天沢まもる

学問や芸術を通してクリストファー・ノーラン作品の考察をしています。

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最近の記事

クリストファー・ノーランと航空機 〜前編〜

クリストファー・ノーラン監督の映画には、実に多様な航空機が登場する。『TENET テネット』でオスロ空港に突っ込んだジャンボジェット機、『インセプション』でロバートが搭乗を断られたビジネスジェット機、『ダークナイト・ライジング』で空中分解したターボプロップ旅客機、そして『ダンケルク』で素晴らしい活躍を見せたスピットファイア。 これらの航空機は各々がストーリーに密接に関係する非常に効果的な役割が割り振られており、今やノーラン作品には欠かせないアイコンのひとつと言っても過言ではな

    • 原子爆弾のメカニズムと開発過程

      先日、クリストファー・ノーラン監督の最新作『Oppenheimer』(原題)の新しい予告編が公開された。一般公開されたこの予告編では、主演のキリアン・マーフィーやマット・デイモンも登場。原子爆弾の製造や設置過程が映された。 ここで描かれているように、実際にトリニティ実験で使用された原子爆弾も球状で、複数のパーツを組み合わせてできている。 本記事では、第二次世界大戦で使用された原子爆弾の種類、仕組み、製造の過程、ロスアラモス国立研究所の内部事情について言及する。 │ 原子爆

      • 『インセプション』より|各階層の構造と目的

        ⚠この記事には映画『インセプション』の結末に関するネタバレが含まれます。 前回の記事では、虚無という「建築物」の解体と構造の解説を試みた。 本記事では、更に各階層の構造に言及し、各階層がどんな場所か、夢を見ている主(ドリーマー)は誰か、夢を共有している人物、また各階層ごとの目的を整理する。 │ 第一階層について 金庫は夢の中で標的が情報を入れておくために必要なアイテムだ。ロバートが第一階層でコブたちに拉致監禁され「金庫なんて知らない」と言ったのは、現実世界で本当に金庫

        • 『インセプション』より|「虚無」とは何か

           1967年、アーティストのワルター・ピッヒラーは『透視ヘルメット』という作品を制作した。彼はこの作品について、以下のように述べている。 これは我々が存在する環境、VRや夢なども含め、すべてが「建築」であるということだ。 翌年、彼とプロジェクトを共同したハンス・ホラインは『すべては建築である』と題した論文を発表した。両者とも「環境とは、主体の感覚によって生成される主観的な存在である」と説いている。また、オーストリアの哲学者エトムント・フッサールも、自身が創始した哲学理論(現

        クリストファー・ノーランと航空機 〜前編〜

          『フォロウィング』より|人はなぜ騙されてしまうのか?

          ⚠この記事には映画『フォロウィング』の結末に関するネタバレが含まれます。 ストーキングやストーカーと聞いてポジティブな連想をする人は少ないだろう。ノーラン監督の長編デビュー作『フォロウィング』の主人公ビルは、街で見かけた人を興味本位でストーキングする特殊な趣味を持った売れない作家だ。ある日、彼が気まぐれで尾行したコッブと名乗る男性に正体を見抜かれ、彼の誘いで共に泥棒を稼業にする生活を送り始める。 さっそく本編の結末に言及するが、実はコッブが名乗っていた名前や住所はすべて嘘

          『フォロウィング』より|人はなぜ騙されてしまうのか?

          ロバート・オッペンハイマーの生涯と関連人物のまとめ

          2023年7月、クリストファー・ノーラン監督による待望の最新作『Oppenheimer』(原題)がアメリカで公開される。 主演は『インセプション』や『ダンケルク』など過去にも同監督作品に数多く出演したキリアン・マーフィ、原作は『オッペンハイマー「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(カイ・バード/マーティン・シャーウィン著)。核兵器開発の主要人物であるロバート・オッペンハイマーと、彼が携わったマンハッタン計画が主題となる。 │ ロバート・オッペンハイマーとは? ロバート・

          ロバート・オッペンハイマーの生涯と関連人物のまとめ

          『インターステラー』より|『穏やかな夜に身を任せるな』原文と和訳/当詩が使用された真意を探る

          『インターステラー』はタイトル通り「惑星間の」移住を舞台にした作品だ。大規模災害により壊滅的な被害を被った地球から移住先の惑星を探すため、元敏腕パイロットが未知の宇宙へと飛び立つ。劇中では宇宙空間における物理現象、人間同士の絆や連帯、裏切りなども描かれ、物理学や社会心理学など学問的な観点を含め非常に深く楽しめる。その中でも、文学を通してこの作品を掘り下げると新たな発見があることに気づく。 │ 「穏やかな夜に身を任せるな」 劇中で何度も繰り返し朗読される詩『Do not

          『インターステラー』より|『穏やかな夜に身を任せるな』原文と和訳/当詩が使用された真意を探る

          『TENET テネット』より|エントロピー/アルゴリズムとは?

          │ エントロピーとは? 映画『TENET テネット』は、世界滅亡の危機を防ぐため逆行する時間の中で主人公が奮闘するSFアクション超大作だ。劇中では主人公がバーバラ博士から時間の逆行について説明を受けるシーンがある。ここで「エントロピー」という言葉が登場するが、これは具体的に何を指す言葉なのだろうか。 エントロピーはドイツの理論物理学者ルドルフ・クラウジウスが考案した言葉で「秩序のなさ」や「乱雑さ」を示す概念だ。物理学においてエントロピーの説明をするとき、よく次の例が挙げら

          『TENET テネット』より|エントロピー/アルゴリズムとは?

          医学と建築で紐解く『ダークナイト・ライジング』

          火事場の馬鹿力 ことわざは、日常生活の真理を穿つ教訓として古くから言い習わされてきた。日本ことわざ文化学会によれば、日本には5万〜6万ものことわざが存在するという。その中でも我々がよく知ることわざのひとつとして「火事場の馬鹿力」がある。火災のとき普段からは想像もつかないほどの力を出して重い物を持ち出したりする様子を表す言葉だが、この現象は世界各国で実際に確認されている。 1982年、アメリカのジョージア州では車の下敷きになった意識不明の息子を助けるため、母親が5分間シボレー

          医学と建築で紐解く『ダークナイト・ライジング』

          『ダークナイト』より|善と悪を脳科学で読み解く

          人間を構成しているものは何か。それは水素、酸素、炭素、窒素の4つの元素である。我々は水を飲んで水素を摂取し、呼吸をして酸素を、植物や植物を食べた動物を食べて炭素を、土で育った作物を摂取して窒素を得る。 これら4元素を体内に取り入れることで成り立っている我々は、それぞれ異なる身長や体重、性格、バックグラウンドを持っている。そしてその中でも他者に寛容な人と狭量で残忍な人が存在する。 映画『ダークナイト』に登場するバットマン(ブルース・ウェイン)とジョーカーは、善悪の対比を体現す

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          クリストファー・ノーランと絵画

          前回の記事では、映画『インターステラー』でクーパーたちが暮らす家屋のモデルとなった絵画『クリスティーナの世界』を取り上げた。ノーラン作品には他にも様々な絵画とそれらに関するモチーフが登場する。 ノーラン作品に登場する絵画として我々の記憶に最も新しいのは『TENET テネット』に登場したフランシスコ・デ・ゴヤの『The Eagle Hunter』と、ピーター・ポール・ルーベンスの『Studies of Woman』だろう。劇中ではストーリーを進める重要なキーとしてこの二つの絵

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          『インターステラー』から読み取る時代背景

          │ 大規模災害「ダストボウル」による環境破壊、広大なコーン畑と田舎の風景 映画『インターステラー』は、大規模災害で滅亡寸前となった地球から移住できる惑星を探し出すミッションを与えられた宇宙飛行士の冒険と絆を描いた感動のSF大作だ。 劇中で地球を滅亡に追い込んだ砂嵐による大規模災害は、1930年代にアメリカで実際に起きた干ばつダストボウルがモデルになっている。 ダストボウルはオクラホマやテキサスなど各地の農産業を壊滅的な被害に追い込んだ災害で、ノーラン監督自身も「実際に起

          『インターステラー』から読み取る時代背景