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『ミトンとふびん』吉本ばなな 2024年⑬

旅先は、日常から数ミリ浮いているから、あの世にも少しだけ近いのかもしれない。

亡くなった大切な人を胸に抱いて、異国(あるいは離島)を旅する人々を描いた作品集。

ヘルシンキ、ローマ、八丈島、金沢、台湾…わりと全部行ってみたい場所だったりする。

身近な誰かの死、という経験は一体何のために存在するのか、知りたくて彼らは旅をしたのだと思った。悲しみの淵から、顔を出してまた呼吸をするために。

天から見たら、あそこで酔っ払っていた私たちはかわいかっただろうなあ。考えられないくらい愛おしいんだろうなあ、と神の気持ちを感じる。人間って夜空に輝やく星の粒々みたい。夜景を構成するきらきらした光みたい。

『情け嶋』

八丈島、いいな。
ハワイみたいで、明日葉が至る所に生えていて、牧場で絞った牛乳を飲めるホテルがある。
最後の話『情け嶋』は、なさけしま、と読む。おつまみの名前かと思ったら酒だった。この小説全部の文体の中で、手触りが他と特に全然違う(おや? と思った)のも、一番好きだったのも、一番笑ったのも『情け嶋』だった。

死者のことを思い出し続けて、泣き続けて、死から生に戻ってくるのが他の話だとすると、『情け嶋』では初めて、生きている自分たちを上から眺める天の視点になる。鳥に、ドローンの視点になる。かわいいもんだよ、と全部を許している情けの天の視点で自分を見つめると、なんだか泣きそうになるのだ。それでも身体を破って出てきそうな悲しみとか怒りとか折り合いをつけられない日もあるけど、この小説を読んでいる時だけは、少なくとも、天の視点で自分をゆるすことができる気がした。

極めて個人的な考えだけど、旅に出ていると、特に一人で旅に出ていると、普段の地続きの生活や人間関係から切り離されて、世界にたった一人ぼっちであるかのような気分になる。家族も、友達も、ここでは存在しない、天涯孤独、みなしごのような気分に。

このどうしようもない心細さと、どこからか湧いてくる「でも一人でやるっきゃない」という底力が、一人旅の醍醐味(?)だと思っている。

吉本ばななの小説には、たびたび、突然みなしごになっちゃった主人公が出てくるのだが、思えばこれは私の一人旅の感覚と似ているのだった。

吉本ばななにとっては、この本が二つ目の登山、到達点だったようで。一つ目の山、『デッドエンドの思い出』をもう一度読んでみようと思った。

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