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労働審判手続申立書の書き方~その5~

まず復習から。第19回noteで解説したように、割増賃金(残業代)を算出するための計算式は、
    
割増賃金(残業代)=基礎賃金×割増率×所定外労働時間

です。基礎賃金はいわゆる時給。割増率の最低ラインは労働基準法第37条1項に基づいて1.25(会社によっては、就業規則や賃金規程で割増率を1.30など高めに設定しているところもあるかもしれません。)。所定外労働時間は残業をした時間。例えば、時給が1310円として、ある月に残業を合計20時間したとします。であれば、その月の割増賃金(残業代)は「1310円×1.25×20時間」で算出され、3万2750円ということになります。

では、前回のnoteで書き出した「第2 申立ての理由」の「2.所定労働時間、及び基礎賃金」から解説していきましょう。できれば、書き出した文章を見ながら解説をお読みいただければと思います。

まず、(1)所定労働時間。始業が午前9時、終業が午後6時として、所定就業時間は9時間。そのうち雇用契約によって定められる休憩時間1時間を除いた実働時間8時間が所定労働時間です。これは雇用契約書に明確に規定されているはずです。そして、未払い残業代が発生した年の所定労働日数がわかるでしょうから、「所定労働時間×所定労働日数=年間の所定労働時間」ということになります。一日の所定労働時間が8時間、年間の所定労働日数を240日とすれば、「8時間×240日=1920時間」が年間の所定労働時間となります。

次に、(2)給与の基礎額。これは、1時間当たりの労働単価(つまり、時給)を算出するための基礎となる給与の範囲を確定させた上で、その範囲内の合計金額のことです。月毎の給与支給明細書に支給項目が明記されていると思いますし、どのような金額が支給されるのかは雇用契約書にも規定されているでしょう。

当然、「月給(月当たりの基本給)」は給与の範囲です。仮に年俸制であっても、月給はすぐにわかるでしょう。労働基準法第37条5項・労働基準法施行規則第21条では、家族手当・通勤手当・子女教育手当・住宅手当・臨時の賃金などはその給与の範囲に入らないとされています。よって、一般的に、月給のほか、管理者手当係長手当主任手当・リーダー手当などが給与の範囲となります。書き出した申立書では月給と主任手当の合計額が月当たりの給与の基礎額で、その12掛けが年間の給与の基礎額となっています。例えば、月給が20万円、主任手当が1万円とすれば、年間の給与の基礎額は「(20万円+1万円)×12ヶ月=252万円」となります。

次に、(3)基礎賃金。これは、まさに、1時間当たりの労働単価(つまり、時給)のことです。上の(1)で年間の所定労働時間、(2)で年間の給与の基礎額がわかっていますので、「年間の給与の基礎額÷年間の所定労働時間=基礎賃金」となります。上の事例の数字に従うなら、基礎賃金は「252万円÷1920時間=1312円」となります。

そして、(4)休日。前回のコラムで述べた「法定休日」と「法定外休日」はいつかを記載します。雇用契約書や就業規則に規定があるはずです。

では、「第2 申立ての理由」の「3.残業の実績」の箇所の解説に移りましょう。まず、(1)残業の実態。ここでは、いかに残業をせざるを得なかったかを書いていきます。「業務内容や業務量からして、所定労働時間の8時間で終わるものではなかった」「会社が従業員の勤務時間や業務進捗の管理をしておらず、残業が常態化していた」「始業前に30分間の朝礼が定例化していた」等などです。証拠については改めて説明しますが、ここでは日報・業務報告・議事録などの証拠を付けると、残業に至る勤務実態の裏付けになるでしょう。

次に、(2)時間管理の方法、及び残業実績の裏付け。ここでは、どのように勤務時間が管理されていたか、把握されていたかを書きます。タイムカード、指紋認証勤怠記録、社員証の入退室記録などが適切な管理方法でしょう。労働基準法第109条で、会社(雇い主)には、労働者名簿、賃金台帳、その他労働関係に関する重要な書類については3年間の保存が義務付けられています。私は指紋認証のタイムカードを使いました。タイムカードには始業時間と終業時間が分単位で正確に打刻されています。先に所定就業時間と所定労働時間が提示されていますので、それらをタイムカードに照会することによって所定外労働時間(=残業時間)の実績を把握することができます。もちろん、タイムカードは証拠(書証)として労働審判委員会へ提出します。

続いて、(3)残業時間。ここでは3種類の残業時間を書きます。①「午後10時まで」ないし「午前5時以降」の普通残業時間、②「午後10時から午前5時まで」の深夜残業時間、そして③労働基準法第37条1項のただし書きに定められた月60時間を超える残業時間(再掲)です。この③については時限的(厚労省の資料によれば、2023年3月31日まで)に適用の猶予措置が定められていますが、別途の説明とさせてください。これら3つの残業時間がタイムカードから読み取れるはずです。各残業時間を表計算ソフトで集計して、「別紙」として添付するのもよいでしょう(「別紙」の役割は改めて説明します)。

ところで、残業代を請求することができる時間の単位は何分でしょうか。1分、5分、10分、30分、60分のどれか。タイムカードがあるなら、ほとんどの場合、1分単位で勤務時間の管理がされているでしょう。しかし、労働基準法上は、残業代を支払う際の単位時間に関する規定はどこにも見当たりません。その点、労働省労働基準局長通達「昭和63年3月14日基発第150号」では、「時間外労働および休日労働、深夜労働の 1 ヶ月単位の合計について、1時間未満の端数がある場合は、30分未満の端数を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げること」とされています。

とすると、労働基準法第24条と同法第37条1項を素直に読んだうえで、この「昭和63年3月14日基発第150号」から解釈すれば、「残業代は残業時間1分単位で請求することができる」、ただし「1ヶ月単位の残業時間の合計に限り、1時間未満の端数がある場合、それが30分未満であれば切り捨て、それが30分以上であれば切り上げで計算してもよい」ということになるようです。正確には通達は法律ではありませんが、このように解釈することが自然と思います。私の場合、あえて未払い残業代を1分単位で計算し、端数は「基礎賃金×割増率×(○○分÷60分)」で算出しました。

以上で残業代請求の準備は完了です。残業代を請求するために、基礎賃金・割増率・残業時間のすべてを把握しました。さあ、次の段落が「4.未払い残業代の請求」です。これこそ「第2 申立ての理由」の結論部分、大詰めです。

ですが、今回は相当な超長文になってしまいましたので、続きは次回とさせてください。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。


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