任意交渉の段階、さらには労働審判ないし民事訴訟の段階において、あなたと元雇主の間で争点になる可能性があるものです。事前にしっかりと確認して、考え方を定めておきましょう。
① 証拠を集める
証拠を集めましょう。
任意交渉の段階ならともかく、民事訴訟では、あなたが主張することが仮に事実であるとしても、証拠をもとに立証されない限り、それは事実でも真実でも何でもありません。解決そのものを重要視する労働審判でも、やはり証拠に基づく事実の立証は必須と考えてください。
第12回noteでも解説していますが、証拠は人的証拠(人証)と物的証拠(物証)に分かれます。人証は証人・鑑定人・当事者本人の3種類、物証は文書(書証)と検証物の2種類があります。人証は、法廷での証人尋問や当事者尋問を通して取得されます。検証物とは、例えば建物やオフィスなどを調べて収集される情報のことで、その情報が証拠とされるものです。労働審判で人証や検証物を求められることは稀です。その代わり、第一回期日での質疑応答のもととなる書証が重要になってきます。
そこで、少なくとも書証3点セット-「雇用契約書」「タイムカード」「給与支給明細書」-を入手してください。「就業規則」や「給与規程」「経理規程」「権限規程」など会社規程も入手できればベターです。
第30回、第31回、第32回、第35回、第36回、第37回、第38回、第42回、第43回、第44回のnoteで証拠説明書の説明をしましたが、その中で証拠それぞれの役割について解説しています。
なお、「雇用契約書」と「就業規則」の違いについては、第45回noteを参照してください。
とりわけタイムカードは、通常、雇主側・会社側にのみあるもので、入手は困難かもしれません。雇主がタイムカードを開示しないケース、そもそもタイムカードが存在しないケース、雇主がタイムカードを隠す、破棄する、改ざんするケースなど、タイムカードを入手することが不可能な場合の対処方法については、第38回と第42回のnoteを参考にしながら、元雇主の会社と交渉してください。
タイムカードを入手できれば、それをもとにしてエクセルで「勤怠管理表」を作成してください。次のファイルを編集してご使用ください。のちの労働審判では、この「勤怠管理表」を、「別紙」として「労働審判手続申立書」に添付することになります。
添付:「勤怠管理表」テンプレート
入手したタイムカードの記録(原本/写し)は、労働審判ないし民事訴訟で証拠(書証)として扱うことになります。なお、自分で作成した「勤怠管理表」は、証拠(書証)ではなくあくまで「別紙」の扱いです(以下参照)。
② 未払い残業代の金額を算出する
入手したタイムカードを元に未払い残業代の金額を確定させましょう。「勤怠管理表」ファイルを使って、未払い残業代の金額を算出してください。
あくまで入手できているタイムカードに基づいての金額算出、または推定金額の算出でも大丈夫です。この時点では、絶対に正確な金額でなければいけないということはありません。いずれにせよ、のちのち任意交渉や労働審判の段階で、算出した金額はより精緻な金額へ修正したり、また調整(減額調整 or 増額調整)されることになります。
ただし、少な目の金額よりも、多めの金額を算出してください。もちろん、やみくもに多めの金額ということではなくて、ある程度の根拠には基づいてください。
未払い残業代の算出方法は第19回、第20回、第21回のnoteを参照していただきたいと思いますが、計算式は「割増賃金=通常の賃金の単価×割増率×所定外労働時間」です。
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