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『フォロウィング』より|人はなぜ騙されてしまうのか?

⚠この記事には映画『フォロウィング』の結末に関するネタバレが含まれます。

ストーキングやストーカーと聞いてポジティブな連想をする人は少ないだろう。ノーラン監督の長編デビュー作『フォロウィング』の主人公ビルは、街で見かけた人を興味本位でストーキングする特殊な趣味を持った売れない作家だ。ある日、彼が気まぐれで尾行したコッブと名乗る男性に正体を見抜かれ、彼の誘いで共に泥棒を稼業にする生活を送り始める。

さっそく本編の結末に言及するが、実はコッブが名乗っていた名前や住所はすべて嘘であり、自分が犯した殺人の罪をビルに擦り付けて逃走するという極悪非道の人物であることが終盤で明らかになる。コッブを信用していたビルはまんまと彼に騙され、暴力を振るわれ、殺人罪まで着せられて警察に捕まってしまう。なぜビルは赤の他人であるコッブをここまで信用してしまったのだろうか。そして、なぜ騙されるまで気づかなかったのか。

│ 心理学で読み解く二人の関係性

心理学は、人間の心と行動を科学的に分析する学問の総称だ。その中でも、複数人が集まる(または集まったと想定する)ことによって変化する人間の心理や行動、また個人が受ける影響について分析する学問を「社会心理学」と呼ぶ。社会や集団の中でなぜそう感じ、なぜそう行動したのかを研究する学問だ。
更に、犯罪者や犯罪行為など、犯罪に関する事象を心理学を用いて明らかにする学問を「犯罪心理学」と呼ぶ。では、コッブとビルの関係性も社会心理学や犯罪心理学に当てはめて考えられないだろうか。

まず、二人の関係性をまとめてみよう。彼らは共犯関係だが、立場としてはコッブのほうが圧倒的に上であり、有利である。コッブはビルの弱み(ストーキング癖があること)を握っており、ビルが強く言い返せない性格を利用して、権威を振るえる立場にある。
社会心理学では、権威への服従を引き起こす力を「社会的勢力」と呼ぶ。社会的勢力は、主に以下の5つの分類から成り立っている。

【社会的勢力】
報酬勢力:報酬を与えることで服従を促す。
正当勢力:上司や先輩など、目上の立場であることを利用する。
参照勢力:相手の敬意や好意を利用する。
専門勢力:特定の分野の専門家であることで服従を起こさせる。
強制勢力:相手に罰を与える権利を持つ。

これらを踏まえると、コッブはほぼすべての社会的勢力を有していることがわかる。住居侵入や窃盗のプロであり、ビルよりも洞察力に優れ、躊躇がなく大胆不敵。また自分の手柄でもビルに大きな報酬を与えることで敬意と好意を抱かせ、ビルが逆らった場合は容赦なく暴力を振るう。ビルがコッブの言われるがままに行動してしまったのは、コッブによる社会的勢力の影響が大きいと考えられる。

│ アノミーと犯罪行為の関連性

しかし、社会的勢力の影響だけで犯罪を犯したとは限らない。ビルの生活環境を考慮すると、アノミー傾向が発生したとも推測できる。アノミーとはギリシャ語で「無秩序状態」を意味する言葉だ。拠り所となる規範を失い、混乱状態に陥ることを「アノミー」と呼び、社会規範の喪失や慢性的な不満や苛立ちがあることを「アノミー状態」と呼ぶ。
アメリカの社会学者ロバート・キング・マートンは、論文『社会構造とアノミー』の中で「文化的目標(金銭的な成功など)と制度的手段(成功するための合法的手段)の間にズレが生じるとアノミー状態になる」と定義した。つまり、社会的に成功したいという欲求があっても合法的な手段では成功が得られないため、結果的に犯罪に手を染めてしまうという考え方だ。

ビルは作家志望だが、執筆は思うように進まず、憂さ晴らしにストーキングをしている。作家としての社会的成功が得られないため、日常生活に不満を抱き、ストーキングだけでなく住居侵入や器物破損、窃盗や暴行など、次第に過激な犯罪行為に走った。この一連の行動は前述のアノミー状態に該当すると言える。

ビルが騙されてしまったのはコッブによる社会的勢力の影響だと考えられるが、それ以前にビル自身がアノミー状態になっていたため、より犯罪行為に走りやすい状況にあったと推測できる。もしビルがコッブに出会う前に作家として認められ、社会的に成功していれば、例えストーキング癖があったとしても窃盗や暴行などの重罪は犯さなかったかもしれない。

最後に、彼らが犯した罪の一覧を記載して記事の締め括りとする。

コッブ:住居侵入、器物破損、窃盗、詐欺、殺人、殺人幇助、暴行
ビル:ストーカー行為、住居侵入、器物破損、窃盗、暴行、殺人未遂、クレジットカード不正利用