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心のトークを交わすことが出来たコールセンターの方(2017年48歳)

多くの方々が使用している、パソコンのOS。
もれなく私も使っているのだが、ある日、自己都合による問題が発生した。

それは余りにややこしく、解決にはかなり複雑な手順が必要そう。
ITオンチな私は、もちろんお手上げ状態。
ITバリバリな方でもどうだろう……。
「仕方ない、同じのをもう一度買うか……」
と価格を調べるも、なかなかのお値段……。と言うことで、ワンチャンをかけ、メーカーさんに電話で問い合わせてみた。

電話に出られたのは、穏やかで落ち着いた口調の若い女性(30代前半位?)であった。
その第一声に、絶大なる安心感と好感を持った私。
『いやぁ~若い女性がITに精通されているなんて(偏見)、なんてすごいんだろう!』
と、ひとしきり驚き、賞賛した後、「ちょっとややこしいので、解決出来なくても大丈夫です」というスタンスで早速質問をした。

電話の向こうでは、瞬間息を呑んだような気配があった。
けれど、すぐに「このまま電話で話をしながら、今立ち上がっている(私の)パソコンを、インターネットを介して遠隔操作をし、解決する」といった方法をご案内下さった。

『え!遠隔操作!?そんな事出来るの!?』
なんと言う驚異のテクノロジー!早くもここで驚愕した私は、
「(なにがなんだかよく分かりませんが、とにかく)どうぞよろしくお願いします!」
と、素人丸出しで全てを彼女に委ねた。

一方、女性は話し方からして誠実さがにじみ出ていた。
とは言え、先ほどの息を呑んだような気配から察するに、『こんなに複雑な問題を解決できるのか』という戸惑いもあったとは思うのだが、一貫して冷静に、穏やかにご対応下さった。

そのような真摯な姿勢に、私はすっかり感服し恐縮。
「こんなややこしい案件ですみません……」と慌てて付け加えた。

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それにしても、実際この案件は、やはり相当な難易度だったようだ。
何故なら、作業中女性は幾度となく電話を保留にされたからだ。

おそらくその間、どなたかに相談されているのだろう。保留解除後には即作業が再開されるのだが、画面を拝見する限り、数々のトライはどれも解決までは至らなかったように窺えた。

「……あ…すみません……。時間がかかってしまって……」
女性の口調は変わらず落ち着いてはいるものの、明らかに焦りの感情を帯び始めていた。
「ゆ、ゆっくりで大丈夫です、本当に。もし、どうしても難しかったら、おっしゃっていただければ大丈夫ですので!」
私はますます恐縮した。
だって、こんな箸にも棒にも掛からぬような案件を、投げ出さずにご対応下さっているだけで十分にありがたい。もう、十分すぎるくらい十分なのだ。

しかも、遠隔操作中の私ときたら、お手伝い出来る事が何も無い。
ただただ画面上の彼女の戦局をじっと見守り、心の中でひたすら応援するしかない。
……ま、まあ、それはそれで息をするのも憚られるような緊張感があるが、全くもって彼女の比ではない。

『ああ……もう一刻も早く彼女を解放してあげたい!』
そんな衝動に駆られ続けた私の口からは、何度も「ありがとうございました。もう終わっていただいて大丈夫ですから」という言葉が出かかった。
しかし、その都度、踏みとどまる。
『それって、本当に一生懸命頑張って下さっている彼女のためになる?単にこちらの心の踏ん張りがないだけでは?……そうだよ、私は待とう。どちらに転んだとしても、彼女が納得できる地点に到達するその時を……』

こうしてじりじりと時は流れた。
只今、開始より50分程。私は顔も受話器も脂汗まみれ。画面上では尚も奮闘が繰り広げられている。
……が、ある瞬間を機に、操作がスムーズになり始めたことに気づく。……おそらく、おそらくだが、いよいよ手ごたえのある解決策に辿り着かれたようだ!

『と、とにかく、彼女のためにもこのまま解決しますように!どうかお願いします!』
全身全霊で祈りながら凝視していると、間もなく全ての作業用ウィンドウがパタパタと閉じられ、受話器から晴れやかな声が届いた。
「完了しました!!お時間がかかってしまってすみません!」
その力強いお言葉に、感動と感激が止まらぬ私。
「とんでもない!!大変な問題でしたのに、長時間本当にありがとうございました!!お疲れ様でした!は~~良かった!」
「は~良かったです!」
大量の安堵の息と歓喜の声を漏らす、戦いを終えた二人(正式にはお一人)。
夜明けのような清々しい解放感を分かち合ったのだった……。

とそんな中、彼女は何故か急に、ひと呼吸沈黙した。
『あれ?どうしたのだろう?』とこちらも声を静めると、更におっしゃったのだ。
「……無事に解決出来て、本当に良かったです……。今ちょっと泣きそうです……」

「………!」
不意に開示された、想定外の人間味あふれる感情の迸りに、私は驚き、思わず胸がギュッとなった。
なんて正直でかわいい方なのか!そして、なんて素晴らしい胆力と責任感!
感極まった私は、脳内で彼女をハグした。
よくぞプレッシャーに耐え、最後まであきらめず、しかも感情を人にぶつけたりもせず、淡々と向き合い、乗り切って下さった!
ますます敬服と感謝が湧き上がる。 ……良かった、本当に良かった……。


ともすれば、事務的になりがちなコールセンターとのやりとり。
彼女はそこで「心を通わせる可能性」と「人の美しき力」を示して下さった。
あまつさえ、感動までも……。
ああ、なんて素敵な体験を与えて下さったのだろう。ありがとうございます、ありがとうございます……。

あの時の気持ちは、今も尚パソコンを立ち上げる度に思い返される。
『やっぱり人ってかわいいな……』
そう心がほんわかしたところで、今日も無機質なツールに向かい、ひとり作業に励むことが出来たりするのだった。