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労働審判手続申立書の書き方~その6~

第16回第19回第20回のnoteで、労働審判手続申立書の「第2 申立ての理由」の「1.当事者」「2.所定労働時間、及び基礎賃金」「3.残業の実績」まで解説してきました。これで「当事者の定義」⇒「事実関係の明確化」ができたわけですから、次は「(相手方の)支払義務の主張」です。その主張をするのが、申立書の「4.未払い残業代の請求」の箇所です。では、解説していきましょう。

まず、(1)残業代請求に際しての基礎賃金。ここのまでの申立書の記述から、「年間の給与の基礎額÷年間の所定労働時間」で基礎賃金が算出されます。金額を記述してください。

次に、(2)残業代請求の基礎となる残業時間。「所定労働時間が定められた雇用契約書ないし就業規則」と「始業時間・終業時間が打刻されたタイムカード」の二つの証拠(書証)を互いに照らし合わせると、所定外労働時間(残業時間)が導き出されます。残業をした時間帯に応じて(時間帯については第20回のコラムで説明済)、普通残業時間深夜残業時間に分けて記述してください。割増率はそれぞれ1.25と1.50です。

加えて、労働基準法第37条1項のただし書きに定められた月60時間を超える残業時間(再掲)も記述してください。この残業時間については割増率が1.50になるからです。

ただし、労働基準法第138条に則れば、「当分の間」は同法第37条1項のただし書きは中小企業には適用されず猶予されることになります(「当分の間」の猶予措置は、厚生労働省の『「働き方改革」について』(平成30年7月)という資料によれば、2023年4月1日から廃止)。

ここで言う中小企業とは、同法同条によると「その資本金の額又は出資の総額が三億円(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が三百人(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については百人)以下である事業主」とされています。

もし相手方の会社(雇い主)がこの中小企業に該当するなら、猶予措置が廃止されるまでは、申立人が「月60時間を超える残業時間(再掲)」を記述しても、相手方は第37条1項のただし書きで定められた割増率で残業代を支払う必要はありません。なので、記述自体、結局は無駄になってしまうわけです。しかし、この猶予措置については会社(雇い主)の代理人弁護士が答弁書や準備書面などで主張してくるでしょうから、申立人としては主張するだけは主張しておけばよいと思います。余談ですが、私の労働審判のケースでは、相手方たる会社(雇い主)に付いた代理人弁護士がこの猶予措置のことを知らなかった節があり、労働審判官から「この60時間超の割増賃金についてはどうお考えですか?」とあえて質問されていました。

「働き方改革」が声高にさけばれる今の世の中。サービス残業を放置しているのは中小企業が多いとも思われます。そうであるなら、「労働基準法第37条1項のただし書き」を適用して、「月60時間を超える残業時間(再掲)」の割増賃金を払ってもらうというのはなかなか難しいのかもしれません。

次に、(3)割増率。これまでも出てきているように、普通残業時間の割増率は労働基準法第37条1項にしたがって1.25。深夜残業時間の割増率は労働基準法第37条4項にしたがって1.50。繰り返しですが、月60時間を超える残業時間(再掲)の割増率は労働基準法第37条1項のただし書きにしたがって1.50です。

「労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令」に基づいて、「法定休日」の労働については1.35の割増率。第19回のコラムでも述べましたが、「法定外休日」の労働については割増された賃金を支給する必要はなく、通常の賃金のみの支給で問題ありません。ただし、「法定外休日」であっても、1日8時間ないし1週間40時間を超える労働時間については労働基準法第37条1項が適用され、「法定外休日」の普通残業時間の割増率は1.25、「法定外休日」の深夜残業時間の割増率は1.50となります。

そして、(4)残業代の算出です。上の(1)(2)(3)から本来支払われるべき残業代の金額が正確に算出されるでしょう。かつ、未払い残業代を請求するには、その残業代が算出した金額の通りに支払われていない事実を主張し、その事実を立証しなければなりません

未払い残業代が発生しているなら、給与支給明細書にその痕跡がいくつか残されているはずです。

・所定外労働時間の欄に時間数が記載されていない。
・「法定休日」の労働時間の欄に時間数が記載されていない。
・残業代の欄に金額が記載されていない。
・残業代の欄に算出した残業代よりも少額の固定金額が記載されている。
・基本給の欄に残業代が加算された金額が記載されていない。

等などです。また、給与支給明細書には適正な残業代が記載されていたとしても、それが実際に支払われていない場合もあるかもしれません。その場合は、着金記録がある銀行通帳やネット記録を見ればよいでしょう。給与支給明細書に記載された金額と実際の着金金額とが一致しないはずです。

給与支給明細書(および銀行通帳)は未払い残業代が発生していることを裏付ける証拠(書証)となります。給与支給明細書は、未払い残業代を請求するにあたって、雇用契約書とタイムカードとともに必ず提出しなければならないものと考えてください(これら証拠が提出できない場合の対処方法は後に説明予定です)。

以上から、「申立人は、相手方に対し、少なくとも***万****円の未払い残業代の支払いを求めることができる」として、「(相手方の)支払義務の主張」に至るわけです。

今回も相当の長文でした。ここまでお読みいただきありがとうございます。もう少し、労働審判手続申立書の書き方についての解説を続けたいと思います。引き続きお付き合いください。次は第22回です。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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