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『インセプション』より|各階層の構造と目的

⚠この記事には映画『インセプション』の結末に関するネタバレが含まれます。

前回の記事では、虚無という「建築物」の解体と構造の解説を試みた。

本記事では、更に各階層の構造に言及し、各階層がどんな場所か、夢を見ている主(ドリーマー)は誰か、夢を共有している人物、また各階層ごとの目的を整理する。

│ 第一階層について

【場所】
雨のロサンゼルス、倉庫、高架橋
【ドリーマー】
ユスフ
【夢を共有している人物】
コブ、アリアドネ、アーサー、イームス、サイトー、ユスフ、ロバート
【目的】
ロバートに父親からの遺言が入った金庫があると認識させる。

金庫は夢の中で標的が情報を入れておくために必要なアイテムだ。ロバートが第一階層でコブたちに拉致監禁され「金庫なんて知らない」と言ったのは、現実世界で本当に金庫を見たことがなかったからだと思われる。ロバートが身内(ピーター・ブラウニング)を人質に取られ、命を脅かされてまで嘘をつく理由はないので、恐らく現実世界に金庫は存在しない可能性が高いと推測できる。
ちなみに作戦決行前に夢の中の作戦会議が行われた路上は、試作段階の第一階層である。路上でメンバーが集まっているとき、画面の左後方にはFamima!!の店舗が写っている。後にユスフが夢の中で敵とカーチェイスをするときもこの大通りを車で通過する描写がある。

│ 第二階層について

【場所】
ホテル、バー、回転する廊下
【ドリーマー】
アーサー
【夢を共有している人物】
コブ、アリアドネ、アーサー、イームス、サイトー、ロバート
【目的】
標的であるロバートに自分たちは味方だと思い込ませ、あえて夢の中であることを教えてモーリスがいる第三階層の病院へと誘導する。

夢の中の(屋内での)作戦会議は、試作段階の第二階層のホテルで行われた。秘密裏にロバートを飛行機へと誘導するためサイトーが階段で「航空会社ごと買い取った」と言うシーンは、後にアーサーとアリアドネがバーへと歩いていく「ミスター・チャールズ」を見送る場所と同じだ。このホテルは第二階層に存在するが、ロバートは自分が拉致監禁された第一階層を現実、第二階層を第一階層だと思っている。「ロバートだけ階層の認識がひとつずれている」と覚えておくと構造をより把握しやすいだろう。

│ 第三階層について

【場所】
雪山の病院
【ドリーマー】
イームス
【夢を共有している人物】
コブ、アリアドネ、イームス、サイトー、ロバート
【目的】
ロバートとモーリスを和解させ「会社を継ぐのではなく、自分の道を切り開くことが最善である」と思わせる(=インセプション)。

第三階層での目的はロバートのインセプションを成功させること。アリアドネが設計した病院の内部には、AEDやモーリスのものと思われるレントゲン写真、医療器具などが置かれ、大きな金庫室の中ではロバートの潜在意識の投影である父モーリスが瀕死の状態でベッドに横たわっている。
なお現実世界のワークショップでコブとアリアドネがモルについて話すシーンでは、机上にこの病院の模型が置かれている。

│ 虚無について

【場所】
海、廃墟と化した高層ビル群、断崖に建つ城
【ドリーマー】
コブ
【夢を共有している人物】
コブ、アリアドネ、サイトー、ロバート
【目的】ロバートを虚無から第一階層へとキックする、サイトーを現実世界へ連れ戻す。

虚無ではドリーマーの潜在意識が具現化されており、他には何もない場所だ。複数人で夢を共有している場合、過去に誰かが廃墟で何かを残していればそれが実体として現れる。コブは以前モルと虚無にいたとき多数の建物を残していたため、今回も当時の建物がそのまま出現している。建物が老朽化しているのは、コブとモルがそれだけ長い間滞在していた証だ。例え虚無でも年月が経過すれば人間は歳を取り、建物も老朽化する。架空の世界でもそこは現実と同じである。

│ 夢の中での時間の経過

夢の中では時間の流れが現実世界の20倍になり、階層を重ねるごとに更に倍加する仕組みになっている。現実世界での5分は第一階層では100分、第二階層では約33時間、第三階層では約27日になる計算だ。
時間の経過について、まず念頭に置いておきたい点がある。サイトーは年老いていたのにコブは老いていなかったことだ。これは一体なぜなのか。

コブはPASIV(Portable Automated Somnacin IntraVenous=携帯用自動ソムナシン点滴静脈注射器。通称ドリームマシン)と呼ばれる夢共有装置を使い、自分の意思で第三階層から虚無に降りた。つまりコブは虚無が夢の中だと自覚しているのだ。コブは「虚無を含む夢の世界に関する知識」と「自分で虚無に降りた自覚」があるため、夢の中でも歳は取らなかったのだと考えられる。
これに対しサイトーは鎮静剤が効いている状態で第三階層で死んでしまい、虚無こそが現実であると思い込んでいる。自分が虚無にいるという自覚があるコブとは違い、サイトーにはその自覚がない。だから虚無でも現実と同じように歳を取ってしまったのだ。

│ コブとサイトーが虚無にいた年月

前述したように、夢の中では時間の経過が現実の20倍になる。下記の図⑴からわかるように、多少の誤差はあるが、ざっと計算しても劇中の作戦会議で説明されていたことは概ね正しい。

図⑴夢の中の時間の経過

虚無が第三階層のすぐ下にあり、時間の経過を単純に20倍すればいいと仮定した場合、第三階層での約10年(=80,000時間)の20倍なので約200年という計算になる。しかし第三階層のすぐ下に虚無があるとは限らず、実際はロバートの潜在意識から不意打ちの銃撃を受け一週間も経たずに第二階層に降りたため、単純に20倍ずつ計算すればいいというわけでもない。
劇中では虚無で何年が経過したのか明示されていないが、スクリプトには虚無で年老いたサイトーについて「The Elderly Japanese Man(Saito, 90 years old)」(高齢の日本人男性、サイトー、90歳)との記載があり、彼が虚無で90歳になっていたことがわかる。
現実のサイトーの年齢に関してはスクリプトにも記載がないため、厳密に虚無で何年が経過したかはあくまで想像の範囲に留まるが、仮に現実のサイトーが50歳前後であると考えた場合、彼は40年近くも虚無で過ごしたことになる。
なおコブがロバートを探すために虚無へ降り、そのあとサイトーが第三階層で死んで虚無に落ちたので、虚無での滞在時間はサイトーよりもコブのほうが長い。

クリストファー・ノーラン監督は我々が生きる上で決して切り離せない「時間」という普遍的なテーマにデビュー作からフォーカスし続けてきた。彼が描いた「建築物」を分解し、ひとつずつ構造を理解することで、我々はやっと彼の知識の一端に触れることができるのだ。