リンパ芽球性リンパ腫・白血病(-1)〜予兆に気がつく前 part 4〜

遠い異国でのできごと。これが事実かフィクションかは、読者の皆さんの判断に委ねます。


ある日舞い込んできた、移植臓器摘出手術。


運搬車に乗って、チームで少し外れにある病院に出向いて行った。


指名されて舞い上がった私だったが、その日は生理初日の上、メトトレキサート内服日だったのを向かう車両の中で思い出した。


今まで、何度も何度も手術に入っている。毎日2、3個手術に入っており、トータルでは一日オペ室だ。半日以上の手術だって、全く問題なかく上手くいっている。移植(臓器を入れる方)も上手くできている。一瞬よぎった不安も、決して支障にはならないという思いに塗り替えられた。


ただ、確かに少し構えてはいた。正直なところ、遠い病院への車での移動時間も長く、手術中にトイレに行けない。一口を少なくし、飲水量全体は大きくは減らさないつもりではいたとはいえ…… 飲水量は普段よりも少なめだったかもしれない。


移植臓器摘出。


いつもの手術室の手洗い場と手術室は足で壁の黒い線を蹴ると電動ドアが開く仕組みだが、ここではドアを開けた記憶はない。


ドアがなく、手術室入口(手洗い場との接続部位周辺)から、直接大きめな作りのオペ室内に入れる構造だったように思う。


臓器のcold ischemic time (血液を抜いて冷蔵保存している臓器が機能回復できる時間のタイムリミット)が短い順にドナーさんの臓器を取り出していくシステム。


最長で4時間しか保たない主要臓器の心臓がトップランナーであり、心臓摘出は心臓外科の移植チームが執刀する。


その他の臓器は、当腎・肝移植チームけん一般外科が担当となっていた。


術前の消毒等は当腎・肝移植チームが行う。術前準備中にパッと気管内挿管(口に人工呼吸器のチューブがつながっている)されている患者さんの顔を見る。


血色は普段の手術の患者さんと変わらない。なんだか、不思議な気分。


私は「ありがとう。あなたの決断のおかげで、何人ものを人の命も人生も救われるよ。本当にありがとうね。」と小声で祈るように呟く。


しかし、人間が「聞こえない」と思っている意識消失状態と思われる場合でも、実は声が届いていることがある。


脳死といえど、人間の理解を超えた何かの存在は分からない。今後は、ドナーさんに聞こえる声量を意識して、私は「ありがとう」と伝えた。


術前準備後、手洗いをし直し、術者は全員円滑に手術が進むようにガウンを着る。


チームは列をなし、先頭に一番手の心臓移植チームを置き、私達はその後ろで並んで待機した。手術室入室時のドラマの定番は半万歳だが、実際には髪の毛等に手が触れたら手洗いし直しで、ガウンまで変えなければならないこともある。腕組みにも似た格好で、腹部より上で手を保持する。(当然、脇等に触れてもアウト。手の位置は慎重に😉)


私達は当科で同日、腎臓も肝臓も移植する予定であった。


しかし、一般外科として、当施設での移植臓器以外の搬送する臓器の摘出も場合によっては任される。


今回はそれには、膵臓も含まれており、小腸は摘出して移植しない予定。


私は普段以上に入念に手洗いをして、真剣かつ程よい緊張感で当チームの助手として参列する。(臓器摘出は執刀医が一人でもできるので、助手とはお勉強をさせていただく見習いのカッコイイ呼び名にすぎない。)


その間、執刀医に色々と教えてもらっている。


とはいえ、今も覚えている内容は、「心臓摘出は本当に速い。あっという間終わるから、直ぐに入るぞ。邪魔にならない位置で少し遠めから手元を観察しておけ。見えるか?」といったいった具合だ。


皆、心臓移植チームとも面識があった。心臓移植チームは、移植手術は血管吻合(血管を縫い合わせる)だけだから、移植自体は慣れれば40分かからない。大変なのは心臓を入れるところではなく、他のところだ。」と自信満々かつ紳士的に言っていたのを良く覚えている。


心臓移植は、速ければ速いほど臓器の機能が保持されており、予後が良い。
だから、うちのチームは〜〜〜


40分……


その数字に仰天したのを覚えている。


いざ、手術開始!


体格も大柄で筋肉質ながっしりした長身の男性胸部外科医達が、患者さんの胸部を中心に群れをなしている。長身でガッシリした胸部外科医らに囲まれたら、途端にわりとぽっちゃりした患者さんの胸部が小さく見えるくらいだ。


手術は0.1秒未満すら争うF-1レースのような雰囲気なのに、手元は小柄な女性の細い糸を使った緻密な内職よりも繊細だ。糸を結ぶスピードが速すぎて、目で追えるかどうか……


私も腎臓・肝臓移植チームの指導医も心臓移植チームの手元を見て、「オ〜」とか、「流石」、「凄い」といった尊敬の念をこぼす。


腎臓移植も肝臓移植も、チンタラやっているわけではない。そして、我々も国内最高のチームとして、かなりの高頻度で移植をしていた。なので、当チームも習熟していた。ちなみに、腎・肝移植チームは手術時間を1秒でも縮めようという緊迫感という感じよりも、和気藹々としつつも真剣で丁寧に各々の最善が自ずと最速といった雰囲気だった。


そういえば、オペ室の大きな手術時間を毎秒数える大きな時計は回していたし、最速記録も更新していた。にも関わらず、空気感は常に緊迫した急かす雰囲気を漂わせない、大らかだけどテキパキした、温かく丁寧な流れるような洗礼されたクラシックのようだった。


心臓摘出はチームが入ったと思ったら、速くて丁寧だと驚いているうちにもう臓器を持ってチームは手術室を退室し、移植待機患者の待つ病院へと向かった。

心臓移植チームがドナー患者の身体から離れた瞬間、私達がドナー患者の左右に集まった。


素早く胸骨下部から恥骨までをワンモーションで縦に大きく切開した。すると、腸が躍るように飛び出してくるではないか。


一瞬目を見開いた私の表情を察してか、執刀医は「脳死ドナーでは、こうやって臓器が飛び出してくるんだ。その、機序は未解明だ。生きた患者しか手術していないと、初めての時は面食らうかもしれないな。直ぐに慣れるよ。」と温かい言葉で解説しながら励ましてくれる。


ラザロ徴候とか、
セルメモリーとか、

色々なことが脳裏をよぎる。


執刀医はいつもと同じ温和な口調で「脊髄反射があるから、全身麻酔が必須」と補足してくれる。お互いが知っていることでも、指導慣れしていると要所要所できちんと伝える癖がついているようだ。口では解説しながらでも、腸を移動し、肝臓に到達するその手は素早い。


肝臓摘出目前、私は生まれて初めての感覚に襲われる。


肝臓摘出のため、私が「アリス鉗子」と器具の指示を出すと同時に、アリス鉗子が私の手のひらめがけて飛び込んでくる。


普通は、手のひらのど真ん中にポンッと軽く器具の持ち手を叩きつけると受け取りやすい。しかし、私はそれを嫌って、毎回受け取る瞬間に手を数mmだけズラして手のひら中心を避けていた。しかし、今回のオペ看(外科医に器具を渡したりする看護師)はそのコンマ数秒の私の手のブレに即座に反応して、ドンピシャで手のひら中央部にパシっと器具を反射で握るくらいの丁度いい強さで軽く叩きつけた。


え!?


一瞬、凄く驚いた。


避けていた手のひら中心部だが、器具が適度に触れても全く問題ない。その上、抜群に握りやすく、扱い易い。


これが、自分と相性が抜群の運動神経抜群のオペ看の威力なのだと、絶句する。感動が心を満たす中、手術は進行する。


この時、執刀医が難しいオペの時には、可能な限りお気に入りのオペ看を指名し、勤務先を移動する時にもスカウトして一緒に移動してくれるように頼む理由が分かった。


自分よりも運動神経が良く、動きも素早く、器具を事前に準備しておいてくれるほど手術と流れを理解し、なおかつ臨機応変で自分の癖や好みで柔軟に動いてくれる手術を凌駕した存在。


これが、最高で相性抜群のオペ看だと悟った。


しばらく、手術は進む。


しかしなんだか、突如軽度の嘔気に見舞われる。この嘔気だけならば、なんの支障もない。


しかし、手術しやすいように周辺組織を押さえたり、吸引したりしている手元もそれする体を支える脚も、若干フニャフニャする。


何かが、現状を悟らせた。



私は初めての経験なのに、本能的に何かを察した。



「これ、失神リスクある💦」


何度となく、一緒に手術をしてきた腎臓・肝臓移植チームの指導医に、咄嗟に「体調不良です。」(I’m sick)と言葉で言った。



指導医も、いつもと違う状況と刺激が強い手術の影響で、ちょっと気分が微妙なくらいだと勘違いしたようだ。術野から目を離さず、色々解説や話しをしてくれる。確かに、普段バリバリ手術している人間が、血を見て倒れることは珍しい。それは、臓器においても通常はいえることなのかもしれない。



ただ、私は壊れたレコードのように、回らない頭で何度も同じ短文を繰り返した。


「急病です」(I’m sick)

「急病です」(I’m sick)

「急病です」(I’m sick)


それまで術野に向いていた指導医の目線が私の顔にパッと向けられた。


指導医の表情が一変した。


指導医「分かった。下がって。」


私も「下がります。」と声をかけ、視界が白抜けし始める中で、リトラクターを誰かに渡して数歩後退りした。


これでも、スポーツ万能な方だった。(つもり)走り幅跳びで倒れる方向を操れる技術を身につけていたことが、役に立ってくれたのかもしれない。


後ろで倒れるひ弱な研修医を受け止める準備万端な看護師2人の腕の中に、私はストンと尻もちを突くように、でも座るように崩れた。


うわー、手術中に倒れるなんて最悪だ……


キャッチしてくれた看護師2人の慣れた頼もしい手つきに感謝しつつも、そもそも倒れたことに対する自分で認識できない感情の渦で複雑に蠢いた(うごめいた)。


手術フロアの廊下に置かれた患者用ストレッチャーの上にヒョイと男性看護師にお姫様抱っこで乗せられ、「しばらく寝ていろ」と指示される。


直ぐに起き上がらず、良くなったと思っても、しばらくは寝ているように言われる。


手術用のクッションが効いたストレッチャーの上で、患者の臓器が無事なことに安堵しながら、罪悪感に苛まれた。次に、それが羞恥心に置き換わっていく。


やってしまったーーー!


自分には、「臓器は無事だ」と何度も言い聞かせる。ダメージはないと……


当然、普段は大丈夫なのに、何故今日に限って? と自問自答してみる。


手術には入っていなかったもう一人の指導医が何かのタイミングで声をかけてくれた。


もう一人の「手術に入る時こそ、十分な飲水は大切だよ。絶対に、節水しちゃダメだよ。若い時は節水して失敗することは誰にでもある。」と同情混じりのトーンで指導けん助言けん励ましの言葉をかけてくれる。


帰りの車の中で、「普段は大丈夫なのにね。初めての臓器摘出〜〜」と話題になったのは朧げに覚えている。


執刀医にも、「飲水は絞っちゃダメ。大切なものを手術ほど、普段通りに〜」といったいったような趣旨のことを言われたんじゃないかな?


(念のため補足しておくと、この後も手術は普段通りに入り続けた。別の時にも臓器摘出手術には参加させてもらえて、幸い色々と役に立つ機会が与えてもらえた。)


(何かの時に、私は「君は外科医になるよ」と言われたことがあった。私は、「私は外科医にはなれないですよ〜」と答えたら、大笑いされた。そして、外科医の皆に「自分で気がついていないだけだよ。(笑)おまえは外科医になる。これは、本能なんだよ。目を見れば分かる。君自身が言葉では否定しようと、君は外科に向いてるよ。この世界は中間がない。無理(嫌い)か外科医かの二択だ。(笑)将来の同僚を大切にしないとね😉よろしく(笑)」と……)



この時は、次回はしっかり水飲まないと〜、と肝に銘じながら、患者達の臓器が無事で移植が成功したことに安堵しただけだった。


次話以降、さりげない異変の理由が明らかとなる。


お楽しみに〜


今を大切に生きよう!

次話


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