見出し画像

『インターステラー』から読み取る時代背景

│ 大規模災害「ダストボウル」による環境破壊、広大なコーン畑と田舎の風景

映画『インターステラー』は、大規模災害で滅亡寸前となった地球から移住できる惑星を探し出すミッションを与えられた宇宙飛行士の冒険と絆を描いた感動のSF大作だ。

劇中で地球を滅亡に追い込んだ砂嵐による大規模災害は、1930年代にアメリカで実際に起きた干ばつダストボウルがモデルになっている。
ダストボウルはオクラホマやテキサスなど各地の農産業を壊滅的な被害に追い込んだ災害で、ノーラン監督自身も「実際に起こったことだと強調したかった。本作のストーリーはこの災害からインスピレーションを得ている。」とメイキング映像で語っている。

フィクション作品にノンフィクションの要素を取り入れることで物語のリアリティが増し、観客にもより強く緊張感や共感といった感覚を与えることができる。そういった意味では、クーパーの家は田舎の広野にある一般的な家屋で、我々がごく身近に感じられる自然の風景として描かれている。極彩のネオンカラーで光り輝くような、或いは金属的で冷たい近未来感は一切ない。
ノーラン監督曰く「地球を去るつらさに観客が共感できなくなるのを避けるため、敢えて典型的なアメリカの田舎の風景にした」そうだ。

さて、劇中に登場する広大なコーン畑は、CGではなく撮影のため実際に種から育てられたというエピソードをご存知だろうか。現代ではCGによる視覚効果でコーン畑を描くことも容易だが、実写での撮影にこだわるノーラン監督らしく、カナダのアルバータ州に大量のとうもろこしの種が植えられた。畑の広さは実に約500エーカー(=約2,023,428平方メートル。東京ドーム約43個分の広さ)にも及ぶ。

│ とうもろこしの活用法いろいろ

劇中ではオクラ畑が枯れ、とうもろこしは人々に残された貴重な食糧源となっている。前半と中盤で映るクーパー家の食卓には、コーンブレッドと思しきパンや茹でたとうもろこしなどが並べられており、現代社会の食生活よりも豊かさが制限されたものであることがわかる。

しかし、とうもろこしが重宝されているのは食糧面だけではない。とうもろこしはコーンブレッドの原料となるコーンスターチ(でん粉)だけではなく、油やバイオマスエタノールという自然エネルギー燃料にもなるのだ。バイオマスエタノールは石油や天然ガスのような枯渇性資源ではなく、二酸化炭素の放出量が増えない再生可能なエコ燃料として現代でも自動車や航空機に使用されている。
主食にもなり燃料にもなるとうもろこしは、大規模災害に見舞われた地球の人々にとって大変貴重な作物なのだ。

そんなコーン畑をマーフが決死の覚悟で燃やすシーンは『インターステラー』の中でも特に魅力的な場面のひとつである。このシーンを撮影するにあたり、スタッフから「コーン畑は(火をつけようとしても)燃えないんだよ」と指摘されたノーラン監督が「私の映画では燃える」と返したエピソードは、現在でもファンの間で語り継がれている。

しかし一方で、なぜとうもろこしの葉が燃えないのかという疑問に関してはあまり言及されていない。とうもろこしの葉に火をつけても燃えないのは、葉の水分含有量が多いからだ。
とうもろこしは全体の約70%が水分でできている。油分よりも水分の含有量が多いため、火をつけても燃えない、もしくは燃えても内部の水分によって燃え広がらないのである。キャンプなどで火をおこす際、緑の葉ではなく薪や枯れ枝を燃やすのもこういった理由だ。
ちなみに、この撮影のために育てて実ったとうもろこしは後に収穫、売買され、映画の収益の一部となった。

│ 絵画『クリスティーナの世界』との関連性

ノーラン作品では著名な絵画が度々モチーフとして使用される。本編に直接的には登場しないが、地球でクーパーやマーフたちが住んでいる一軒家は『クリスティーナの世界』という絵画がモデルになっている。

アンドリュー・ワイエス『クリスティーナの世界』

『クリスティーナの世界』は、1948年にアメリカの画家アンドリュー・ワイエスによって描かれたテンペラ画(乳化した展色剤と色材を混合した絵具を使用する技法)だ。クリスティーナは実在の人物で、もともとはワイエスの妻の知り合いとしてワイエスに紹介された人物である。彼女はシャルコー・マリー・トゥース病(下腿と足の筋萎縮と感覚障害を特徴とする神経原性筋萎縮)を患っており、この絵画が描かれたときにはすでに下肢麻痺の状態だった。

ワイエスはなぜこの絵画を描いたのだろうか?それは彼女の力強い生命力に心打たれたからに他ならない。彼は「(クリスティーナは)肉体的には制限されているが、精神的には決して制限されているわけではない」と述べている。下半身麻痺のため歩くことができないクリスティーナは、当時両腕の力だけで日常生活を送っていた。障害を持ちながらも自身の力だけで家を目指す彼女の姿に感銘を受けたワイエスは、彼女の肉体的な制限に屈しない精神力と生命力の強さを絵画という形で表現したのである。

『インターステラー』では建築の参考としてこの絵画が用いられたが、絶望に屈しないクリスティーナの強さは、劇中のクーパーやマーフのそれに通ずるものがあるように思えてならない。

劇中に散りばめられたひとつひとつのアイテムに的を絞り、それぞれのバックグラウンドや素材を掘り下げることによって、映画のまた違った一面を知ることができるのではないだろうか。