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『TENET テネット』より|エントロピー/アルゴリズムとは?

│ エントロピーとは?

映画『TENET テネット』は、世界滅亡の危機を防ぐため逆行する時間の中で主人公が奮闘するSFアクション超大作だ。劇中では主人公がバーバラ博士から時間の逆行について説明を受けるシーンがある。ここで「エントロピー」という言葉が登場するが、これは具体的に何を指す言葉なのだろうか。

エントロピーはドイツの理論物理学者ルドルフ・クラウジウスが考案した言葉で「秩序のなさ」や「乱雑さ」を示す概念だ。物理学においてエントロピーの説明をするとき、よく次の例が挙げられる。例えば、ここに一杯の熱いブラックコーヒーがあるとする。今これは秩序が高く、乱雑さも小さい状態だ。しかし、ここにミルクを入れて混ぜると、秩序は低く、乱雑さは大きくなる。簡単に言うとこれが「エントロピーの増大」である。

カフェオレになったコーヒーは二度と元の状態には戻らないし、冷めたコーヒーが再び勝手に熱くなることもない。熱力学第二法則では「温度は高いほうから低いほうへと流れていく」と定義されており、これをエントロピー増大の法則と呼ぶ。

我々の世界では通常、時間は過去から現在、現在から未来へと流れているが、過去に戻ることはできない。これは我々が生きている今この瞬間にもエントロピーが増大しているからだ。つまり「エントロピーの減少」は、時間の逆行を意味する。銃から発射された弾丸は、通常ならばエントロピーの増大に伴い銃口に戻ることはない。しかし増大したエントロピーが減少するということは、発射された弾丸が銃口に戻る(つまり時間が逆行する)ということだ。
セイターはアルゴリズムを爆発させて、人類が誕生する前までエントロピーを減少させようとした。そして主人公は人類滅亡を防ぐためセイターからアルゴリズムを奪おうとする。これが『TENET テネット』の基盤となるストーリーだ。

│ アルゴリズムとは?

劇中では核兵器として登場したアルゴリズムだが、「アルゴリズム」とはもともと何を指す言葉なのだろうか。この言葉は中央アジアのイスラム科学者アル=フワーリズミーが語源となっているが、現代では主に「目標を達成する際の方法や手順」という意味で使われる。数学における代表的なアルゴリズムの例としては、掛け算、割り算、素因数分解、高速フーリエ変換などが挙げられるが、認知心理学では「ヒューリスティックス」の対義語として用いられる。では、認知心理学におけるアルゴリズムとヒューリスティックとは一体何なのか?以下、両者の違いを簡単にまとめた。

【アルゴリズム】
正しく適用すれば、必ず正しい結果が得られる一連の手順のこと。100%正解に至る方法だが、すべての可能性を試すには膨大な時間と労力がかかる。
解決ルール:ある
客観性:高い
速さ:遅い
今まで取り扱ったことのない問題:対応できない

【ヒューリスティックス】
経験則や勘に基づいて正解を導き出す解決法のこと。100%正解に至る保証はないが、経験的に正解に至る可能性が高い解決法である。実施の難易度は低いが、間違った解に導かれることもある。
解決ルール:ない
客観性:低い
速さ:速い
今まで取り扱ったことのない問題:対応できる

『TENET テネット』におけるアルゴリズムとは、もともとエントロピーを減少させるためのひとつの原子力だった。アルゴリズムを使ってエントロピーを減少させれば、温暖化や資源の枯渇、海面上昇は元通りになり、自然環境も豊かになる。しかし最大のリスクとしてエントロピーを発明した科学者本人はもちろん、地球上の人類までもがすべて消滅してしまう可能性がある(=祖父殺しのパラドックス)。そのリスクを恐れた科学者は自分が発明したアルゴリズムを自ら9つに分け、使用されないよう過去に隠した。
原子力を「アルゴリズム」と命名したのが誰なのか明確な描写はなかったが、正しく適用すれば正解に至る(9つに分解された原子力を元通り組み立てればエントロピーが減少する)という意味では、非常に的確かつ学問的な命名であると言える。

クリストファー・ノーラン監督は『インターステラー』で物理学に触れ、『ダンケルク』では戦争を、『TENET テネット』では物理学と戦争の両方に言及した。そして2023年に公開予定の新作『Oppenheimer』(原題)では、物理学の発展によって起こった戦争を描く。映画表現の新たな可能性に挑戦し続けるノーラン監督だが、一貫するテーマ性にも引き続き注目していきたい。